夜話の語り手

札幌5R

夜話の語り手

私の名前は藤原樹。どこにでもありそうなバーの店長です。1つ、他とは違うところをあげるとすると、店で常連さんとよく怖い話や怪談話だったりをすることです。なんせ私が話好きで常連のお客様がそれに乗り、私に怪談話をしてくれたことがきっかけです。それから何故か私の前のカウンター席に座った人に色々な話をされるんですね。きっと、「類は友を呼ぶ」ということでしょう。まあ私も悪い気はしませんし、寧ろありがたいので毎日お客様と色々なお話をしております。


今日も営業を開始すると夜に私と話したいという客が現れました。


そのお客様は見る限り初めてのお客様で、私と話したいと言うなんて珍しいな、と思いつつも話を進めようとしました。でも私はどうも気になり、彼女に問いかけました。


「あの、私が話好きなのはどこで知ったんですか?」


すると彼女は、


「あぁ、風の噂だよ、気にしないで」


とぼんやり答えました。私は常連さんが広めてくれているのかなと考え、


「石川さんとかですか?」


と聞きましたが、彼女は「そんな人は知らない」、と。


謎が深まっていくばかりですが、お客様に時間を使わせるのも申し訳ないと思い、話し始めました。


「では、こんな話はどうでしょう。」


「夜中、古びた家に住む友人が私に不気味な写真を見せた。写っていたのは彼の家の窓越しに立つ自分の姿。しかし、その写真の背後には誰かが微笑みながら立っていた。友人は言った。「窓の外に誰もいなかったはずなんだよ…」友人は写真に写る人物を確認するために警察に相談したが、事件性がないとして取り扱って貰えなかった。しかし、日が経つにつれて、友人の家で不可解な現象が増えていった。夜中には奇妙な声や足音が聞こえ、家具が勝手に動くことさえあった。友人はますます不安になり、家を出ることを決めた。ところが、最後に見た写真には自分の姿だけが写っていて、背後の人物は消えていた。しかし、引越しの日が近づくにつれて、不気味な出来事がエスカレートしていった。夜になると、見知らぬ人々の影が家の周りに現れ、窓から覗く不気味な笑みが広がった。引越し当日、友人は家を後にすると同時に、奇妙な現象も止まったかのように思えた。しかし、新しい住まいに辿り着いた友人は、写真に写る笑みと同じ不気味な存在が新しい窓の外で待ち構えているのを見つけた。友人は驚きと恐怖に震えながらも、その存在が彼を追いかけてきたことを悟った。彼は逃げ惑いながら、どこに行ってもその笑みは消えなかった。友人は絶望の中で気付いた。写真の中の笑みは彼自身の一部であり、それが彼を追い詰めていた、と考えたのだ。彼は自分自身から逃れることができず、絶え間ない笑みに取り込まれていく中で、その家と写真が次第に闇に包まれていった。友人は自分が何者かに取り込まれる恐怖に耐えきれず、最後の手段として写真を焼却することを決意した。焚き火の炎が写真を舐めると同時に、周囲の笑みも次第に消えていった。しかし、焚き火が収まると、友人は驚くべき光景を目にする。彼の姿が写真から解放されたかのように、笑みは完全に消え去り、友人は自分の手で闇を振り払った。それ以降、彼は新たな笑みから解放され、平穏な日々を取り戻した。けれども、あの古びた家とその不気味な写真は、彼の心に永遠に刻まれたままだった。友人は新しい生活に喜びを見出したものの、古びた家と不気味な写真の影響は決して完全に消えなかった。時折、夢の中で笑みが再び現れ、その不気味な存在が彼を引き寄せようとする。友人は心の奥底で常に過去と向き合いながら、笑みから逃れ続けている。新しい家には平穏が戻ったが、彼の心には未だに不安な影が追いかけてくるのでした。」


「どうでしたか?この話は、友人が古びた家と不気味な写真に取り囲まれる中で起こる恐怖体験で、友人は不可解な笑みという存在に苦しめられながらも、その影響から解放されるために奮闘します。ですが、その影響から解放されてもなお、友人は心に傷を負って不安な心が残るという結末です。」


私が話を終えると、彼女はこう言った。


「ふーん。話に聞いていたけど、中々面白い話をするね。」


…まだ彼女は一つもドリンクを注文していない。流石にそれはこちらも堪らない。


「お客様。ドリンクの注文はいかがいたしますか?」


私がそう言うと彼女はギムレットを頼みました。


「お礼に私も1つお話をしても?」


「もちろんですよ。面白い話を期待しています。」


「うーん。どの話にしよう。」彼女が迷っているようなので私は


「何でもよろしいですよ。」と助け舟を出しました。


彼女には悪いんですが、この若い女性が面白い話をできるとは思えません。なぜかは分からないんですが、なんでしょう、経験がそう言っております。


「よし、これにしよう。」と言うと、彼女は話し始めました。


「これは私の友達から聞いた話なんだけど、友達が子供の時、親と一緒にお出かけに行ったらしいんです。午前中から午後までぶっ続けで遊ぶ予定だったので、幼い友達はすごく楽しみでした。午前中に色々なアトラクションに乗りながら遊園地を満喫し、午後は公園に行って川遊び、夜にはホテルに行く予定でした。」


「“予定”ですか?」思わず私は聞いてしまいました。


「ええ、はい。続けるね。」


「昼頃に遊園地を出発し、その辺りのお店で昼食を済ませて、その後、その公園の近くにお店がないので、道の駅で買い物をしていました。その道の駅はそこそこ大きく、子供が遊べる遊具も設置されていたので友達はお母さんに言われて、そこで遊んでいることにしました。すると、いつまで経ってもお母さんが呼びに来ません。友達はそこで遊んでいた子供と遊んでいたので気が付きませんでしたが、もう日が暮れてるので明らかにおかしいと思いながら遊んでいました。」


「なるほど。様子を見に行かなかったんですね。」


「そうです。友達は欲求に耐えられず遊んでいました。ですがもう日が落ちかけていて、流石にその友達も焦りました。私が遊びすぎて、置いていかれたのか、と。もちろん親なのでそんなことをするはずがありません。ここで友達が気付きました。遊具で遊んでいる子供に誰1人、迎えが来ていない。そして、耐えきれず道の駅の本館の方に行った子供も、戻ってきていない。まあ後者はそのまま親について行った、という考え方もできるけど、この時間帯でこの子供の量は流石におかしい、と幼いながらも考えました。こっそり見に行ってみると、沢山の人が手足を縛られているではありませんか。その横を見ると銃のようなものを持った男が。友達は絶対にあの男にバレてはいけないと思いました。幸い子供用の携帯を持っていたので警察には通報できます。友達は念に念を押して一旦遊具の方に戻り、通報しました。しばらくすると、警察が来ましたが、友達の親は見せしめに犯人に殺されていました。」


「終わり。」


「なるほど、切ないですね。もっと早くに通報していれば、みたいな気持ちが分かりました。」


意外に面白かったが、落ちが弱い。でも期待していた以上で驚いた。磨けば光りそうな人材だ。そう思っていると、女は追加でスプリッツァーを注文した。


白っぽいカクテルが好きなのかな?と思いつつ私は彼女に聞いた。


「なにかカクテルに思い入れがあるんですかね?」


すると、彼女は「いや、特に何もないですよ、美味しいから飲んでるだけです」と笑顔で答えた。もうすぐ22時を回るので、お客さんが続々と帰っていく。


私は「まだ帰らなくて大丈夫なんですか?」と聞くと


「ええ、ちなみにここ何時までですか?」と返された。そういえば、ここはラストオーダーも閉店時間も決めていませんでした。みんなこの時間帯になると自ずと帰るからです。回答に困った私は、「あなたが満足するまで」と少々キザっぽい発言をしてしまいました。すると女は「面白いですね、今日は他のお客さんが帰るまで居ます」と。


私としては早く寝たいので速やかに帰ってくれるとありがたいのですが、当然そんなこと言えるわけがありません。沈黙気味の私に女は、


「じゃあ、2人きりになったら、最後の話をしますので!」


店の雰囲気が静まりかけている中、女は元気な声でそう言いました。私は少し憂鬱に感じながらも、客が帰るのを待ちました。


やがて最後の客が帰ると、女は「もう店内にお客さんはいませんか?」と言った。続けて、「あ、最後にデスインジアフタヌーンをお願い。」と。


そのカクテルは大分度数が高い。彼女はそこそこ飲んでいるけど大丈夫でしょうか?と思いつつも最後のカクテルを作りました。その間に女は話し始めた。


「少し昔に女の子は大学に通っていました。女の子の家はあまり裕福な方ではなく、奨学金制度を利用して大学の費用を捻出していました。なのでもちろん贅沢なんてできません。そんな彼女にも大学で友達が出来ました。学力では上の方の大学に通っていたので、どちらかと言うと裕福な家庭の人が多かったです。ここでひとつの価値観の違いが生じます。お金の使い方です。女の子は昔から質素な生活をしていたのでお金の使い方は慎重でしたが、女の子の友達は親が結構な富豪でお父さんが会社経営者や株で大成功した人などでした。そんな友達はもちろん財布の紐が緩く、お金の使い方が荒いのです。身につけるものはブランド品。服はPUやNUNIQLOばかりの女は少し劣等感を感じるのでした。それでも彼女は必死に友達に追いつこうとバイトを頑張り、お金を稼いでいました。」


私はカクテルを作り終え、彼女の前に置く。そして、


「分かりますよ。その気持ち。私もその女の子と同じような境遇でした。」と話しかける。


「そうなんですか。でもあなたは今こうやって成功してる。過去は悪くとも今が良ければいいじゃないか。…続けるね。」


「申し訳ない。」…またも彼女の話を遮ってしまった。これは私の悪い癖で、全然その癖が抜けない。カクテルを一口飲んで彼女はまた話し始める。


「ですが、その女の子の頑張りも友達の親の力の前には到底及びません。働いても働いても、友達に追いつけることはありません。ですが友達も悪気はありません。ただ親のお金を使っているだけです。その事実と疲労と悔しさでボロボロになりながらも、バイトを増やし、忙しい毎日が続いていました。女の子は職場で遂に疲労困憊で倒れてしまいました。これでは入院代を取られ、バイトができないのでお金が減っていくばかりです。彼女は絶望しました。医師からの診断結果は『治るまでに2年半はかかる、それまで体に負担をかけるな。大学程度なら行ってもいい。』と。2年半も何も出来ないとなると実家に迷惑をかけることになる。実家は自分たちの事だけで精一杯なのに。女の子は泣きそうになりながらも、大学と並行して治療を頑張りました。2年経ち、医師から『ここまで治るのが早いのは凄い』と言われ、少し経つと2年前と何ら変わりのない状態まで持ってきました。バイトも解禁されて、元の職場にも復帰しました。ですが皆前と同じようには扱って貰えません。職場からしたら、もう一度倒れられるのはたまったもんじゃないですから、業務も前より軽く、やりがいが感じられません。女の子は疎外感を感じてその職場を辞めてしまいました。勢いで職場を辞めたものの、どうしてもお金が必要です。女の子はSNSでバイトを探していました。そこで見つけたのは。『裏バイト』本能がダメだと言っていましたが、女の子は欲望に逆らえませんでした。その『裏バイト』の内容は、殺し、盗み、運びなどの犯罪行為で警察にバレたら一発アウトです。最初の仕事は、依頼者から空港にものを運ぶだけの簡単な仕事でした。そんな仕事でも前の職場の3倍は稼げたため、女の子は味をしめてしまいました。だんだん依頼の内容がエスカレートしても女の子は止まりません。遂には要求が殺しになっていました。それでも引き下がることも無く、女の子はその要求を呑んでしまいました。運がいいのか悪いのか分かりませんが、ここまで警察にバレることも無く、裏バイトを続けました。今も女の子はお金のために依頼者の欲望を叶え続けています。」


「終わり。」


やっぱり落ちが弱いです。でも、落ちが弱いので、なぜか現実味が凄いんです。まるで本当にあった話かのような、そんな感覚です。


「面白かったです。本当にあった話みたいで、楽しませていただきました。少し背筋がゾッとするような感じで、良かったです。」


これはお世辞じゃなく、本心です。普通に怖かったです。


「ここの話って、本当じゃなくても良かったの?」


…え?本当にあった話ということでしょうか?


「もしかして、今の話って本当なんですか?」私が問いかけると


「いや、真実をそのまま話しただけなんだが。」


女が冷静に答える。表情からして、嘘とは思えない。が、本能が否定したがっている。


「は、はは。冗談が面白いですね。」


「なんかもういいや。」彼女は黒いものを懐から取り出した。


「次のターゲット、お前なんだよね。」そう言うとその黒いものをこちらに向けた。ああ、そういえば、彼女が頼んだカクテルの言葉は、ギムレットは「別れ」スプリッツァーは「真実」デスインジアフタヌーンは直訳で「午後の死」


…なんだ、最初から試されていたのか。






プルルルル…ガチャ


「もしもし、石川さん?無事処理しましたよ」


『ありがとう。話遮ってくるのがムカついたんだよね。お礼は弾むよ。』


「ありがとうございます。今回は楽しかったですよ。…では。」ガチャ


「テレビでも見るか…」ピッ


『BAR FUJIWARAの店長の藤原樹さんが行方不明になっている事件で警察は何らかの事件に巻き込まれたと見て捜査をしています。…』


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