幼馴染の母親がメインヒロインのラブコメ ~どうみても20代後半のアラフォー美人未亡人に「おばさんをからかうんじゃありません」って言われても、こっちは本気なんだ!~

尾津嘉寿夫 ーおづかずおー

サクラ咲ケ

 春を創るためには三分以内にやらなければならないことがあった。


 天板の上にクッキングシートが敷き、その上にいくつもの一口大の丸いクッキー――スノーボールを置いている。


 本来、スノーボールは丸く焼き上がったクッキーの上に粉砂糖をまぶすことで、名前の通り、真っ白い雪玉のようなお菓子になる。


 しかし、今回は粉砂糖をまぶす前に、湯煎したストロベリーチョコをかける。こうすることで、丸いスノーボールの上半分が桜色に染まり、春のお菓子へと変わるのだ。


 出来上がった桜の上から雪がかかったスノーボールを、2つの瓶に同じ個数ずつ詰め蓋をした。そして、瓶の蓋に、それぞれ緑色と赤色のリボンを巻き小さな袋に入れる。


 これは、明日のホワイトデーのために用意したものだ。


◆◆◆◆


 いつも通りの時間に起き、いつも通りの朝食をとる。そしていつも通り家を出ると、いつもの丁字路で、いつもの人に声を掛けられた。


「おはよう。今日も、ぽかぽかで良い天気ねぇ~」


 ピシッとしたスーツに身を包んでいるが、ふわふわとした雰囲気が全く隠せていない彼女は、立花 翠(タチバナ ミドリ)さん。


 2歳年下の幼馴染、立花 茜(タチバナ アカネ)の母親――そして俺の初恋の相手だ。

 

 俺が小学4年生の冬、翠さんの旦那さんは事故で亡くなり、翠さんと茜は彼女の実家へと引っ越すこととなった。


 その後、俺が大学生となり上京した場所が、たまたま翠さんの実家の近くだった。

 

 久しぶりに翠さんを見かけた時には驚いた。


 誰もが憂鬱な出勤時間だと言うのに、日向ぼっこでもしているかのように気の抜けた笑顔を浮かべ、ノンビリと歩く彼女の姿は、あの日のまま全く変わっていなかったのだから……。彼女の時間だけが、冬のあの日から止まっているかのように……。


 俺――高山 蒼(タカヤマ アオ)は大学2回生のため、1限の選択科目を受ける必要は無い。しかし、毎朝、彼女と合うために1限の授業を履修した。


 この丁字路から駅までの約三分間が、今の俺にとって最も幸せな時間だ。


 しかし、今日の俺には重大なミッションがある。この三分間の間にバレンタインデーのお返しを、”イイ感じ”に渡さなければならない。


「本当に良い天気ですね~。今年は桜の開花が例年よりも早いそうですよ。」


 道路脇の桜の木を見上げると、枝の先端にはポツポツと桜の蕾が膨らみ始めている。


 翠さんは嬉しそうに手を叩いた。


「じゃあ、桜が咲いたら茜も誘ってお花見しましょうよ。あの子の合格祝いも兼ねて。ね、良いでしょ蒼センセ。」


 翠さんは時々、からかうように俺のことを”蒼センセ”と呼んでくる。


 彼女の娘――茜の第一志望は俺が通う大学であり、先日まで彼女の家庭教師を行っていたのだ。


 彼女の成績であればもっと上の大学も目指せたのに、彼女は第一志望を変えるつもりは無いとのことで、当然のように志望校合格を果たした。


「良いですね。でも、その前に、バレンタインデーのお返しです。」


 そう言って、小さな袋を2つ渡す。中身は昨日作ったスノーボールだ。


「翠さんと茜の分です。手作りなので、味の保証は出来ないですが……。」


 中々”イイ感じ”に渡せたのではないか……?

 翠さんは袋から瓶を取り出して、うっとりと眺める。


「ありがとう。とっても嬉しいわ。蒼くんが作ったの? 凄いわね~。こんなに可愛いお菓子を作れるなんて。」


 そんな話をしている内に駅へと着いた。


 改札を抜けると、翠さんが俺の手をとり話す。


「今日は、一本遅い電車に乗りましょう。」

 

 俺は翠さんに促されるまま、ホームの近くに設置されたベンチの前に連れてこられた。


 翠さんがベンチに座り、自身の座った席の隣の席をトントンと叩く。隣の席だと距離が近すぎるため少し恥ずかしい――翠さんから1つ席を開けて座ろうとすると、彼女は頬を膨らませながら、先程よりも激しく席を叩く。


 渋々と彼女に促される席へと座る。


 彼女は俺の渡した瓶から、スノーボールを1つ取り出して口の中へと入れる。その瞬間、頬を手で抑え少女のような満面の笑みを浮かべた。


「お店で売っているのより、ずっと美味しいわ!」


 メチャメチャ嬉しい……のだが、思った以上に喜んで貰い少し恥ずかしい。


 翠さんは瓶からもう1つスノーボールを取り出し、俺の方を向いた。


「蒼くん、あ~ん。」


「いえ、これは俺が翠さんにあげたものなので……。」


「私が貰ったものだから、蒼くんにも食べて貰いたいの。好きな子と美味しいものを共有したいのは当然でしょ?」


 好きな子と――翠さんから”好き”と言われて一瞬ドキッとしたが、それと同時に胸の奥がチクチクとする。


 彼女が俺に抱く”好き”は、恋愛的な意味ではない。LoveではなくLike――彼女の心は今だに、あの冬の日から進むことが出来ていないのだ。


「いやぁ、自分で作ったものなので、味は分かっていますから。」


「やっぱり、こんなおばさんに食べさせられるのは嫌?」


 そう言って、ウエーブの掛かった、ダークブラウンの髪をふわふわと揺らしながら、残念そうに私の顔を覗き込む。


 反則だ……こんな表情をされたら断れる分けがない。


「じ……じゃあ1つだけ……。」


 と応えると、彼女の持っていたスノーボールを半分、私の口の中に入れた。


 私はこぼさないように歯で挟むと、彼女はゆっくりと人さし指で押し込む。そして、私の唇に人さし指を押し当てた。


 唇に彼女の柔らかい指の感触が伝わる。


「どう? とっても美味しいわよね?」


 私は何度もうなずく。正直、ドキドキしすぎて味なんて分からない。


 彼女は、そんな私の気など知らないで、嬉しそうな笑顔を浮かべて指先についた粉砂糖を舐める。

 

「(本当に、俺のことなんて眼中に無いんだな……。)」


 当然だ……娘と変わらない年頃なのだから――。彼女から見れば、俺はまだまだ子供なのだ……。でも……。


 彼女が2つの小さな袋をカバンの中にしまい、ベンチから立ち上がった。


「ホワイトデーありがとう。お花見、楽しみにしていてね。今度はおばさんが、腕に縒りをかけてお料理を作っちゃうから。」


 私もベンチから立ち上がり、翠さんの両肩に手を置く。


「楽しみにしていますね。あと、俺、翠さんのことが好きです。」


 翠さんは、一瞬ポカンとした表情を浮かべた後、「えっ、あの……。」と、しどろもどろになり、最終的には頬を膨らませながら顔を真赤にした。


「おばさんを、からかうんじゃありません。」

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