幕間:ゲルマント、王都へ(3)

 王城内は、南正門を潜ると大きなホールが広がっており、ホールを突っ切って真っ直ぐ直進し、階段を上がると王座の間に繋がっている。ホールからは他にも四方に道が繋がっており、四方の門は外にある外壁へと続いている。王城勤務者の区域となっている外壁が彼らの日常生活を賄ってくれているため、王城本丸内は王族とその生活・執務に関わる最低限の機能のために設計されており、内部はシンプルで整然とした風合いをしている。

 王城政務官であるアルベルトの執務室は、外壁の政務官室が並ぶ階層にある。ゲルマントは自警団の報告で通い慣れた通路を通って、アルベルトの部屋まで向かい、扉をノックした。

「アルベルト、俺だ。ゲルマントだ。報告に来た」

「ああ、入ってくれ」

 扉の向こうから、落ち着いた声が返ってくるのを確認して、ゲルマントはドアを開けた。

 ドアを開けると、右手に執務机と本棚、その手前に来客用と思われるテーブルとソファがあり、窓は外壁の内面に接している。紫色のカーペットが敷かれたその部屋の中央に設えられたソファに、アルベルトが座って、ゲルマントを待っていた。

「よく来てくれたね。シェリルが出払っているから、お茶も出せないけれど」

「気は遣うな。こっちも別にお前と茶を飲みに来たわけじゃない」

 ゲルマントは無遠慮に言いながら部屋の中に踏み込み、アルベルトの対面にどっかと腰掛けると、目の前にいたアルベルトに据わった目を合わせた。

「こっちで動いてる間に、わりと気になることがいくつかあってな。次の目的地が二手に分かれるってんで、ついでに俺だけこっちに抜けてきた」

「シェリルから聞いたよ。レオーネとエヴァンザに向かったらしいね。無事でいてくれるとよいけれど」

 アルベルトの表情に微かな影が差す。それを見たゲルマントは言った。

「何だ、不安か?」

「初めに、あなたにも言った通りだ。彼らのことは信用している。けれど、相手が相手だ。どんな手を使って、何をしてくるかわからない。そういう意味ではね」

 アルベルトはそう言って、諦観のように微かに笑んでみせる。それを見て、ゲルマントはエヴァンザ行きを強く推していたルベールの懸命な態度を思い出しながら言った。

「あいつらだっていつまでも俺やお前に守られてばかりじゃねえさ。むしろ今回はどっちも助けには回れない。あいつらが自力でどこまでやれるかを見るには丁度いいんじゃないか。……心配いらん。あいつらなら無事でいるさ。お前もいることだしな」

「……そうだね。信じよう。僕も、彼女達を信じている」

 ゲルマントの言葉に、アルベルトは安堵するように肩の力を抜く。そこに被せるように、ゲルマントは目を鋭くさせ、アルベルトを見た。

「少々、状況が動いてる。せっかく遠くから戻ってきたんだ、今回はなるべく有益な話にしたい。俺が気になってること、お前が知ってること、洗いざらい話してもらうぞ」

 ゲルマントの切り込むような物言いに、アルベルトが表情を引き締める。それを見取って、ゲルマントはここまでの旅業での出来事――ローエンツとハーメス、二つの町での出来事を報告した。

 両方の町で、アルベルトの計画への市長の同意を取り付けたこと。

 ローエンツでの霊樹の異常に関わる一件と、十二使徒の襲撃、ゼクシオンとの接触。

 ハーメスにおける世界市祭の裏での、ベリアルの秘蔵施設への潜入とその顛末、カール王子とその仲間であるFSPS・ジャックスとの接触。

 そして、その過程で明らかになってきた、十二使徒の奇妙な態度――。

 報告を終えると、ゲルマントは一旦話を切って、アルベルトの反応を待った。

 アルベルトはしばし思考を整理した後、おもむろに「そうか」と呟くように言った。

「ハーメスで難航したのも結果的に同意まで取り付けてくれたのなら、今の所は順調と言えるだろう。まだ先は長いだろうけれど、この調子でお願いしたい。彼ら市長クラスの同意を集めることができれば、それなりの発言力にはなるはずだ」

「表向きは、そうだろうな」

 ふいに口にしたゲルマントの言葉に、アルベルトの表情が一瞬固くなる。ゲルマントはそれを見逃さず、再び言葉を繋ぎ始めた。

「お前が気付いてないはずもないと思うが、俺達の間では『違和感』が生まれ始めてる。何のことだか、わかるな?」

 ゲルマントの言い逃れを許さないような強い口調に、アルベルトも隠さず答えざるを得なかった。

「《十二使徒》達の態度についてだね」

「そうだ。あいつらは確かにローエンツとハーメス、両方の町で俺達の行動を妨害しようとしてきた。ローエンツでは霊樹の番人なんていう化け物を目覚めさせることになったし、ハーメスはハーメスで機械兵なんていう化け物じみた兵器に町を壊される羽目になりかけたしな。奴らが俺達の行く先々で妨害のための何かを仕掛けて来てるのは事実だ」

 だが、とゲルマントは告げ、獅子のような野趣の滾るその目を鋭くした。

「あいつらの力を二度俺達は目の当たりにしたが、どうも様子がおかしい。あれだけの力を持った奴らなら、それなりの編成で本気で俺達を潰しにかかることもできるはずだ。俺達があいつらの目的、あるいは『計画』の反乱分子として邪魔になってるのなら、尚更な。

 だが、ローエンツとハーメス、いずれの場合でも、俺にはあいつらが本気で俺達を潰しにかかろうとしているようには見えなかった。いずれも露払い、手加減、力試し程度のことしかしていなかったように思えた。それはどういうことを意味していると思う、アルベルト?」

 ゲルマントはそう言って、アルベルトの目を見据えた。アルベルトは静かな表情でその琥珀色の瞳を見返していたが、やがて観念したようにふっと表情の力を抜く。

「あなたも人が悪い、ゲルマント。とっくにわかっているというのに」

「いいから答えろ。俺の話はその後だ」

 ゲルマントの追及に、アルベルトは参ったように言った。

「彼ら――《十二使徒》は、僕達の計画を頓挫させようとしているわけではないのかもしれない。彼らの行動から見るに、目的は別にある――そういうことですか?」

「状況だけを見るにはな。あいつらが本気で俺達を潰しにかからないのには、それなりの理由があるはずだってことだ。……さて、そろそろ回り道はやめにするか」

 そう言葉を切ると、ゲルマントは獅子のような目でアルベルトを見据えて、言った。

「アルベルト。お前、この状況をどこまで予測していた?」

 その言葉に、アルベルトは表情を変えないまま、問い返す。

「どういうことですか?」

「とぼけているわけじゃないんだろうが、何が言いたいかくらいわかるんじゃないか」

 アルベルトの目に視線を注ぎながら、ゲルマントは語る。

「元々、俺達に『魔戒計画』阻止のための協力を持ちかけてきたのはお前だ。そんなお前が、当の『魔戒計画』、あるいはその周辺のことに何の予備知識もなかったとは思えん。まして、相手はお前の兄や旧知の人間が当事者として関わっているような相手だ。そんな状況に、お前が何も知らなかったとは思えない。だとしたら、お前はこの『計画』を巡る状況に、ある程度予測がついていてもおかしくないんじゃないかと思ってな」

 ゲルマントの言葉に、アルベルトは観念したように小さく息を吐くと、言った。

「……僕が、何を、どこまで知っていたのか、という話ですね」

「言っただろ、洗いざらい話してもらうってな」

 ゲルマントは軽く言いながら、その猛る瞳はアルベルトを注視し続けている。

 まるで、隠された真実を見極めようとするかのように。

「お前が何を考えて、何を隠そうとしていたのか……事は俺達やクラウディアの身の安全や今後の進行にも関わりかねん。お前の――お前『達』の目的が何なのか、知っておく必要があるはずだ」

 ゲルマントはそう言うと、緊張を解すように、ニッと笑ってみせた。

「好都合なことに、ここには俺しかいないからな。あいつらに話が漏れる恐れはないだろう」

「そこまで見越して、一人で王都に来たんですね……さすがはゲルマントさんだ」

 アルベルトも観念したようにふっと笑うと、その白銀色の瞳を細める。

「確かに、このタイミングであなたがここに来てくれてよかった。この状況なら、僕も話すことができる。僕の――僕『達』の目的と行動について」

 そして、アルベルトはゲルマントに、今まで語られていなかったことを話した。

 それは、これまでの前提を覆すような話だった。

 話を聞き終えて、ゲルマントはやれやれとばかりに首を振ると、呆れたように言った。

「この間はゼクスもそうだと思ってたが、お前もお前だ、アルベルト。どうしてこうお前らは大事なことを隠したがる。あいつらが知ったら何て言うと思う?」

「たぶん、肩を落とされるだろうね」

 真実を語り終えたアルベルトは参ったように笑うと、再びその瞳を引き締める。

「けれど、たとえ呆れられてでも、この計画はそういう形で最後まで持っていくしかない。そうしなければ、僕達の最終的なゴールまでは辿り着かせることができないからね。それが、僕と兄さんが交わした約束――クララをそこまで辿り着かせるための、計画だから」

「面倒な奴らだよ、まったく。まあ、俺やサリューも含め、知っちまった以上は共犯みたいなもんだからな。今更抜けるような話でもない」

 真っ直ぐな瞳で語るアルベルトに、ゲルマントは再度、呆れたように息を吐いてみせる。

「それに、どんだけ手筋がひねくれてようと、お前らの行動理由は俺達が知ってる頃からちっとも変わっちゃいないしな。いいぜ、ここまで踏み込んだ以上、お前らの無茶に付き合ってやるよ。せいぜいクラウディアを守れるよう、お互い手を尽くしな」

「ありがとう。感謝するよ、ゲルマント」

 安堵を見せるアルベルトに、ゲルマントは訓戒を告げるように言う。

「だが、状況が悪くなって来てる以上、そろそろ双方とも少し気付けにくるだろう。お前らの『演技』も本腰を入れる、あの狐ジジイも動き出す……そろそろ状況は動き出すぞ」

「そう見るのが妥当だろう。ここから先はかなりギリギリの綱引きになる。来るべきその時まで、クラウディア達を瓦解させることなく導かなくてはならない。僕の方でも打てる手を尽くすけれど、今は彼女達の力を信じるしかない」

 アルベルトはそう言って、ゲルマントの瞳を真っ向から見た。

「やはり、あなたが同行することになってよかった。あなたにはこれから先も僕達の事情を知る人間として、クラウディア達を見守ってほしい。あなたほどの状況判断力があれば、きっとクラウディア達を正しい方向に導く助けになってくれるはずだ」

「それが本音ってわけか。ったく、人使いの荒い兄弟だ」

 降参したように言って、ゲルマントはアルベルトの背後にある、夕暮れの光の差す窓を見る。黄金色の夕陽は徐々に地平線に近付き、燃え落ちる炎のようにその色を濃くしていた。

 アルベルトから打ち明けられた『真実』は、現在の事態の認識を改めるものだった。そして、彼がその真実をクラウディア達に秘密にしていることにも、意味がある。

 全ては、『来るべきその時』に集約される。

 それを知って、戦局を動かそうとしている、ベリアルの陣営。

 それを読み、『時』に向けて暗躍する、ゼノヴィアと《十二使徒》、ゼクシオンの陣営。

 そして、未だ知らない真実を探りながら行動を続ける、クラウディアら王都自警団一行。

 行く先々でひとつひとつ、小さな絆を紡ぎながら、縒り合されていく彼らの物語。

 その全てが一つに縒り合される時――そこに待つのは。

 事態は、水面下で静かに熱を帯びて動き出している。

「……本番はここから、ってことか」

 ゲルマントは、燃えるような夕陽の闇を眺めながら、ひとり、自戒のように呟いた。


 革命のクラウディア インターミッション 了

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革命のクラウディア -Klaudia die Revolutionar- インターミッション 青海イクス @aoumi

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