ステ振りダイアローグ
渡貫とゐち
つるぎにくちなし
洞窟を抜ければ次の町へ辿り着くことができるが……、出口の前には厄介な敵がいる。
道を塞ぐ巨体。
体に合った巨大な包丁を握り締めた赤鬼だ。
彼らは三人で固まって移動している。三人それぞれの目が死角を潰し、全方位へ警戒があった。不意打ちができなければ気づかれないように隙間から抜けることも難しそうだ。
「――おい、この洞窟に詳しいと聞いたからお前を雇ったんだぞ? 盗賊スキルを潤沢に持つお前がいれば楽勝に抜けられるから、と――
それがなんだ、目の前には赤鬼がいる……かれこれ三時間以上もここで待機だ。
時間的に日も暮れ始めてる……さっさと町へ移動したいんだが、どうにかならねえのか?」
若い冒険者の苛立ちが、時間が経つにつれて酷くなっている。
音を立てるなと言っているのに、つま先を地面に当てて、オレを急かしてくる……幸い、赤鬼は気づいていないようだが、この苛立ちが増していけば見つかるのも時間の問題か。
「……無理だな。あの赤鬼は、一晩はここをナワバリにするつもりだと思う。次の町へ向かおうとするオレたちのような冒険者を狙って喰らうつもりだな……。
相手がそのつもりで、こっちがみすみす罠に飛び込むこともないだろ……別の道、は、塞がれているんだったな。野宿をして明日、抜ければいい――」
「ふざけんなッ、三時間も待って結局いかねえとかあり得ねえだろ! 今日中にはなんとしてでも抜けねえと……ッ、これじゃああんな鬼に負けたことになる!」
「いや、勝ち負けじゃないだろ……死ななければ負けじゃない」
「お前の価値観なんか知るかよ。俺は、今日中に次の町にいきてぇんだよ」
……話にならないな。オレとは価値観が違い過ぎる。
出発前に嫌な予感はしていたのだ……、じっくりと進みたいオレと、過程を素早く、最小限の労力で大きな結果だけを求めている彼ら冒険者は、真逆と言えるスタイルだ。
互いに持っているスキルの差もあるが……、もしも彼らの持つスキルが赤鬼に通用していれば、力で突破していたのだろうけど……。
ごり押しができない敵だ。
しっかりと計画を練らないと、ここで全滅だぞ?
「野宿とかあり得ませんね。こんな洞窟でなんて……、屋根はありますけど、そこら中に虫がいるじゃないですか……。ここで寝るなんて死んでも嫌ですからね?」
見た目のオシャレを優先し、スキルの強さを無視した魔法使いのわがままだった。
彼女のスキルは探知系に特化しているが、オレも持っているので正直いらない人材である。だが、リーダーである冒険者が連れてきたパーティメンバーだし、次の町に用事があるなら置いていくこともできなかった……。
なので役立たずでも連れていかなければならない。
「盗賊のあんちゃん……じゃあさ、あんたが囮になってくれよ」
「……オレは盗賊じゃない。盗賊スキルを持っているだけだ――」
探知系は網羅している。加えて隠密、奪取なども習得済みだ……、冒険者のような突破に期待できる攻撃力こそないが、毒を使えるので蓄積ダメージによる撃破は可能だ……。
しかし、赤鬼に毒は通用しない。麻痺させることはできるかもしれないが、数秒だけだろう。
その隙に赤鬼を倒すとしても、倒せてもひとりが限界だ。
ここから飛び出せば、他の二体に狙われて、殺される――。
やっぱり、今日はやめた方がいいな。
「囮か……それ、いいじゃねえか」
「そうっすよね」
彼らが先輩後輩の関係性なのはすぐに分かった。
冒険者二名と魔法使い一名というパーティ構成……、
後衛の魔法使いがまったく回復スキルを覚えていないので、誰かが怪我をした時はどうするつもりなのか、と思えば、アイテム頼りだったようだ。
今回はオレの回復スキルをあてにしているようで……、いつもは雇った人間が回復役を務めるらしい。
自分たちのアイテムを減らす策なのかもしれないが、寸前で一時的に加入した相手によくもまあ命を預けられるよな、と呆れる……。
思い切りの良さは感心しているとも言えるな。
「――つーわけだ、盗賊崩れ。お前が囮になって赤鬼の油断を誘え」
「だからオレは盗賊じゃ……、まあいいや。無理だし、嫌だぞ。囮になったところで赤鬼の隙を作れるわけがない。隙を作っても、あんたらが仕留められるとは言えないだろ」
「隙さえ作れば仕留められる――だから、いいからいってこい!!」
「うっ!?」
背中を蹴られ、赤鬼の視界の中へ、押し出された。
ぴり、と緊張が走る。
赤鬼がオレを発見した。
まずはひとり……、
巨体が飛び出してきた――――速い!!
「ッ」
前転し、飛び上がった赤鬼の真下をくぐる。
抜けた先、目の前には赤鬼が、ふたり。後ろには赤鬼がひとり……挟まれた!
だが、オレに注目している背後の赤鬼は、冒険者たちに背中を向けた形だ。
これは、明確な隙――
「上出来だ盗賊崩れッッ!!」
剣を抜いた冒険者が、赤鬼の首裏へ剣を突き刺――
――折れた。
剣が、赤鬼の堅い皮膚に負けたのだ。
「は――」
――赤鬼の腕が伸び、冒険者の首を掴む。
一瞬で呼吸ができなくなった冒険者が泡を噴いて気絶した。
そして、壁に向かってぶん投げられる。
壁に叩きつけられた冒険者の形で壁が凹むような表現は一切ない。
壁は崩れ、瓦礫に圧し潰された冒険者は起き上がらず、地面が赤く染まって――――
女性の甲高い悲鳴が響いた。
「……だから言ったのに……、仕留められるのか? と聞いたぞ。
仕留め損なえば、反撃がくる。――反撃に堪えられるわけがないだろ」
「ひっ!?」
腰を抜かした魔法使いと、命の危機に逃げ出した、もうひとりの冒険者――後輩。
逃げる判断は……既に遅いが、思ってからすぐに行動に移したのであれば、逃げられる可能性はまだある。
だが、慌てて逃げるのはまずい。
背中を見せて逃げるのは、狙ってくださいと言わんばかりに隙だらけだ。
赤鬼は当然、追ってくるぞ?
爆発したような音。
赤鬼が地面を蹴って、前方へ飛び出した。
一瞬で。
赤鬼は彼に追いついた。
「あ、はぁ!? ――んぐっっ!?」
赤鬼の大きな手のひらが彼の顔を鷲掴みにして……――地面へ叩きつけた。
……彼の頭部が地面に埋まっている。
恐らく、地面と衝突した時点で彼は絶命しているだろう――。
いや、衝突する前の鷲掴みの段階で脳が潰れているかもしれない……。
赤鬼の握力と腕力は、鍛え抜かれた冒険者であっても簡単に殺せてしまうのだから。
「ひぃ、あ……っっ」
魔法使いの少女は、目の前の恐怖に体の自由が利かないようだ。
涙と鼻水はもちろん、失禁までしている……。仕方ない、とは言え、仮にも冒険者なら最後まで立ち向かうべきだろ……。これで自分たちが『強い』と思っているのだから笑ってしまう。
赤鬼が魔法使いに近づいていく。
一歩一歩、その歩みの重さで、洞窟が揺れているような感覚だった。
彼女の前まで辿り着き、赤鬼の腕が、伸びていく――
「……ぃ、やぁ……――死にたく、ない……ッッ!!」
「なら、対話をしろ」
オレの声が聞こえたようで、彼女が顔を上げた。
対話だ。
相手が魔物だからって、どうして奇襲を仕掛け、殺すことに傾倒する。
魔物は総じて知能が高い。スライムだって文字を書くことができるし、話せば分かってくれる。――スキルじゃないぞ? これは人として――、相手が魔物であっても、対応は変わらないはずだ。
挨拶をし、なんてことない雑談をし、世間話をして――用件を伝える。
交渉し、成立すれば、戦う必要だってないのだ。
冒険者はみな、なぜそうも魔物を殺したがるんだ?
「魔法使い。あんたは――なにを要求し、なにを与えることができるんだ?」
魔法使いの少女が、ゆっくりと、口を開いた。
「命が、惜しいです……っ。と、と隣の、町までいきたくて……。今のわたしが渡せるものは…………、うぅ、は、流行りの、お菓子とかの、情報くらいで……――」
「んだ。じゃあその情報を押してくれさ。そしたらここ、通してやるぞ」
と、赤鬼。
返答があったことに、ぽかんと口を開けたままの魔法使いは、赤鬼が喋れることも知らなかったようだ……。
知能があれば対話ができる。
対話ができるなら、言葉だって喋れるだろ……。
オレからすれば当たり前のことなのだが……、だからこそ情報として出回っていないのかと思えば、冒険者は魔物が『喋れないもの』だと決めつけているらしい。
先入観で。
だから一部の冒険者が魔物の本質を伝えても信じてもらえないのだ。
……もしも信じていれば、助かった命がたくさんあっただろうに……。
それに。
信じさせたくない意図も感じるんだよなあ……。
魔物と対話できることで損をするお偉いさんがいるのかもしれない。
「え、いい、の……? 通って、いいんですか……?」
「流行りのお菓子を教えてくれたら……、だぞ」
赤鬼がそっと、彼女を両手で包み込む。
彼が振り返り、戻ってきた――
「見たことあると思えば、やっぱり、おまえ、ヨーサクじゃないか」
「久しぶり。こんなところで会うなんてな……元気だったか?」
「見ての通りだっ」
三人の赤鬼とは顔見知りだった。さっきは遠目だったので分からなかったが、距離が近づいた時に挨拶をして話してみれば……以前、共に野宿をした仲で……友達だったのだ。
だから囮になってもオレは襲われなかった。
仮に襲われても、対話をすればなんとかなると思っていたが……。
「急に襲いかかって悪いな……。
あのふたりはまだ魔物を『下』に見てるんだよ……、だから死んで当然の人間だ」
「ほっ。じゃあ殺して良かったんだな――
ヨーサクを困らせたんじゃないかって、ヒヤヒヤもんだったぞ」
「あー、大丈夫、死んでも構わない奴だったから。
報酬はまあ、そこの魔法使いから貰うしな……」
「え?」
動揺した魔法使いだったが、ここは頷くしかないだろう。
拒否をすれば――勝手な想像で怯えてくれれば楽だな。
脅すまでもなく、彼女は可能な限り報酬を渡してくるはずだ。
……こっちも法外な額を要求するわけではない。
「ヨーサク、もう日が暮れた……一緒に野宿しないか?」
「お、いいね……酒はあるか?」
「あるぞ。人間にはちょっときついかもしれないが……いいよな?」
もちろんだ、と頷く。
魔法使いも、ここは頷いて……、そう言えば、未成年じゃないよな? だとしても違法ではない。推奨はされていないが……、まあ大丈夫だろう。
魔物と酒の付き合いをして仲良くなれば、顔も広くなる――。
別の赤鬼と遭遇した時の、雑談のネタにもなるしな。
「……ねえ、あなた」
「なんだよ。酒、飲めなかったか?」
「飲めるけど……、――安全なの? だって魔物と……」
「魔物だって、接し方は人と変わらない。どうして魔物相手の時だけまず武器を向けて戦おうとするのか、オレには理解できないな……、話し合いだ。
話し合いがこじれた時に剣を取ればいい……人間とだってそうだろ。話し合い、その後に戦争だ――。同じことをしているだけだ。同じことをすれば、仲良くなることもある」
仲良くなることができれば、魔物の脅威なんてなくなったようなものだ。
「安心しろ。魔物は人間に性的な目を向けることはねえよ。ただの酒席だ。純粋に美味い酒を飲んで楽しもうぜって会だ――そういう意味では、人間相手よりも健全かもな」
一応、警戒はしていたようだが、下心がないことを実感した魔法使いは酒の量も増えていき、泥酔する頃には赤鬼たちと仲良くなっていた。
数時間もすれば赤鬼の膝の上で眠っていた……距離が縮まったようでなによりだ。
これからは、彼女も魔物を見れば、まずは対話を試みてくれるだろうか……。
――だといいな、と思った。
ただ――気をつけるべきことがある。
魔物を見ればまず対話……、それを否定するつもりはないが――それでも。
話が通じない奴は、魔物の中にもいるものだ。
…了
ステ振りダイアローグ 渡貫とゐち @josho
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