遊談〜しらぬこまじりて〜

阿炎快空

遊談

 少学校の裏山には不思議な噂があった。

 子供が数人で遊んでいると、知らぬ間に一人数が増えているのだという。

 教師からも、裏山には近づくなときつく言われていた。もっともそれは、先に述べた怪談話とは関係なく「危険だから」というのが理由だったが。






 その日、僕は数人の同級生と共に、噂を確かめるため裏山へと足を踏み入れた。

 探索には、幼馴染であるきよしと、その妹である貴子たかこも一緒だった。どうやら貴子が「私もついていく」と駄々をこねてきかなかったらしい。

 清は鬱陶しがっていたが、一人っ子の僕には彼らのやり取りが微笑ましく感じられ、ちょっとだけ羨ましかった。


 山頂には、打ち捨てられた神社があった。鳥居がなければ神社であったとはわからないほどに寂れており、いつ倒壊してもおかしくない佇まいだ。

 僕らはおそるおそる周囲を回ったり、中を覗いたりしたが、何も異変は起きなかった。

 やはり、噂はデマだったのだ。

 つらまねえなあなどと文句を言いつつ、山を降りようとしたその時——貴子が叫んだ。

「兄ちゃん!知らない人がいる!」

 皆が貴子の指さす方に目を向ける。


 


 最初は何かの冗談かと思った。

 しかし、他の面々も——親友の清までもが、ぎょっとした表情で僕のことを見ていた。

「な、何だこいつ!?」「いつから居た!?」「で、出たっ、逃げろーっ!」

 皆が悲鳴をあげながら僕から逃げていく。

 後を追おうとした僕の右足首に、何かが巻き付いた。

 驚いて振り返ると、そこには巨大な不定形の黒い影が、ゆらゆらと揺らめいていた。

 影からは何本もの触手があちこちに伸びており、そのうちの一本が僕の足首をしっかりと捕まえていたのだ。


「アソボウ」


 影からは、何人もの子供達の声が聞こえた。


「アソボウ」「アソボウ」「アソボウ」「アソボウ」「アソボウ」「アソボウ——……」


 僕は悟った。

〝知らない子供が増える〟のではない。こいつらは子供を自らの内に取り込み、世界から切り離してしまうのだ。

 触手が、勢いよく僕の足を引っ張った。仰向けに倒れた僕は、そのまま影の方へずるずると引きずられる。

 もう駄目だ、と思った次の瞬間だった。


「おりゃーーーー!」


 叫び声と共に、僕と影との間に、一人の少女が躍り出た。

 少女といっても、僕よりはだいぶ年上だ。十代後半といったところか。服装は動きやすそうなパンツルックで、実際、猫の様にしなやかな動きだった。

 少女が腕を振り下ろし、触手を切り裂く。それは空手の手刀というより、やはり猫が爪で引っ掻くような動きだ。そう言えば頭の上に猫の耳のようなものが見える気もするが、これは流石に目の錯覚だろう。


「危ないところでしたね」

 背後で男の声がした。

 尻餅をついたまま振り向くと、そこには眼鏡をかけた、着物姿の若い男が立っていた。怪我でもしているのか、右腕には包帯をびっしりと巻いている。

「もう大丈夫です。後はまかせてください」

 男はそう言うと、僕の傍らを通り過ぎながら、右腕の包帯をするするとほどいていく。そのまま少女の脇も素通りし、蠢く影へと向かっていく。


 そうか——もう、大丈夫なのか——……

 男の落ち着いた口調と態度に安心した僕は、どうやら限界まで張りつめていた緊張の糸がぷつりと切れたらしく、そのまま気を失ってしまった。






 どれほど時間が経ったのだろう。

 少女に優しく起こされた時には、全ては終わっていた。

「話が通じる相手ではなかったので、少々荒っぽい手段を取りました」

 ツルミと名乗った男の言う通り、辺りには焼け焦げたり、雷でも落ちた様に真っ二つに折れた木が何本もあった。どの様な術を使ったのかはわからないが、一部には雪の降った様な跡もある。

 きっと僕などでは想像もつかない、天候にも影響を及ぼすような激戦が繰り広げられたのだろう。


 ツルミさんの話を纏めるとこうだ。

 裏山にはかつて、「立ち入った子供が消えてしまう」という所謂〝神隠し〟の噂があった。僕の爺ちゃんや婆ちゃんの世代の話だ。

 時は流れ、噂は変化していく。

 父さんや母さんの代には、「数人で遊んでいると、かつて神隠しにあった子供が、知らず知らずの内に紛れこんでいる」というディテイルが付け足された。

 そして僕らの代では、〝神隠し〟の部分はまるっと割愛され、「いつの間に知らない子供が一人増えている」という怪談へと内容が変質した。


「異なる世代の噂話がごちゃごちゃに混ざりあい——この山のあやかしは〝山で遊んでいる子供を攫い、自らの一部として取り込んでしまう怪異〟と化したのです」


 祀られるものがなくなった神社などには、よくない〝力〟が集まりやすいらしい。

 それ故に、あの化物は、清や貴子の認識さえ操作する程の強大な力を持ってしまったのだという。

「もしあのまま化物に取り込まれてしまっていたら、君の家族も君のことを忘れてしまっていたかもしれませんね」

 そうなれば、僕という人間は最初から存在しなかったことになってしまう。あまりの恐ろしさに、僕は思わず身震いした。






 山を降りると、清や貴子達に出会った。化物を祓った影響か、皆さっきまでの事は忘れてしまった様で「あれ?お前、どこにいたんだよ?」と怪訝な顔をされてしまった。

「この人達を、裏山に案内してたんだ」

「ふうん。誰、この人ら?」

「ええと、ツルミさんって言って——」

「——まあ、霊媒師の様なものです」

 僕の言葉を引き取り、ツルミさんが微笑む。

「裏山に棲む子供の霊は、先ほど祓わせていただきました」

「えー、本当に!」「すっげえ!」「おじさん、本当に霊媒師なの!?」

 友人達が目を輝かせ、一斉にツルミさんを取り囲む。

 ツルミさん曰く、こうして噂を上書きすることによって、〝場の力〟を抑えられるのだという。






 ツルミさん達にお礼を言うと、僕は一人、家へと走った。早く家族に会いたかった。

 走りながら、僕は考えた。

 僕に「アソボウ」と声をかけてきた声達——あれは、実際に影に取り込まれてしまった子供達なのだろうか?それとも、単にそういう設定を与えられた化物なのだろうか?

 前者だった場合、僕の知り合いもあの中にいたのだろうか?

 僕の知る限り、友人に神隠しにあった奴はいない。しかし、認識を操作されてしまっていたとしたら?

 だとすれば、取り込まれてしまった人間はどうなったのだろう?化物と一緒に消滅してしまったのか、それとも——

 いや、考えるのはよそう。今はただ、家族と再会できる喜びを噛み締めたかった。


 玄関を勢いよく開けると、見慣れた顔が僕を出迎えた。

「おう、おかえり。どうした、泥だらけじゃねえか?」

 ちょっと転んだだけだよと言い訳し、僕は笑顔で続けた。


「ただいま、!」

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