私の兄の使命とは

くらんく

第1話

 私の兄には三分以内にやらなければならないことがあった。


「えぇと……」


 しかし兄はそれが思い出せずにいた。今の今まで覚えていたそうだが忘れてしまったらしい。嘆かわしい記憶力である。とはいえ、兄曰くそれは非常に重要なことらしく、どうしても思い出さなければならないとのこと。


 そして私たちは、三分以内にやらないといけないことを思い出す作業から始めた。手がかりは非常に重要だということのみ。すでに迷宮入りの香りがするが、敬愛する兄の頼みを無下にするわけにはいかないので仕方なく考える。


「買い物とか?」

「ああ、そうだったかも」


 まさかの一発大当たり。これで迷宮入りは免れた。


「何を買うの?」

「それも分からない」


 免れられぬ迷宮への道。


「食べ物?兄さんの好きなみかんのゼリー、たしか今日は安かったよね」

「分からない」


「飲み物?いつも飲んでるお茶がもうすぐなくなるもんね」

「違うと思う」


「服とか?最近同じのばっかり着てるし、新しいの欲しくなった?」

「思い出せない」


「靴じゃない?季節に合わせて靴を変えると気分転換になるよ」

「てか、お前はだれ」


 一生懸命考えてやってるのになんだコイツは。殴りたくなってきた。


「兄さん、何なら分かるんだよ」

「ここはどこ、私はだれ」

「ふざけないで」


 こんな会話は時間の無駄だ。残り時間の少ない中でしている暇はない。


 いや、待てよ。そもそもどうして買い物に制限時間があるのだろう。緊急で買わないといけないものなんてあっただろうか。それに三分以内に買い物に行ける場所などここらではコンビニ以外にはない。


 つまり場所はコンビニで確定だ。コンビニで買えるものの中で緊急性の高いものとは何か。兄が急ぐ理由が分かればそれも分かるはずだ。


「兄さんはどうして急いでるの?」

「弟からの電話で、事故に遭ったからすぐに買ってきて欲しいって。何を買ってくるのかは思い出せないが……」


 謎は全て解けた。兄が買おうとしていたのものは電子マネー。弟を騙る詐欺の電話にまんまと騙されてお金を送ろうとしていたのだ。


「兄さん、それは詐欺だから買わなくていいよ」

「どうして詐欺だなんて言い切れるんだ」


 兄は私を疑うように問う。


「兄さん、弟は私だよ」

「あれ?ああ、そうだったかも」

「八十年も一緒にいるんだから忘れないでくれよ」


 呆れる私に、兄は禿頭を掻きながらこう言った。


「ところで、私はだれなんだ」

 

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