第6話
時間にしておよそ1時間程経っただろうか。俺の体を眺めると左半身に大きなやけど傷、全体的に大小様々な無数の切り傷と剣の刺突によって貫かれた穴が5つ、そして俺自身の血と騎士たちの返り血によってドス黒く汚れてしまっている。やけどに至っては腕など一部炭化してしまっている。激闘を制したとはいえ俺の負った傷は多いし、凄まじいほどに疲弊してしまっている。筋肉が悲鳴を上げ、ろくに動けそうもない。
そんな体にムチを打って体を引きずるようにして歩き、俺が殺し尽くした騎士たちの死体の下まで移動した。もちろん供養するためではない。他の獣共が来る前に食べるためだ。前世であればカニバリズムという禁忌であるが、今はゴブリン。特に問題はない。たとえ不味くとも腹が減っている今ならば完食してやるとも。というわけで
”いただきます!”
死体から甲冑を外し、体を分解する力も気力もないためそのまま腕からモグモグと食らい始める。バリバリ、ブチブチと皮膚が裂け、筋肉が千切れる音が辺りに響くが、俺はそんなことを気にせず夢中になって食べた。
腕を一本丸々食べて少し落ち着いたため、今回の騎士たちとの戦闘を思い返す。
剣を構えた俺と対峙している騎士たちは弓を持ったエルフの男を中心に円陣のように陣形を組んでいた。その中の指揮官と思われる騎士が前に出て覚悟を決めた表情をして仲間に鼓舞するように声をかけた。
俺はそれを見てから、ゆっくりと歩き出した。もうすでに俺が得ていた地の利はないに等しく、圧倒的人数不利の状態で勝つためにどうすればいいか。まずは数の差を利用した戦いで相手の人数を最小限の被害で減らしていく。人数不利をひっくり返した先は力の差で押し切るしかない。明らかに強そうな指揮官の男から殺したほうが後が楽になるだろうが、戦ってる間に他の騎士たちに阻まれる上にエルフの男に撃ち抜かれるのが関の山だ。
ゆえに俺は指揮官の男は相手にせず、周りの騎士から殺していくことにした。俺の動きに合わせて、指揮官の男も歩き出し剣を振りかぶった…………が俺は全速力で動き、その背後にいた騎士に斬り掛かった。指揮官の騎士とかち合うと思っていた奴らは完全に虚を突かれており斬りかかるまでの妨害もなかった。
俺の奇襲は成功し、まず1人消すことができた。続けてその死体を盾のように構え、仲間の死体を斬ることに躊躇している騎士を3人斬り飛ばした。そこまで殺されてついに覚悟を決めたのか、エルフの男が死体ごと俺を貫かんとする威力が込められた矢を放った。当然俺は死体を盾にしたがすぐさま死体を放棄し、崩れた陣形の隙間を縫ってエルフの男の心臓目掛けて突きを放った。
やはり遠距離攻撃が出来る敵というのは非常に厄介だ。真っ先に消しておくべきである。ゆえに怒りのこもった一撃で隙ができるの俺は待っていた。強力な一撃っていうのはどうしても反動だったり予備動作が大きいからな。だから単純な突きだけで殺せた。
これで奴らはいよいよ逃げ道を失った。遠距離攻撃が出来るということは索敵能力にも長けている証拠でもある。この樹海でそれは非常に重宝されるべきことだ。俺の動きを封じ樹海から逃げおおせることはもはや不可能となった。
だが、その様な状況にあっても騎士たちはまるで死んでも俺を殺してやるとでも言うかのような気迫に満ち溢れていた。
そして俺はこの時1つ失念してしまっていたことがある。彼ら騎士たちの指揮官の男の存在である。彼は急激に気配を膨らませ、俺が思わずハッとして振り返ったほどの殺気を叩きつけてきた。
振り返った俺の左半身を包み込むような炎を怒りに任せて飛ばしてきた騎士の男は俺に思い切り振りかぶって叩き斬った。その閃撃は炎で視界を隠されてしまった俺の胸を大きく斬り裂いた。
『グギャッ!!ゲギャギャ!?』
とてつもない連撃を食らった俺はふらつき、意識が飛んでしまいそうな感覚に襲われる。だが、ここで意識を失えば確実に死ぬ。何か行動を起こさなくても死ぬ。行動の選択を間違えても死ぬ。
だから俺がここで取るべき行動は……………”攻め”だな。
この今にも倒れそうで、左半身をうまく動かせない状況ではあるが、今更逃げるという手段は取れない。奴らは絶対にこの好機を逃さない。守りに関してはもってのほか。
…………形勢逆転か。奴らの表情には安堵の表情と油断が見えるが指揮官の男だけはまだ警戒心が残っている。
”まだ……勝てる……!”
まだぎりぎり動かせそうな左足を軸にして右足で反動をつけ、油断している騎士に斬り掛かった。傷は浅そうだが、首の血管まで斬ることはできた。俺がこの戦いを長引かせ治療をさせなかったらじきに死ぬだろう。
だが、指揮官の男は警戒していただけあって即座に動き俺の右腿を突き刺してきた。ただでさえ左半身を焼かれ、不安定な俺だったが腿をやられてしまうとバランスを崩し後ろに尻もちをついてしまった。
『グッ!!』
それに便乗した他の騎士の剣で腹部、左肩、脇腹を貫かれた。
『ガァァッ!!』
更に加わった激痛に握っていた剣を落としそうになってしまうが、必死に耐え逆に突き刺して俺に近づいていた騎士の首を斬り飛ばしてやった。当然剣が刺さっている状態でそんなことをすれば、剣が動いて痛みが増加してしまうのだが。
ともかくこれによって残りの騎士は指揮官の男だけになった。
指揮官の男は傷だらけになってもなお騎士を殺した俺を見て驚愕していたが、立ち上がりふらつきながらも剣を構えた俺に感情を沈め、また指揮官の男も剣を構えた。
だらだらと血を垂れ流しながらも俺は、一瞬で勝負を決めるために今までにないほどに集中していた。集中し動き出さない俺をどう受け取ったのかはわからないが、指揮官の男から動き出した。剣を上段に構え、間合いをゆっくりと詰めてくる。
俺はそれをじっと観察した。この時の俺は、いわゆる”ゾーン”に入っていたのだろう。時間の流れが恐ろしく緩慢になり、全身の筋肉から神経、血の流れ、五感から与えられる全ての情報がはっきりと感じ取れた。体感で言えば、決着まで10分程かかっていたが、実際には5秒ほどだ。ゆっくりと動く相手に合わせてただ斬っただけ。
今までの戦闘の中で最も自然な動きと流れだっただろう。辺りに散らばっている騎士たちの死体のように汚い断面ではなく、血管や気管などが見て取れる程に綺麗な断面。この結果を生み出したのが自分であるということにかつてない万能感と達成感を味わえた。俺はこの感覚を二度と忘れることはないだろう。
色々と反省点、改善点はあるがひとまずこの戦闘の勝利の余韻を味わってもいいだろう。
俺はバリバリと騎士たちの死体を食べながらそんな事を考えていた。気づけば死体は甲冑と骨だけになっていたのには驚きだ。
さて、これから俺はどうしようか。この樹海のさらに奥に行って力をつけるというのもありだな。その先どうするかは知らん。俺は俺の生きたいように生きる。まぁとりあえずはどんな奴相手でも理不尽を振るえるぐらいには力をつけたい。うんうん、となれば樹海でしばらく修行だな。
俺は騎士たちの剣を回収し、ひとまず傷を癒やすために近くに拠点にしている洞穴に帰るのだった。
激闘を終えた日の月は達成感のおかげかいつもより綺麗に見えた。
血染めの小鬼〜ゴブリンに転生して異世界奮闘中〜 烏鷺瓏 @uroron
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