深夜のバッファロー

海野夏

✳︎ラーメン二丁

バッファローには三分以内にやらなければならないことがあった。そしてバッファローに現在進行形で半ば引きずられているのが俺、三城である。


「早く行くぞ三城。ラストオーダーまであと三分だ」

「待てよバッファロー」

「バッファローと呼ぶな。あだ名で呼びたいならバッハにしろ」


バッファローもとい馬場は、さっきから掴んだままの俺の胸ぐらをさらにぐいと締め上げる。

馬場はいわゆる良家の坊ちゃんで、高校時代

ワンレンボブの髪を水泳終わりにオールバックにしていた日以来バッハと呼ばれていた。が、こいつの猪突猛進暴力的な気質からいつしかバッファロー呼びが定着。馬場はそれが気に入らないという。

そんなだからバッファローと呼ばれるんだぞギブギブギブ!


「バッハはいいのかよ」

「バッハは偉大な音楽家だ」


こいつの基準はよく分からん。


「ところでさっきから足音が増えてる気がするんだが……」

「よくあることだ」

「坊ちゃんの日常って怖」

「気にするな、どうせ爺やとボディーガード共だ」


まぁ深夜に可愛い坊ちゃんが外出するとなれば爺やさんたちも気が気じゃないだろう。二十歳を過ぎた男だが生粋の箱入り息子。どうせ爺やさんたちについてくるなとでも言ったのだろう、振り返ってみてもバッファローの群れのような足音は聞こえるのに姿は見えない。彼らの苦労が偲ばれる。……深夜の住宅地だからもう少し静かにしてほしいところだが、バッファロー家にそこまで求めるのは無理だ。民家を薙ぎ倒さないだけマシだ。高校の時なんて……いや、今はいい。

閑話休題。


「あと一分だ! もっとはやく走らないか!」

「馬鹿言え既に全力だ! 大丈夫だって、今から行くのラーメンの屋台だろ? んな店でラストオーダーなんて聞いたことねぇよ」

「フン、これだから庶民は」

「帰るぞ」

「帰るな」


なんでもレポートを書いていて腹が減ったらしく、屋台のラーメンを食べてみたいと思い立ったらしい。初の屋台ラーメンに一人で行く勇気がなくて、俺の住むアパートまで呼びに来たわけだ。爺やさんたちを誘って行けよ。

俺とバッファローは友達ではない。同じ大学に通い、出身の高校が同じというだけの関係だ、と俺は思っているが、バッファローは俺を友達か下僕か何かと思っているのか時々こうして自分の思いつきに俺を巻き込んでくる。多分下僕と思っているな。


マジで民家を薙ぎ倒すんじゃないかというくらいの音を背後に聞きながらバッファローと並んで走っていると、道の向こうにようやく屋台らしき灯りが見えた。


「あれか? バッファロー」

「そうだ。違う」

「そうか違うか」

「違わないけど違う!」


からかいながら屋台にたどり着くと、馬場が言っていたラストオーダーの時刻を過ぎていた。背後からの轟音と風が屋台の暖簾をはためかせる。


「過ぎてしまったな。帰ろうか」

「待てって。まだやってるだろ」

「ラストオーダー過ぎて押しかける無作法はできない」

「ラストオーダーなんてシステムがあればな」


ここまで来て怖気付いたバッファローは帰ろうと背を向ける。寝ているところを叩き起こされて、引きずられながら走ってきて、ラーメン食わずに帰るなんてできるか馬鹿。襟を掴みながらダメ元で大将に声をかける。……いやこいつ力強いな、どんだけビビってんだ。


「こんばんは、まだやってますか?」

「やってるよ。何人だ?」

「ふたり」


はいよ、とあっさり注文を受けてくれた大将の言葉を聞いてバッファローの動きが止まる。


「マスター、ラストオーダーは過ぎていると思うのだが……」

「ははん、お前、電話でラストオーダーとか予約とか言ってた奴だな? ラストオーダーなんて気取ったもんうちにゃあないよ。俺が今日は終いと思った時が終いさ」

「はぁ……では零時と言うのは」

「あの時の俺の気分だな。まぁ座って水でも飲んでな。走ってきたんだろ」


にかっと笑う大将。バッファローは拍子抜けしたように椅子に腰掛けて水を飲んだ。俺はこいつの暴走と大将の気まぐれに巻き込まれたわけだが、なんというか、小気味良いと思ってしまうあたり性格が悪いのかもしれない。


「美味いかバッファロー」

「美味しい」

「ばばろ……?」

「あぁババロアもいいな」

「待て、それは俺のことか?」

「気にするなババロア」

「はぁ、今時の子は変わった名前してんだなぁ」

「違う!」

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