epilogue2
グラズヘイム――
イヴィング川中流の肥沃な大地が育む恵みと、大陸中央に位置する交通の要衝として各地からもたらされる富が集まる、神聖アースガルズ帝国の首都である。
またその豊かさを背景に、壁画や彫刻、装飾品といった特権階級向けのものから、踊りや歌、詩などといった大衆の娯楽に至るまで、様々な文化が花開く芸術の都でもあった。
一方で、豊かさは新しく何かを為そうという意欲を民から失わせ、歴史の長さは社会を腐敗させ癒着や汚職の温床となる。
街を治める神聖アースガルズ帝国も、ユグドラシル全土に覇を唱えたかつての面影はすでになく、衰退の一途を辿っている。
繁栄の絶頂を極めながらも、後はゆっくりと腐っていくだけ。
人々の顔に閉塞感と退廃感が漂う、まさに爛熟の都だった。
街の中央、イヴィング川のほとりに、未だ建前上はユグドラシル全土を治める神帝が住まうヴァーラスキャールヴ宮殿がある。
初代神帝ヴォーダンが数万人の奴隷を使役し二〇年の歳月を費やし築き上げた、小さな町ならすっぽり収まるほどの広大さを誇る大宮殿だ。
「なんと!? あの《蹄》のユングヴィが討たれたというのか!?」
その最深部、絹(シーケ)製のベールの向こうで、一三代目となる神帝は、目の前に平伏する侍従長に詰問の声を上げた。
威厳ある凛とした響きの中に、鈴の鳴るような可憐さが薫る。
今代の神帝がまだ年若い少女帝であることはユグドラシルではよく知られた事実である。
とは言え神帝の尊顔を知る者は極めて少ない。
拝顔を許されているのは帝国内でもごくごく一部の限られた者だけだ。
その秘匿された神秘性が人々の想像をかきたてるようで、市井では見ただけで目がつぶれるような美貌の持ち主であるとまことしやかに噂されていた。
「はっ、あの地に派遣していたアレクシスからの報告ゆえ、確かかと」
頭を上げた侍従長が、補足の言葉を告げる。
神儀使は、神帝の代理として盃事を司ることだけが仕事ではない。
その神聖不可侵の立場を利用し、各地の情勢を調べ上げ、グラズヘイムへと情報を送るのがもう一つの重要な任務であった。
今は国力的には中小氏族並と落ちぶれた帝国ではあるが、それでもこと情報収集能力に関しては他の追随を許さない。
「……そうではないことを願っておったが、もはや疑いようがない。やはりその《狼》の宗主こそ【黒きもの】じゃ」
「へ、陛下。みだりにその言葉を口にされては……」
「ふん、すでに現れたというのに、はばかっても仕方なかろう。それより、わかっておろうな? 事はアールヴヘイム地方だけにとどまらぬぞ。ヴォルヴァの預言の通りならば、やがてユグドラシル全土を包む大乱が起こるじゃろう」
「ま、まさかそんなっ!?」
事態の大きさに震える侍従長に、少女帝は静かに告げる。
厳かに。
そしてどこか諦めたように。
「終末の刻(ラグナレク)が来たのじゃ」
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というわけで、「百錬の覇王と聖約の戦乙女」1巻部分、これにて完結となります。
2巻部分ぐらいまでは掲載したかったのですが許可が降りなかったので、
もし続きを読みたい!! とおっしゃってくださる方がおられましたら、ぜひ書籍版のほうをお買い求めいただければ幸いです。
最後に、ここまで読了していただきありがとうございました!
他にもカクヨムには作品を投稿しておりますので、
作家鷹山誠一にご興味を持たれた方はそちらにもぜひお目を通していただければなと思います。
では!
百錬の覇王と聖約の戦乙女 小鳥遊真(鷹山誠一) @delfin
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