アーグルトンの幽霊屋敷

キロール

大家の内見

 カゼット家はその一報を受けて大いに慌てた。長子のジョンがネット上の噂でしかないがと語った内容に大いに動揺した。

 故郷アーグルトンのレイクサイド通りにある我が家。誰かが住まねば家が傷むと人に貸した訳だが、その今の入居者がとんでもないことを生業なりわいにしていると言う。


「ゴーストハンターだって?」

「アーグルトンに移住してきた東洋人ってなってるから、家を借りた人じゃないかな?」


 ゴーストハンター、そんな物が生業になるのかどうかは分からないがただ一つだけわかることがあった。

 それはカゼット家の家、八代前の当主が立てたレイクサイド通りのあの屋敷にはいくつもの幽霊が住んでいる。

 落馬して死んだ当時の若き当主が夜な夜な馬を駆り、日が暮れると既に存在しない燭台にメイドが火を灯すために廊下を練り歩く。

 ホールには時々老婦人が姿を見せお茶を飲み、そして……禁断とされている双子も存在していた。


「急ぎ戻らんといかん、今週末の予定は空けるから一度アーグルトンに戻ってみる」


 今の当主ロイ・カゼットはスマートフォンで自身の予定を確認してから皆にそう言うと、彼の老いた母マリーも強く頷きを返した。


※  ※


 アーグルトンはランカシャー州の西に存在する。リヴァプールとヨークを結ぶ幹線道路を使えば然程迷うことなくたどり着ける。

 急ぎ戻って来たロイ・カゼットの目にはアーグルトンの街並みは半年前と変わりが無いように見えた。

 だが、屋敷の中がどうなっているのか分かりはしない。

 急ぎレイクサイド通りにあるカゼット屋敷へと向かった。


 ロイは玄関にたどり着くと即座に呼び鈴を鳴らす。今の入居者が出てくるまでの時間が妙に長く感じる。屋敷はどう変わったのか、それともネットの噂など当てにはならないのか。確かに今の入居者は日本の人間だと聞いている、もしかしたら差別の一環としての噂かもしれない。


 ただ、何故それでゴーストハンターなのか。


 そんな事に考えを巡らせていると玄関の内部で音が響く。

 途端に緊張感が高まり、このまま扉が開く事を待ち望んでいるのか、開かない事を望んでいるのかロイには分からなくなった。

 見なければ何も確定されることは無いと言う猫の話を思い出しもしていた。

 だが、扉は開き今の入居者がそこに立っていた。


 年の頃は二十代半ばか三十に届いているのか。確か仲介した不動産屋の資料によれば二十七だった筈。日本人ながら目鼻立ちははっきりした方である種の力強さを感じさせる。それが噂に信ぴょう性を与えてもいた。

 事前に訪問することを知らせておいたからか、入居者である日本人は落ち着いておりすこしだけウェールズなまりのある英語を流暢に話す様子から、相応の知性が見て取れた。


「幽霊たちの現状をお知りになりたいと言う事でしたが?」

「ええ、あなたが内見を済ませたさいに、元の住人も歓迎してくれたようだと不動産屋から聞き安堵した物ですが……」


 この幽霊屋敷を貸し出すに当たり一日泊まりかけの内見をしてもらう事にしていた。幽霊を信じない者はそれで霊を見ることになり、悪戯目的や邪まな思いを持つ者は幽霊が弾いてくれるからと。

 彼は言わば幽霊たちの面接を合格したのだ、本来ならばこのように不躾に訪問したりはしなかった。


「ただ、その……あなたのご職業について噂を聞いてしまいまして」

「ああ。確かに私が不動産屋に提示した職業はカバーです。狩人と言うと中々借りられませんからね」


 入居者はすんなりと認めてしまう。


「な、ならば」

「この屋敷の先人たちには何もしていませんよ、夜を待たずともそろそろ分ると思いますが」


 慌てたように言葉を紡ごうとしたロイに片手をあげて制止しながら、入居者は時計を見やって告げた。

 時刻は十五時になろうとしていた。

 

 その時だった、可愛らしい子供の声がきゃっきゃとホールから響いた。

 馬蹄の音もして一家がはっとして顔を見合わせていると。


「アフタヌーンティーの時刻ですからね、皆集まってくる」


 どうぞと告げて入居者は率先してホールへと向かって行く。

 自分達が住んでいた屋敷はほとんど何も変わっていなかった。

 ただ、狩人が住む様になってからは幽霊たちは互いに交流を持ち、ホールでお茶を飲む様になっていた。時折現れた老婦人の中心にして。


 ホールで見知った半透明の存在達が歓談している様子を見て、ロイは思わず呟いた。


「一体何が起きたのですか? この様な光景は初めて見る」


 狩人はロイと自分の分のお茶を用意しながら言った。


「そこの双子にこの屋敷の呪いを打ち破って欲しいと言われましてね。多少苦労して呪いを突き止め壊しただけですよ。本来幽霊になるには強い執念が必要です。ですが、ここの霊たちにはそれが無い。妙に思ってはいたのですが……」

「呪いですって!?」

「死者にだけ作用するある種の呪い、ですかね。幽霊を作り出しやすくすると言うべきか……」


 そいつはすでに過去の物ですがロイにお茶を進めながら狩人は言う。


「誰がそんな事を……」


 呻くロイに狩人は肩を竦めて告げた。


「幽霊屋敷はある種のステータスになりますから」


 そう告げた入居者の顔に浮かんだ笑みはいささか渋かった。

 ロイが今飲んだ淹れた紅茶のように。


<了>

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