ケツをドラミングした夜に

タルタルソース柱島

最終話 

 おっさんには3分以内にやらなければならないことがあった。

 というかもう3分しかない。

 

 23時57分、

 おっさんは焦っていた。

 


 転職活動をはじめて苦節、えっと何ヶ月だっけ?

 マウスを握る手がピタリと止まる。

 半年、多分そう。

 星の数ほどの企業からお祈りされ、今ここに立っている。

 そんなおっさんが掴み取った星から3日以内に小論文を提出しろという課題が課せられたのだった。


 で、締切まであと3分。

 ピタリと止まった手が激しくキーボードの上を乱舞する。

 上品なダンスとは言い難い乱打が次々と文字を紡ぎ出す。


 事務職15年、職場ではドラミング佐藤という異名を持つおっさんにとって、小論文1000文字など1分以内に片付く朝飯前の作業だ。


 そういえば夜中だし、まさに朝飯前か、などと雑念が動きを緩慢にさせる。


「去れ! 邪念煩悩よ!!」


 23時58分、

 差し迫った危機におっさんが叫んだ。


「くそっ、1時間前の俺は一体何をしていたんだ!!」

自問自答する。


 思い出せない。

 

 いつものように帰宅して、急いでシャワーを浴びて、レーズンパンを口に突っ込み、そして・・・・・・。


 おっさんの手が再び止まる。


 そうだ、お猫様が「くるしゅうない。人間よ。朕の尻をドラミングする資格に相応しきものよ以下略」と言わんばかりにフサフサのケツ毛に覆われた尻を突き出してきたのだ。


 で、おっさんは景気よくお猫様の尻をドラミングしていたワケだ。


「ワケだじゃねええわ!!」


 おっさんは6畳間の安アパート内で吠えると一層激しくキーボードを叩きまくる。


 尻をドラミングしなければいけなかったのは、おっさん自身の尻だ。


 今まさに電光板に浮かび上がる数字が59になった。


 まずい!カウントダウンに入った。

 頭の中でミリタリー色強めの軍曹が叫ぶ。

 あ、確かこの軍曹はなんとかライアンっていう映画にウオオオオオオオオオッ!!!!!



 煩悩退散煩悩退散!!!!!


 今はどうでもいいんだよ!!


 あ、ほら小論文ができた。


 これを転職サイトの企業とのやり取り欄に添付して、


「はっ、ダイジョブダイジョ、アッアッアッアッ」

おっさんの口元からカタコトっぽい声が漏れ、マウスを操作する手が汗ばみ震える。


 送信


 カチリとクリックし終わったおっさんは安堵とともに崩れ落ちる。


 やった、やったよ。母さん・・・・・・。

おっさんは心のなかで見知らぬ母(仮)に語りかけた。


 そして、ふと送信完了時間に視線を落とすと


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」


 静観な住宅街に響き渡る鬨の声もとい絶望の叫び。

 誰か刺されたのかと見まごうほどの断末魔にお向かいの窓が勢いよく開く。




 送信完了 0:00:12


 おっさんは死んだ。

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ケツをドラミングした夜に タルタルソース柱島 @hashira_jima

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