フル・パワー

🔨大木 げん

第1話フル・パワー

 私の母は軽度の化学物質過敏症です。きっかけは、おそらく洗面脱衣室のリフォームです。


 私が子供の頃の、父世帯の家族は父・母・兄・私・弟の5人家族でした。私が10歳の時に、祖父が隠居屋をお母屋もやの隣に新築し代わりに私達家族がその当時、築約20年のお母屋に入居しました。


 入居して、その1年後に洗面脱衣室のリフォームをし、床・壁・天井・洗面器具が新しくなりました。ビニールクロスの壁と新建材の床はキレイな仕上がりでした。私達家族は初めて家の中でピカピカの部屋ができたので大層喜びました。


 ですが、その3日後から母の苦しみは始まったのです。


 母以外の他の4人は洗面脱衣室は、「リフォームしたばかりだからなんか臭いね。」と言っていただけなのですが、母だけは違いました。


 その部屋に入ると、目がチカチカし、動悸どうき・息切れ・目眩めまいがして立ち眩みたちくらみもするというのです。


 その当時は、子供だったのでわかりませんでしたが、完全にシックハウス症候群による症状です。全く同じ環境でも、アレルギー物質の許容量がひとりひとり違う為、体質的な問題で発症する人としない人がいます。


 当時は、世の中でもそこまでシックハウス症候群が騒がれていませんでした。その部屋に問題が有るんじゃないかと訴えても、他の家族はなんとも無いので、自分の方に何か問題が有るのかと思ってしまい、母は余計に苦しかったと思います。


 そして、とにかく換気をしまくって1年位が過ぎた頃、ようやく症状が軽くなったそうです。これはおそらくVOC(揮発性有機化合物きはつせいゆうきかごうぶつ)の大量発散が緩やかになって、空気中の濃度が下がった為です。


 そして丁度その頃、私が12歳の時に我が家のアホが事件をおこしました!


 そ〜ぅです、私がアホなお子さんです。


 当時の私は、本気で『かめはめ○』を放とうと日夜修行に明け暮れ、テレビで『スタンド・バイ・ミ○』が放送されれば、友人を誘って4人で授業を抜け出して川沿いを意味もなく探検する、という夢見がちなお子さんでした。


 そして家では、3つ上の兄と取っ組み合いのケンカばかりしていました。当然いつも私が負けます。いつも鼻血ブゥです。ケンカの原因は、私が生意気だったという事にしておいてあげましょう。


 あっ!別に私も兄もヤンキーじゃないですよ。本物のヤンキーとは、盗んだバイクで中学校校舎を走り出して、鉄パイプでガラスを粉々にしていく方々の事です。(兄の学年の実話です。)私は、ちょっと夢見がちなだけ(>_<)


 幸い、私が中学校に入学する頃には先生方の努力の甲斐があって、ヤンキーの皆さんは闇に葬られていました。もしそのまま放置されていたら、目をつけられて、危うく小銭目当てにジャンプさせられるところでした。


 そうして、ついにその時がやってきました。


 いつものように鼻血を手で拭いながら、「今日はこのぐらいで勘弁しておいてやるぜ!」と言い放って風呂へ向かいます。


 脱衣しつつも、先程までのケンカの悔しさがこみ上げてきます。衝動的にそのまま怒りの正拳突き!!

フルチ○で!


 ボゴンッ!


 な、なんじゃこりゃあ!!


 か、壁に穴空けてもうた・・・


 お、俺のフル(○ン)パワーすげぇ!


 や、やばいよ、絶対に怒られる!


 どうしよう、こんなの直るはずない・・・


 取り敢えず風呂に入って後は知らんぷりしとこ。

 

 ・・・

 

「あ、あがったょぉ、お、お父さん次どうぞ」


 ・・・

 

「な、なんじゃこりゃあ!!おい、げん!ちょっとこっちにこい!」

 

「お、俺じゃない!俺は何も知らない!」

 

「他に誰がいるっていうんだ!」


 朝まで正座で説教コースでした。


 その後、職人さんを呼んで直してもらえると思っていた私。しかし穴の空いたところには『いわさきちひ○』さんの、赤い風船を持った女の子の絵が飾られたまま、いつまでもそのままです。


 不思議に思った私は罪悪感から、おずおずと父に聞いてみました。


「どうして壁の穴直さないの?十分反省したから、見せしめはもう良いんじゃないかなぁ」


「ああ、あの穴な。何もしないでそのままにしておく事にした」  


「えっ!?なんで!?」


「お母さんがな、修理して、もし次も同じ様に毎日気分が悪くなると今度は耐えられないって言っているからだよ」


「そ、そうなんだ。お母さんそこまで辛かったんだね・・・」



 あれから30数年。

 今でも『いわさきち○ろ』さん作の絵が飾られたままです。絵は別な絵に変わっていましたが・・・母の身体は相変わらず化学物質に敏感なままです。


 1度発症するともう治らない人が大半のようです。私の母の様にシックハウス症候群で苦しむ方が、一人でも少なくなるように願いを込めて、今回のエピソードを執筆いたしました。


 皆様も十分にお気を付けください。


 〜おまけ〜


 思春期のうちの息子氏もやってくれました。


 壁パンチ。

 かろうじてプラスチック製の衣装ケースで勘弁しといてくれたので壁は無事でしたが衣装ケースはバラバラに。


 経験者の親としては説教はしづらく、唯一出てきた言葉は、「壁には穴空けるなよ」と言うのが精一杯でした。


 さすが我が子。よく似ている。


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フル・パワー 🔨大木 げん @okigen

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