食うか食われるかの森
なぜ人間は動物や植物を殺すのだろうか、自分に問いかけてみる。
「それは私でも分かる、食べるためだ」
ここに1匹の死体がある、私が仕留めた獣の死体だ、私は野菜だが今は人間と変わらぬ身体なのでこのまま美味しくいただきたいところだがとてもそういう気にはなれない。
それは殺してしまった罪悪感とか私は野菜しか食べられない人だとか、そういった話ではなく物理的に食べられないのだ。
「何だこれ、体が泥みたいに溶け始めてる……」
普通、生き物は身体に損傷を受けると血が噴き出るものだが、この獣は私が真っ二つに切ったにもかからわず血の一滴も出ていなかった、死後すぐに体がドロドロに溶ける動物というのも聞いたことがない。
ぐるるるるるる
唸り声のような音が響く、今度は間違いなく私のお腹から出ていた、一度食べようと思っていたものを取り上げられてしまうとこんなにもお腹が空いてしまうとは。
「いっぺん動物の肉を食べたいと思っていたのになぁ……」
私は目の前で崩れ落ちていく肉をただ呆然と見ているだけしかなかった。
「まあしょうがないな私にはまだ肉食は早かったのかもしれない、ここは大人しく今まで通りの食事にしようか」
私はしゃがんで土を一握り掴み取りそのまま口に放り込む、こんなに緑いっぱいな草原の土だきっと栄養もたくさん詰まっているのだろう。
なるほど、まったりとした舌触りの柔らかい土だ、それでいてジャリっとした砂の粒の粗さも感じられ仄かに土特有のこの素朴な香りが……
不味い。
不味い不味すぎる、今までこんな物から栄養を取り込んでいた自分に引くくらい不味い。
私は口の中の土を必死に吐き出す、それでもスッキリとはいかず歯に残った土がジャリジャリと存在感を出してきて非常に不愉快だ。
もはや土は食べられないおそらく光合成もできないだろう、そういう事ならば。
「"狩る"しかないか、人間のように」
♦︎
奇妙な植物たちが群生し複雑に入り組んだ道に、私を上から見下ろし空を覆うほどの葉を付けた巨木たち。
私は草原で食べられそうなものを探索しているうちにこの森に辿り着いた、正直なところ草原では食べ物はほとんど無かった、そのへんに生えている草を引き抜いて口に入れてみたが味は無いし繊維は固いしで進んで食べられるものではない。
だがこんなにたくさんの植物が生茂るこの森なら食べられるものが一つや二つあるに違いない。
「けど正直量が多すぎてどれを食べていいのか全く分からん」
森に生えている植物たちは種類も多いが見た目もどぎつい物が多い、赤と青が折り混ざった果実、クルクルと螺旋状に円を描くツル状の植物など、少なくとも私が見たことが無い物ばかりだ。
私はその赤と青の果実をちぎって毒が無いか臭いで確かめようと鼻に近づける。
「臭いは問題ない、というか無臭だ……でもこれだけで毒が無いと言い切れるのか……」
そう言って顔をしかめながら物色していると。
「……ん?」
後ろの草陰から小さな物音が聞こえた気がした、私は音がした方を向き腰元の刀を構える、物音は次第に大きくなりガサガサと目の前の草むらも揺れ始める。
一瞬の静寂の後、獣が私の首元を目掛けて飛び出して来た、草原で私を襲った奴と同じ見た目だ。
だが、今の私はあの頃より冷静でいられた。
私は後ろに一歩下がって距離を取り鞘から抜いた刀の斬撃を奴に浴びせる、目を瞑らずに確実に奴の首を狙い、瞬く間に空中で真っ二つになっていた死体はドスンと私の前に大きな音を立て落ちて来る。
「……びっくりしたこの獣こんな森の中でもいるのか」
いや、もしかすると私を狙ってこんなところまで来てたりして……
すると再び同じ草むらからガサガサと音がする、私はすかさず刀を構える、音はさっきよりも早くこちらに近づいているのを感じる、草むらを大きく掻き分け何かが私の前に倒れ込んだ。
――――今だ
「はぁーーっ!やっと逃げ切れたーっ!まさかこんな森の中にまでモンドルフがいたなんて」
突然倒れ込んできたのはさっきの獣ではなく小柄な少女だっま、オレンジ色の髪を二つに結い見た事のない服装をしている。
「でもよかった、食料は無事だ……これで里のみんなもしばらくは安心だ……」
少女は前に抱えている大きな袋をまじまじと見つめホッと一息を吐く、この子一体何者なんだ、もしかして私と同じ野菜?いや今はそんな事はどうでもいい。
「君、その中身が食料と言ったなすまないがそれを一つ――」
持っていた刀を少女が抱える袋に向け尋ねる、今は空腹の方が大事だ。
「えっちょっとそんな危ない物こっちに向けないで、ていうか誰ですかあなた!何でこの森に人が……!」
私を見るなり少女は喚き始めた、今まで私の存在に気づいていなかったのかこの子は、別に私は危害を加えようとしない者を襲う気は無いので安心して欲しいのだけど……
「落ち着いて聞いて欲しい、私は別にお前の敵ではない、ただちょっとお腹が減ってるのでその……君が持っている食料を……」
「はっ!そうだ!モンドルフ!私さっきまで魔物に襲われていて!あなたも早くここを抜け出さないと危ないですよ!」
少女は私の肩を揺らしながら声を荒げる、騒がしい人だ、というか私の事を恐れていたんじゃなかったのか。
揺らし過ぎて頭までぐわんぐわん揺れ、目眩がしてきたのでそろそろ振り払おうと思っていると少女の動きが徐々に止まり始めた。
少女の方に目をやると私の後方を見つめ口をぽかんと大きく開けていた。
「え……モンドルフが死んでる、しかも真っ二つになってる……」
少女が見る先には私が仕留めた獣の死体があった、私から手を離した少女は死体の方に駆け寄りまじまじと見つめ、チラッとこちらの方に目を向ける。
「もしかしてこれあなたがやったんですか?」
「ま、まあそうだな私が食料を探している時に襲ってきたから仕方なく、君が持っている食べものを分けてくれると助かるんだけど」
「す、すごいです!モンドルフを討伐できる人がこんな近くにいたとは!」
少女は大きく開けた口をさらに大きく開けながら私とその死体を交互に見比べる、正直私は早く食事にありつけたいのだけれど。
やがて少女は私の元に駆け寄り目をキラキラさせながら私の両手を掴み取った。
「見知らぬ旅人さん!あなたにはぜひ私の里に来てもらいたいです!私の名前はロロッカと言います、あなたのお名前は?」
「わ、私の名前……?」
私の名前は
私は
私は食べものが欲しいだけなのに……
転生した野菜は誰にも食べられずに静かに暮らしたい 法蓮草 @hourensou85c
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