「万事解決する話」【KAC20241+:「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」】

冬野ゆな

第1話

 俺は、俺を異世界に連れてきた女神を目の前にして目を剥いた。

 まさか再びこの女に会うことになるとは思っていなかった。

「いったい俺にどうしろっていうんだ!」

 自分でも癇癪を起こしたみたいだと思いながらも、あの気に食わない女神に叫んでやる。クソ女神は耳を塞いだまま、俺から目を逸らしている。俺をこの世界につれてきて、こんなのっぴきならない状況に放り込んだのはこの女だ。いったい俺にどうしろっていうんだ?

「そのとき、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが現れて何もかも解決してくれた。

 めでたし、めでたし。」



「なんだ、こりゃ」

 僕があまりに怪訝な顔をしていたからか、キッチンから戻ってきた彼女は少しだけ噴き出した。

 本の中に挟まれていたのは紙製の栞だった。僕の使っている栞じゃない。「そのとき、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが現れて何もかも解決してくれた。めでたし、めでたし。」と書いてある。あまりに自然に、というより読んでいた本と同じフォントで、且つ段落まで入れられていたものだから普通に読んでしまっていた。

「それ、面白いでしょ。物語を強制的に終わりにしてくれる栞」

「どこから持ってきたんだ?」

「まえに、児童文学のキャラが勝手に物語を終わらせちゃう栞ってあったのよ。それの海賊版みたいなものよ」

 どうやら彼女が勝手に僕の本に仕込んだらしい。

 確かに、作りとしては安っぽいし、脈絡が無い。

 どうしてこんなものに騙されてしまったのか。

「ああ……」

「他にもいろいろとあるのよ」

 彼女は悪戯っぽく笑った。

「それよりも、聞いてよ」

「なんだい?」

 ちらりと見た彼女があまりに真面目な顔をしていたので、僕はびくりとしてしまった。

 こんなものを仕込んでまで僕の読書タイムを終わらせようとする程度には、重大な話なのだろう。僕は自分が緊張していることを悟られないように、わざと目を逸らした。

「何の話? コーヒー飲みながらでもいいんじゃない」

「あとにしましょう」

 退路を断たれた僕は、諦めてなんの話が始まるのかとまったく知らないような顔をした。いったいなんの話だっていうんだろう。まさか不倫がバレたわけじゃないだろう。僕はうまくやっていたはずだ。いい夫だったはずだし、だいたいよく考えれば会社の後輩とのことは不倫というほどのものじゃない。だから僕が責められる筋合いも無いはずだ。

 そのとき、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが現れて何もかも解決してくれた。

 めでたし、めでたし。



 私は最後の一文を書き終えてから、ペンを放り投げるように椅子の背にもたれかかった。ギッ、と古びた椅子の音がする。

 実際は目の前にあるのはパソコンだから別になにも放り投げてはいないのだけど、そんな気分というだけだ。私はこれ以上書く気力を失っていた。なにしろこの先の物語をどうしたらいいか考えあぐねていたのだ。だから適当な言葉で物語をぶち壊しておいたのである。

 いや、物語は決まっている。不倫がバレて追求されるのだが、追求している場面に続く気力がわかなかった。それこそ本当にバッファローの群れが現れて何もかも解決してくれれば万事解決だというのに。しかし現実というのはそうそう甘くない。私はこの物語を期日までに書き終えないといけないし、そうしないと今後の仕事と信用に関わるのだ。

 私は何度か椅子を回転させて、それからコーヒーをとりにいくことにした。きっと頭も冴え渡るに違いない。そう確信してキッチンへと向かう。

 そのとき不意に地面が揺れる音がした。

 地震かと思って、引き返してスマホを手に取った。周囲を見る。場合によっては机の下か、それとも外に飛び出すか。外では悲鳴が聞こえている。

「なに?」

 地震じゃないのか。どこかで事故でも起きたか。

 それならいったいこの音と振動と……悲鳴はなんなのだ。

 私は狼狽しながら窓を開けた。地面を震わすほどの凄まじい音。規則正しく四つの脚が大地を蹴り、何もかも破壊し尽くしていく音……。

「えっ……あっ」 

 ねじれた角を眼前に突き出すようにして走る黒い獣。間違いなくバッファローだ。まるで黒い川のように連なったそれらが、土埃をあげながら突進している。突如として現れた群れは、町のあちこちを破壊しながら一心不乱に突き進んでいた。人々は混乱で逃げ惑い、一階部分を壊された家屋やビルは凄まじい音をたてている。これはなんだ、一体なんなのだ。そもそもこのバッファローたちはどこから来たというのだ。異次元か。あまりのことに、私はスマホを持ったまま呆然と立ち尽くしていた。そのとき、バッファローの川の先頭部分が私の住むマンションに向かって走っていることに気付いた。

 私は悲鳴をあげた。

 そのとき、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが現れて何もかも解決してくれた。

 めでたし、めでたし。



 そのとき、この宇宙の全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが現れて何もかも解決してくれた。

 めでたし、めでたし。

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