16・誉くんの事情



 うちの学校には王子様がいる。

 まあ王子様といっても女子だし、私の幼馴染だし、一般家庭だ。両親は共働きでお金持ちってわけじゃない。見た目や佇まいが何故か王子っぽくて、いつの間にか王子様扱いされている面白い奴だ。


 そんな王子様である神谷かみや誉の様子が、最近おかしい。

 昔から勉強は出来るし、まあまあしっかりしている方だけど、このところ心ここに在らずといった様子でぼんやりとしている。


「おーい、誉?もう放課後だぞ」

 椅子に座ったままぼんやりしている幼馴染の前でブンブンと手を振る。すると、はっと気付いたように目が見開かれた。

「あれ、和泉いずみ?」

 和泉は私の名前である。気付いてくれたようで何より。

「そうですよ、隣のクラスのあなたの可愛い幼馴染ちゃんの和泉ちゃんです」

「本当だ。まごうことなき僕の可愛い幼馴染ちゃんの和泉だ」

 ものすごく真剣な表情で誉がそう言った後、二人で吹き出して笑う。


 それから、家も近所なので一緒に帰る。まったく手の掛かる幼馴染だ。王子っぽいのは私からすれば顔立ちだけである。

 どんなにイケメンだろうが、物心つく前から一緒にいれば慣れたもので、顔整ってんなーくらいにしか思わない。親同士の仲が良く家族ぐるみであれこれしてるからね。幼馴染の中でもかなり親しい方の幼馴染だろう。

「何でそんなにぼんやりしてんの?最近」

 歩きながら問い掛ける。お互いおねしょしてる頃からの付き合いなので、もはや遠慮なんていうものは存在せず、いつも直球だ。まあ、本当に聞かれたくないこととかも何となくわかるし、そういうのは放っておいたりもするけど。

「うん……なんか、夢みたいで」

「主語を言え、主語を」

「それいつも言われる」

 ぐぬぬ、と誉が悔しそうに呻く。王子の面どこに行った。

「にじせかのさ、……サイさん……」

「ああ、誉が一目惚れしたっていう?」

 にじせかは誉も私もやっているゲームだ。

 そこで誉はサイさんという女性に一年くらい前に一目惚れをして、そこからずっと追いかけている。私はサイさんに会ったことはないけど、誉から惚気のような話だけはいつも聞かされていた。

 誉は幼い頃からゲームが好きで、ゲームで知り合った友達とかも結構いる。自分の名前を気に入っていて、ゲームをやる時も本名の『誉』でやっている。かっこよすぎて普通に本名ではないと思われているけど。

 けれどそんな風に長々とゲームをやっていても、色恋を交えたのははじめてだ。だから最初に話を聞いた時にはすごく驚いたのをよく覚えている。友達的なやつじゃなくて、たぶん結構ガチだって言うから、もうびっくりを通り越してあの時は笑ったなあ。

 ちなみに一目惚れだと告白?まがいのことをした際、恥ずかしすぎて動揺しまくって胸を触りたいとか馬鹿なことを言って引き返せなくなったとか頭を抱えていた時は心の底から爆笑した。かっこつけて王子様キャラとかやるからわけわかんなくなるんだよ。

 まあとにかく、現実の姿も何も知らないのに、どうやらゲーム内で会えば会うほど好きになっていくらしい。

 実際それがただの憧れなのかそうではないのかは私にはわからない。誉も恐らく、実際会ってみるまではその辺りはっきりしないんじゃないかな。ただ少なくともこれまで誉といろんなゲームをやってきて、友達になりたいだとかそういう話は聞いたことはあっても、ここまで会いたがって話したがるのはなかった。

 ま、誉がガチだったとしてもあっちがどうかは知らんけど。ゲーム内だけで仮想の恋愛をしたいって人もいるし、そういうのなく楽しみたい人もいるし。

「夏休みに、会えるかもしれない……」

 誉が顔を真っ赤にしてぽつりと話す。

「ん?会えるって、マジのやつ?リアル的な?」

「うん」

 今は六月だ。夏休みまではまだしばらくある。とはいえ、楽しみなことってすぐにやって来るものだしね。

「この間急に、その話になって」

「へえー!」

 確か冗談混じりに会ってみたいって話した時には、やんわり拒否されたってちょっと落ち込んでいたっけ。

 そうでなくても、にじせか内で好き好きアピールをしているのにまったく靡かないというサイさんに、この顔面で長期間迫られてるのにすげえなと感心したものだ。誉は顔はすごく整っているからね。

「家が遠くなかったらって言われたんだけど、サイさん、東京住まいでさ」

「ああ、ならこっち埼玉だしめっちゃ近いじゃん」

「うん。それで、埼玉なら時々買い物とかに行くこともあってわかるから、サイさんがこっちに来てくれるってことになって」

「おお、優しい」

「ほんとね」

 サイさんを褒めると誉はすごく力の抜けた、子供みたいな笑顔になる。

「サイさん大学生みたいだから、良ければ夏休みにって、話になったんだよ」

「良いねーリアルJD。なんかエロい」

「胸は大きいけどエロくないから!可愛いから!」

「とか何とか言いつつワンチャンその豊かな胸を触れたらラッキーなのでは、と心の奥底ではこっそり考えている誉くんなのであった」

「僕の心を読むのやめて!」

 思ってんじゃん。

「くそ、やはり巨乳な上に美乳には勝てない……」

「お前ほんとそういうこと言うから、にじせかでサイさんに紹介しないんだからな」

「舐めるように視姦したい」

「その手やめろ!」

 誉はわきわきとまるで妄想で胸を揉みしだいているような私の両手を、バシリと結構強めに叩いた。絶対自分だって一度は妄想したくせに。

 そんなわけでにじせかで誉は頑なにサイさんを私に紹介してはくれない。真綿で包むように大切に囲っている。実に過保護である。

「折角ご所望の上質な塩を仕入れたのに、私にそんな態度でいいのかね?誉くん」

「っ!!?」

 一気に誉の顔色が変わった。

 そう、私もにじせかのプレイヤーだからね。しかも結構、顔は広い方だ。以前誉がサイさんの為に、なんか良い塩ないかなーと言っていて、私は優しいのでちゃんと探して入手しておいたのだ。

 誉の大事な大事なサイさんはとても気になるし、からかいがいのありそうな事案なので是非ともいつかはお会いしてみたいけれど、私も鬼ではないしNTRの趣味は……まあちょっとだけ、二次元的なものしかない。なので今回はこの辺で勘弁してやろう。

「ま、今回は夏休みに会える記念にただであげよう」

「え……逆に怖いんだけど」

「おい、私に失礼だぞ」

「ごめんなさい」

「うむ。素直でよろしい」

 リアル含めてこれが誉の初恋だし、応援はしてあげようじゃないか。なんか楽しそうだし。

「夜、にじせかログインする?」

「するする。塩欲しい」

 にこにこと誉が笑う。素直で可愛い奴め。

「じゃ、そん時渡すね。ユーニのじゃないけど、結構良いやつだよ」

「わあ、楽しみ。ありがとう、和泉」

「いいってことよ」

 個人的にも塩職人のプレイヤーと知り合えて楽しかったしね。本当、にじせかは自由で面白いわ。

 最近は尚更、誉にサイさんの話を聞くのが面白くて仕方ない。いつかは会って話してみたいけど、ほんと誉が紹介してくれる日は来なさそう。思えば昔っから、誉は宝物は隠すタイプだったからね。河原で拾ったの綺麗な白い石とかを小さな缶に入れてベッドの下に隠していたのを見つけた時は、犬かよと思ったものだ。懐かしい。

 まあでも、大事な可愛い幼馴染が楽しそうで何よりだ。


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