祭り

キロール

大陸間激走バッファローの脅威

 津我海つがうみには三分以内にやらなければならないことがあった。それは全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを駆逐する事。ああ、このミッションの過酷さを何と表現すれば良いのか……。環境破壊企業である『暗無礼羅社アンブレイラシャ』の手により改造され、全てを貫くドリルホーンを持つに至ったバッファローの脅威とまともに対峙できるのは、力士を置いて他にない。


 津我海つがうみには迫りくるバッファローの怒りも理解できなくはなかった。改造された挙句に力の象徴として幕内昇進のため力士に狩られるだけの存在と都市部では扱われているバッファロー。彼らとて日々を健やかに生きる権利はあるのだ。


 だが、今日、この日の襲撃だけは阻止せねばならない。神聖なヨコヅナフェスティバルの開催日である今日だけは。津我海の親方であり終身名誉横綱である大横綱『北坂場きたさかば』の昇天の義が執り行われる日である今日は。


「……バッファローたちの暴走がよりによって今日であった意味を考えればわかった筈だ……奴らが関与していたことに気付けたはずだ」


 津我海は苦く呟く。力士にしては引き締まった身体の関脇津我海の瞳は既に地平を覆いつくさんばかりに迫っているバッファローたちを捉えている。あれほどのバッファローが迫ればいかに堅牢を誇るドーム型都市カントリースキルホールの外壁とて破壊されつくすだろう。或いは本来のバッファローであれば破壊の限りを尽くすことなく去ったかもしれない。


 だが、一際大きなバッファローの背に暗黒回しを身に着けた奴がいる時点でその望みは消えるのだ。SUMOUの暗黒面に堕ちた力士、暗黒力士が一枚噛んでいるのならばこの日に暴走が起きた事も理解できるし、破壊の限りを尽くす事すら容易に想像がつく。


 津我海から都市の壁までバッファローの足ならば約三分。その間に津我海は迫るバッファローを駆逐し、暗黒力士を打ち破らねばならなかった。当初はバッファローを追い払うだけの簡単なミッションと思われていたが、今となっては何と困難なミッションである事かと嘆息を禁じ得ない。当初こそ三十名の力士がミッションに当たっていたが今では満足に動けるのは津我海ただ一人。


 それでも、成さねばならぬ。紫紺の回しを一つ叩くと津我海は深く腰を落として両の手を地に付けた。これぞ師匠である北坂場に若かりし頃に授けられた平蜘蛛ひらぐもの型。うなりをあげて迫るドリルホーントレインの如きバッファローの群れを見据えながら、津我海は脳内に行司の放つチャント『ハッケヨイノコッタ』を聞いていた。


※  ※


 その日、ヨコヅナフェスティバルはつつがなく終わりを迎え、参加した市民たちは祭りの儀を口々に噂しながら帰路についた。だが、ドームの外で行われていた力士とバッファローの戦いについて知る者はなく、語る者はなかった。


 荒れ地に揺れる小さな草花以外には。


<了>

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