未定(梅をテーマにしたものです…)

@kumo30

1話完結

車の、エンジンの震えというのは心地の良いものだ。寝るには丁度良い。


「ごめん、次のパーキングでトイレ行かせて。」


「了解〜」


うつらうつらと窓を眺めていると、運転手からトイレの申し出がある。

そこのコンビニでお菓子でも買おうか。


友人の運転とはいえ、やはり乗るだけではつまらないのが事実。

加えて、初心者の助手席となると、こちらもウカウカしていられない。

多少、気張ることも必要だ。


コンビニで、あたりめと飴を手に取ってレジに並ぶ。

そういえば、昼は買ってないがどこか宛はあるのだろうか。


1週間前の今日、友人からのLINEを受けて準備をしていた。それなりに、楽しみにもしていた。

今更、花を見に行こうなんて老人くさいと鼻で笑った自分を、もう1人の私が、意外と楽しんでいると冷めた目で見つめてくる。


「ごめん、お待たせ。トイレ混んでてさ…」


「気にしてないよ。女子トイレゲロ混みだったの知ってるし。」


コンビニ袋を下げて、運転席に戻りながら友人と話す。

コンビニ袋は1枚3円。そこそこ取るようになった。


「さてさて、また出発かな。」


「ん、頑張れの気持ち。」


あたりめを1本手渡す。


「1本だけかい。」


「なんだ、新品未使用を開けた第1本目をあげたのに。」


「使用済みは困りますよお客様〜」


友人も、久しぶりの高速だと肩が張っていたが、だいぶ解れてきたようだ。


制限速度を多少超して、左車線を走り続ける。

前後の車は見当たらない。


「疲れたら私代わるからね。」


「ありがと、心強いわ。」


今すぐに代わる気の無い気遣いをしてから、助手席のリクライニングを倒して毛布を被る。

元カノの香水が薄ら香る。


高速道路を走り抜けて、秒毎に変わる景色を、ただぼんやりと一点を見つめていた。

目で追うようなことはしない。どうせ変わってしまうから。


「赤い梅、だっけ。見たかったやつ。」


「うん、そう。」


「お昼どこで食べんの」


「どっか?花見っていうほどガッツリやる気ないよ。昔昔に見た、赤い梅をふと見に行きたくなっただけ。車窓から見えるはずだから、見えたらポイント着いたら写真お願いね。」


「え、生で見なくていいの?」


「降りるのめんどくさくない?それに、人も多そうだし。」


まぁ、この娘がそれでいいなら良いか。

会話が落ち着いて、そろそろ集中したい頃だろう

と解釈をして、チラリと横顔を眺めた後、イヤホンを付ける。


音楽を聞こうと思ってスマホを開く。

この時期、いつも聞いていた曲がある。

名前は、たしか、季節が入ったような…


仕方なし、アーティストの名前を調べて投稿を遡る。


そう、これだ。


耳元で心地よい弦の音が弾かれる。

もし、未来の自分。この彼の元で眠れていると良い。


あくびが出る。

しっかり寝てきたはずなのに、やはり眠くて仕方ない。

うつらうつらの内ではない。

ぼんやりと車窓を見つめ、運転席に後頭部を見せて力を抜く。





知らない女の声で意識が浮いてくる。

目を覚ますと、同じような景色が車窓から見える。

先程の曲から、10曲ほど進んだようだ。

誰か知らない声を止めて、友人に声をかける。


「おはよ」


「よく寝てたね、もう通り過ぎたよ。」


「え、まじ」


しまった。運転させるだけさせて、自分は何もせず寝ていただけだ。


「本当ごめん、起きてればよかった。」


「いやいや、別に気にしてないよ。」


「え、ちなみに聞くけど、見れた…?」


「無理無理」


笑いながら運転する友人を見て、本当に良い人と出会ったと思った。

結局、存外楽しみにしていた私も、目的としていた友人も、梅は見れなかった。


つまりは、そういうことである。




「どっかでお昼食べて帰るか。」


「帰りは私が運転するよ。」


「え、いいよ気遣わなくて。」


「いやいや、運転したい。」


無理を言うような形で、昼食後は私が運転席に乗った。


「この毛布、アンタの匂いする。」


「え、嘘。そっちの香水の匂いでしょ。」


「いやいや、私の香水なんてしないから。」


「お互い、自分の匂いって分からないもんだね。」


「そうね。」


曲を流して、ひたすら運転する。

先程よく寝たおかげか、頭も目もスッキリしていた。


「帰り、梅の所通らないの?」


「多分通るかも。…でも、なんかもう何でもいいかな。」


「え、そんなもんなの?」


「うん、そんなもん。」


友人は眠くないようで、携帯を見たり外を見たりしながらずっと起きていた。


「…私達も色々あったよね。」


「そうね、まぁ、血迷っただけだと思うけど。」


「それはそう。本当あの時やばかった。」


薄く笑いながら、2人で数年前を回想する。

忘れたくない、貴重な経験だった。


「今度結婚するって言ってた人さ、やめた方がいいよ。」


「なんで?」


「だって、単純に考えてさ、プロポーズが毎日味噌汁作ってくれってやばいよ?今どきそんな事言う人ないって。モラハラ?」


「違うわよ。」


笑いながら返す。


「とにかく、もう少し現代生きてる人にしようって。そのプロポーズを30代前半でしてるってことはさ、これからもっと速いスピードで精神も老けていくんだよ?どうするのよ、40代くらいで遺産の話とかされたら。」


思わず吹き出してしまう。


「なにそれ」


「真剣に言ってんのよ」


さすがに無理があるだろう。


「ご忠告どうも。でもね、結局別れたんだよね。」


「そうなの?理由は?」


「…道とかで花見つける度に、花言葉でっかい声で言うから。」


「やば。」


2人で吹き出して笑いが止まらなくなった。

前を見て、運転を続ける。


「やっぱり価値観って大事だよね」


「そりゃあそうでしょ」


どうしてあんなポエマーを追いかけていたのか、今ではよく分からない。

紙面だけにしてほしい。


「あれ、白梅だ。」


「え、元目的地ここ?」


「うん。お父さんからも教えてもらったんだけど…えぇ、なんで紅梅じゃないんだろう…」


若干肩を落とす友人。

そんな行動をしている内に、通り過ぎてしまった。

流れは待ってはくれない。


「…まぁ、そういうこと?じゃない?」


「なに、そういうことって。」


友人はまた笑いながら、私に問いかける。


「んー、なんて言うか。だめだ、さっき話した元カレみたいになりそうだから言いたくない。」


「え、ポエムうつった?」


「うつってないよ。」


前後に車は見当たらない。

制限速度を多めに超えて、高速道路を走り抜けた。

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