死神さんの贖罪

森住 言

第1話 平凡

 ○月✕日 午後15時30分、ここ、○✕高校に放課後のチャイムが鳴り響いた。

 学校生活におけて、この時間に流れるこの音ほど尊い音はなかなかないと、僕は常々思う。    

 二年A組の教室の、ど真ん中の机に席し、黒髪にぼさぼさっとした癖毛と丸眼鏡、いかにも貧弱で気の弱そうな見た目が特徴的な男子高校生、「三日月 良太郎」は、そんなことを考えながら、下校の準備を黙々と進める。昔から人付き合いが苦手で、「友達」 と呼べるような人間などいない。

     

    もう一人は慣れっこだ…。

 

 けど時々、周りが誰かと楽しそうに話したり、カラオケに行ったり、食事しているのを見ると… 正直、羨ましいと感じる…。

 こんな虚しい感情は…僕は嫌いだ。

 

 「よう! 三日月!」


 背後から肩を強めに叩かれ ビクッ!!っとした。声をかけてきたのは、金髪の髪に、いかにも素行が悪そうな見ためをした、クラスメートの「桂木君」だ。その後ろにも三人ほど仲間がいる。

 (うわぁ…)内心そう思った。 僕とは明らかに真逆の人間、正直いうと…めちゃくちゃ苦手だ…。

 

 「なっ…なんでしょうか?…」

 

 恐る恐る、僕は聞く。

 

 「いやぁ~ あのちょっと聞きてーんだけど、この後お前暇?」


 桂木がいやにニヤケながら聞いてくる。

 嫌な予感がする…。けど、こう言うときも嘘をつけないのが僕の性格だ…。

 

 「…まあ、…暇だけど…。」

 「マジ!? じゃあ頼みあんだけどさぁ、俺たち今日、超ーーっ大事な用事が入っちゃって今日の掃除できねーの! だから代わりにお前暇なら代わってくんね?」

 

 桂木君がそう言う。


 「えっ…でも…さすがに僕一人でやるには大変だし…ごめんちょっと…それは無理…かな…」

 

 僕は恐る恐る断った。

 こんな頼みだろうとはなんとなく想像していたが、実際言われるとなんとも言えない負の感情が込み上げてくる。もちろんどうしても仕方がないという理由であれば引き受けるが、この人たちに関しては自分たちが遊びに行きたいだけで、とても勝手な人たちだということを僕は知っている。

 

 「大丈夫 大丈夫! 言うてすぐ終わるって!」

 

 桂木君の後ろにいた一人がそう言った。いや何が大丈夫なんだか…。

 この圧に逆らえそうにない。逆らうと…明日からどういう扱いをされるか分かったもんじゃない。

 

 「…」

 「うん…まあ…ならいい…よ」

 

 僕は渋々引き受けた。

 

 「おっマジ!? サンキュー」

 

 そうあまり心がこもっていないようなお礼を言った後、桂木君たちは早々に教室を出て、この後行くのであろうカラオケの話をゲラゲラと話していた。

   

   あぁ…僕って本当にダメだな…。

 


       ★ ★ ★



 (はぁ~…やっと終わった…)

 

 掃除を終え、夕日が沈みかけた歩道を歩き下校しながら、疲れたように良太郎は心の中でそう呟く。

 僕の家は、大抵の人が、見ると おぉ… と思わず口にしてしまうであろうほどのボロアパートである。母親は僕が小さいときに事故で他界…。兄弟はいないため、それからは父と二人で暮らしている。

 だが、母が他界してから、その精神的なショックで父は自暴自棄になり、ろくに働かず毎日家で酒を飲むか、外でパチスロを打ちに行っているかの生活をおくっていた。なんならたまに一週間くらい帰ってこないときもある…。

 さすがにこんな状態だし、僕もバイトをしながら生活をしている。あとは母の貯金がわずかにあったので、それを使わせてもらいながら何とかやりくりしている…。

 

 玄関の前に立ち、鍵を開けようとする…。だが、手が止まる…。

 

 (…)

 (どうせ中に入ったって…)

 

 父は家にいないだろうし、いたとしても酒で酔っていたらまた理不尽に怒鳴られるのだろう…。

      なんか…疲れた…。

 今日はもう、夜まで外で時間を潰そう…。僕は引き返して、着替えることなく制服を着たまま、あてもなく町をさ迷う。

  


       ★ ★ ★



 午後10時半頃。 もうすっかり外は暗くなって、多くのビルや建物があり、周りの建物は照明や光でキラキラしていて、こんな時間だというのに人がわんさか出歩いている。まさに夜の都会という感じだ。 

 僕はそんな町を一人歩いていた。人がとにかく多い。

 

 (うえぇっ…気分がちょっと…)

 

 あまり人混みに耐性がないため、だんだん気分が悪くなってきてしまった。どこかで一度休もう…。 

  

 服屋の店の隣にあった近くの椅子に腰掛け、少し休憩する。

 

 (はぁ…ちょっと疲れちゃったな。)

 

 椅子に座りながら、自分の目の前を通りすぎていく人たちをぼーっと眺めている。

 

 「…」

 「こうしてみると…いろんな人がいるんだなぁ…」

 

 目の前を通りすぎていく人たちを見ながら

ぼんやりと、そんなことを考える。

 楽しそうに仲間と話している人、 スマホをいじっている人、 恋人と話している人、   お酒を飲んで酔いつぶれている人、 いろんな人たちがいる。

 一見、みんな普通に過ごしているように見えるけど、この人たちも、それぞれに 何かしら悩みを抱えているのかな…。

 いや、きっとそうだろう…。誰にだって多かれ少なかれ何かしらの闇を抱えているものだ…。

 でもその闇を、人は誰かと過ごしたり、寄り添うことにより、少しずつ抑えて、解消していくのだろう…。あくまでそんなの持論に過ぎない、けど、きっとそういうものなのかもしれない…。

 でも…。僕にはそんな人はいない…。

心の中でぼんやりとそんなことを思ううちに、 だんだんと虚しくなってきた。

 そうぼんやりしていると、近くでクスクスっと笑い声が聞こえた。声がした方向に顔を向けると、同じクラスの男女4人組がこちらを見てコソコソと笑いあっていた。

 おそらく、こんな時間にこんな大きな町の端っこで、一人ポツンといることに憐れんでいるのだろう。

 

 (うわぁ…最悪な気分だ…)


 僕はそう感じながら、恥ずかしさと気まずさに耐えきれずにすぐさまその場を離れた。

 


       ★ ★ ★ 


 

 それから公園のブランコに一人ポツンと座り、ゆらゆらと静かに揺れていた…。なんだか世界から自分だけ追い出されてしまった気分になる。でも、周りに人はいなく、夜の静けさを感じる。こんな夜中に静かな公園で一人いるのも案外悪くないかもしれない…。

 

 (落ち着く…。こういうのをエモいって言うのかな…。いや、ちょっと違うのかな?)

 

 そんなどうでもいいことをぼんやり考えていると、

 

 「おーい、ちょっと君! こんな時間に一人で何しているの?」

 

 今度は警官らしき人物が迫ってきた…。っというか十中八九警官だろう。

 

 「あっ! …いや、その…。」

 

 焦った。なんせ警官に話しかけられたのは初めてなのだ。そりゃあ誰でも焦る。こんな時間に制服を着た学生が公園に一人…。まあ怪しまれて当然だろう。

 だがこのままでは警察のお世話になってしまう。そうなれば、こんなこと初めてだから分からないが、たぶん学校にも連絡がいってしまうかもしれないし、家にも…。


        パシッ!!

        ………………。

 

 前に父親に軽く叩かれた記憶が、一瞬フラッシュバックしてしまった。

 このままではおそらくだが、少なくとも家に連絡はいくかもしれない。それだけは…嫌だ…!。だってそうなれば……。父さんにまた叩かれるかもしれない。いや、もっと酷いかも……。 体が少し震える、だがそれを自分で感じる余裕はなかった。

 僕はその場を走って逃げた。

 

 「あっ! 待ちなさい!!」

 

 警官が追いかけてくる。もっと何かあっただろうか…。家に連絡だけはやめてください! っといえば連絡はやめてもらえたのだろうか…。もう走り出してしまってはそんなこと考えても足は止まらない。

 あぁ……。僕は逃げてばかりだ………。自分からも、人からも。こんな自分がたまらなく情けなく、嫌いだ。

 あぁ……。どうして僕はこうも…。生きるのが下手くそなのだろうか……。

 走りながら、涙が少しずつ流れていくのが分かった。

 

 信号が青なのを瞬時に確認し歩道を走り抜けようとした。

 だが、

 

 ブーーーーン  ドォーーーーン!!!!

 

 信号が赤だったのにも関わらず、横からトラックが突っ込んできて、そのまま自分と衝突した………。

 


 あぁ……。月が…きれいだ……。


 意識がはっきりしないまま、真上にかすんで見える月をぼんやりと眺めた。

 

 あぁ……死ぬのか……と、横に倒れたまま

己の死を悟った…。

 

 最後に思い浮かべたのは…亡くなった母の顔であった…。

 

 もっと……、もっと…ちゃんと…あの時…話せばよかった……。

 

     ごめん……母さん……。

 

 そんなことを今さら心の中で後悔しても、もう遅い…。

 

        ジャリッ

 

 すぐ横に誰かが近づいてきた音がした。


 「遅かったか。いや、まだ息はあるね。」

 



    ー ー ー ー ー ー ー

  



 真上に灯りが見える。月の光ではない。これは、部屋の中の照明の光だと理解した。

 

 (部屋?ここは…僕の部屋…。)

 

 目を覚ますと自分の部屋にいた。あれ?たしか自分はさっきトラックに…。

 

 「あっ! 起きたかい?」

 「あっうん起き……って、うわっっ!!!」

 

 隣の小さなソファに、黒い帽子と黒いスーツに赤いネクタイをした、明らかに不審な男がずいぶんとくつろいだ様子で座っていた。   

 年齢は僕と同い年くらいだろうか…?

 

 だっ、誰だこいつは…。

 

 目を覚まして早々、心臓に悪い。家に招いた記憶もない知らんやつが、なんか知らんけど起きて早々自分の家のソファでくつろいでいたら、けっこうなホラーである。

 どう考えてもヤバイやつだろ…。

 

 「そんなビビんないでよ~。せっかく助けてあげたのに、失礼しちゃうよねー」

 

 助けた? 僕を? なんのことだ? いや、っというか僕はさっき死ん…。

 

 「えっ………、っというか、僕…、さっき死ん…。」

 「あっうん。さっき君 トラックに跳ねられて死にかけだったんだよ?」

 

 ずいぶんと軽い感じで男が言った。人が死にかけだったというのに。でもやはり、記憶ははっきりしなかったが、僕がさっきまで死にかけだったことはたしからしい。

 

 「えっと…あなたはいったい…。」

 恐る恐る聞いてみる。

  

    「僕? 僕は…死神だよ。」

 

 

 

 



 

 

 

 

 

 







 









 







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死神さんの贖罪 森住 言 @koumori2005

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