第5話
〜ルバーヌ樹海 南東部〜
”いや〜、皆覚悟ガンギマリだなぁ”
俺は甲冑を着た騎士と思われる人間たちを見てそんな感想を抱いていた。まぁそれも俺がコイツらを殺しまくったせいなんだけど。先に仕掛けてきたのは向こうだし、”禊”的な意味も込めてちょうど良かった。
いきなり矢が飛んできたのには驚いたけど、わりと冷静に対処できたのではないだろうか。直前で視界に入っていなかったら確実に足をやられていた。ギリギリまで気づかなかったのは矢に殺気がなかったからだ。つまり奴らの目的は俺の生け捕りといったところか?そもそも俺が対象なのか疑問に思ったから森の奥に移動したんだが、奴らの内3人程がしっかり追跡してきた。ある程度スピードを出して走っていたけど、全員が一定の距離を保ってついてきていた。このことからも奴らの身体能力の高さが窺える。
今の俺は前世の人間よりも遥かに運動能力はあるし、獣だったりゴブリンとか前世で言う魔物やモンスターに類する奴ら相手ではあるが戦い慣れている。だからこそはっきり分かる。この世界の人間は前世の、地球の人間とは大いに異なるということが。気配の消し方だったり、追跡の仕方、そして俺の足を貫かんとした男の弓の技術。どれも戦いが日常にないと身につかないものだ。その上他生物を遥かに凌ぐ知力を持ち合わせている。はっきり言ってこの上なく厄介。
”……………先に仕掛けるか”
厄介ではあるが俺も前世は人間だった。圧倒的に知恵が回るからこその弱点もある。それを突くために先手をとる。簡単には逃げられないほどに森の奥に来ているのだ。地の利は俺にある。
俺は一生懸命に動かしていた足を唐突に止め、追跡者の方に振り向いた。かなりの速さだったために追跡者はその場に止まることに意識が割かれる。その隙を狙って一気に距離を詰め、1番近くにいた奴の頭を潰した。そのまま2番目に近いやつに殴りかかったが、流石に体勢を立て直していたために俺の棍棒は剣で受け止められてしまった。さらに後ろからもう1人の追跡者がダガーを振るってきていた。が、それを屈んで避けて反撃にアッパーを食らわしてやった。屈んで反動を付けたため、大きく吹っ飛び意識も失っている。上出来だろう。
これで2番目に襲いかかった奴とタイマンだ。この状況ならば逃走という選択肢はない。味方を殺られて恨みもあるだろうが、1対1になれば俺が逃さないということが伝わっているはずだからだ。そして、俺の予想通りに剣を構えた。
しばしの睨み合いが静かな森で続いていた。その状況を崩したのは、後を追ってきた騎士たちがやって来た音だった。ほんの僅かではあるが、追跡者の意識がそちらに割かれてしまった。味方が来たということに対する安堵もあったのだろう。だが、この命の駆け引きの場において、それはあまりにも致命的なミスだ。なぜなら視界に捉えていたはずの俺を見失ってしまったのだから。俺は追跡者の意識が逸れた瞬間に木々をブラインドにして追跡者から向かって右に移動した。そして出来る限り気配を消し、音を立てずに駆けた。一瞬にして俺を見失った追跡者の混乱に乗じて、背後に立ち棍棒を振り下ろした。トマトのように真っ赤な血溜まりを俺は満足げに眺め、追跡者の握っていた剣を奪った。その剣で俺がアッパーで気絶させた奴の首を狩り、追手が迫るのをじっと待つのだった。
剣と狩ったばかりの首を持ち、待っているとガチャガチャと甲冑の音を立てながら6人程の騎士が木々の隙間から這い出てきた。そして、追跡者たちの死体と俺の姿を見るとよくわからない言葉で叫びだした。
”何言ってるかさっぱりわからんが、俺をどうするか話し合ってんじゃねぇのか?たぶん連中の目的は俺の生け捕りだろうし。”
そう思考が纏まると俺は相手の挙動を待たずに、騎士たちに斬り掛かった。完全に不意を突けたのか、手前にいた騎士1人の首を刎ねることに成功した。すぐさま2人目に斬り掛かったが、周囲の騎士たちの動きが早く、あっという間にカバーされてしまった。ちょっと距離を取り仕切り直しである。
剣を下段に構え様子を見ながら、じりじりと距離を詰め相手の動きを観察する。つけ込む隙がないか、どう動けば連中の組んでいる陣形を崩せるか、援軍が来るまでにどう動けば有利にことを運べるか、じっくり考えながら動く。
すると、焦れてきたのか相手側から動き出した。騎士の内陣形の後方にいる騎士2人がどこかで見覚えのある杖を腰につけていた革製の鞘のような物から取り出し、俺に向かって何かを唱えた。すると1人の杖からはこれまたどこかで見た火の玉が、もう1人からは不可視の刃が飛んできた。以前見たことがあるゆえに俺はその軌道を完全に読み、あっさりと避けた。火の玉は地面を焦がし、不可視の刃は木に深い切り傷を与えていた。
避けられたことに騎士たちは驚いているが、それは隙以外の何物でもない。手前の騎士を力で叩き切り、それに動揺している杖持ちの騎士2人の首を纏めて斬る。残った2人も剣を何合か交えるも、力で捻じ伏せて1人は胴体ごとぶった斬り、もう1人は心臓を貫いてとどめを刺した。
その直後に新手が来たが同じように返り討ちにしていった。次々と襲いかかってくるが、戦っていくうちに剣の扱いを理解し上達する俺に連中の目には恐れが見え始めていた。
そうこうしているうちに最初に俺に弓を引いてきた耳がやけに長い男の部隊が来た。すでに戦意を失っている奴に話しかけている男が恐らく指揮官なのだろう。顔付きが一気に変わったからな。観察出来るほどに余裕ができていた俺は、群がっている騎士をすぐさま片付け、指揮官の騎士に斬り掛かった。が、寸前で気づかれ剣を差し込まれてしまった。
恐らくこの騎士が1番強い。俺が出会った中で。ここまでの良い反応は恐らくだが、俺とほぼ同等。その上、俺の渾身の一撃を防ぐ腕力もある。まぁ、それでも体勢は崩れたようだがな。
トドメを刺すために剣を振り上げたが、寸前で邪魔が入った。例の耳の長い弓使い、たぶんエルフと思われる奴が俺の目を狙いに定めて矢を放った。流石に振り上げた剣では間に合わないため、俺は左手を犠牲にすることにした。その甲斐あって鏃は腕を完全に貫通したが、目を失うことは避けることができた。
”チッ!………痛ぇし面倒だな、あの弓使い!”
腕の骨ごと撃ち抜かれているために今までに負った怪我よりも遥かに痛いが、ここで苦痛の表情を見せると確実に隙になる。俺は出来る限り表情を変えずに矢を無理やりだが引き抜いた。腕からは血がダラダラと流れているし、力もあまり入らない。敵はおよそ10人。これが死地と言うやつだろうか。前世では到底考えられない状況に俺は………思いっきり口角を上げて笑った。
”俺はもう人間じゃない。前世の倫理観、法の縛りから解放されたんだ………今の俺は自由だ!”
転生してから最初の頃は前世の価値観というものが少なからず俺の中にあった。命を奪うことに慣れておらず、少なからず嫌悪感があった。それがたとえ自らの命を奪い来る獣であったとしても。それでも俺は生きるために、強くなるために殺した。ずっとずっと殺し続けていると、次第に慣れてきて殺すこと対する忌避感がなくなっていった。前世での価値観で言えばそれは良くないことなのだろう。だが、今の俺はゴブリンだ。人間じゃない。価値観に縛られる必要などどこにも無いのだ。
俺が自由に生きるということ。それがどうゆうことなのか。俺が出した答えというのが、人間を辞めるということだ。外見の問題ではない。心の、精神の、中身の問題。
他者を平然と害する。自分のためならば何でもする。人の価値観、倫理観、その他人間が築き上げてきた全ての否定。それが俺の考える人を辞めるということなのだ。
その過程の1つが人間を殺すことである。そして、今俺は人を殺した。そこに罪悪感、背徳感など感傷は一切なく、ただ俺の成長の糧となるものを殺す作業でしかなかった。だが、それによって俺は人間を辞めたという実感が伴っていた。ゆえに俺の心には歓喜だけが占領していた。
まるで幼い頃に帰ったかのように楽しげな俺は、対照的な程に苦々しげな表情をした騎士たちに向かい合った。人との戦いと言う名の初めての”禊”を終えるために俺は剣を構え、騎士たちと戦い始めるんだった。
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