バッファロー、バッファロー

大石雅彦

Buffalo,buffalo

オレには三分以内にやらなければならないことがあった。

いくつものファイアウォールを突破してパスコードを見つけ出し、原子力発電所の緊急停止系と非常用炉心冷却系システムへのアクセス権を、こちら側に持ってくる。それがただいま、オレに課されているミッションだ。


この国の政府が、顔認証照合システムを実用化しているのを知らなかったわけじゃない。だが、こんなに早く"顔バレ"するとは思ってもいなかった。いつもは昼メシをUberに頼んで配達してもらっているのだが、たまには外の空気も吸いたくなるってもんじゃないか。天気も良いし、ブラブラ歩いて2ブロック先のバーガーショップまで、散歩がてら出かけたのが運の尽きだった。


何だか知らないが、黒づくめのSWATみたいな連中がどかどかとショップに踏み込んできて、あっという間にオレは車に押し込まれ、どこへやらと連れ去られた。カップを手に持ったままだったから、律儀にも「コーヒー飲んでいい?」と聞いたのに、だれ一人として答えてくれやしない。


目隠しされて連れてこられたその場所は、警察か刑務所かと思いきや、清潔に整頓された研究施設らしき部屋だった。


「連行された心当たりがあるかね」

目の前に立つ男は、前置きも何もなくいきなりオレに問いかける。

「誰だあんた」

「こちらが質問している。君に質問する権利は、ない」

はいはい。わかりましたよ。


オレは現在、この国の政府と利害が相反する側の陣営に所属している。政府を内部からかく乱するために、各種の情報システムに侵入していわゆるスパイ活動を行っていたのだが、先週うかつにも痕跡を残す単純なミスを侵してしまった。そこで地下に潜伏していたところを、見つかったというわけだ。


男は、時間がないから手身近に説明する、と言い、オレに取引をもちかけてきた。


某国の某地域に、古い原子力発電所がある。そこをテロリストのグループが占拠し、職員と近隣の住民を街ごと人質にして身代金を要求している。無論、こちらとしては鐚銭ビタ一文支払うつもりはない。だが、原子力発電所を爆破されるのは地政学的な見地からも非常に好ましくない。そこで、軍事作戦に先んじて、システムの制御権を確保しておこうというミッションが立てられたのだ。


壁にいくつも架かっている液晶ビジョンには、カメラが捉えた件の発電所が映っている。現地の軍が撮影しているのだろう。この部屋にも、重装備で銃を構えた兵隊があちらこちらに立っている。当然オレのすぐ後ろにも。


「あの発電所の制御系は、独自に開発されたレガシーシステムだ。他のどの国にも事例がない。時間をかければ侵入できないことはないが、今は一刻を争うのだよ。そこで、君だ。あの国で技術者として働いた経験を持つ君なら、簡単すぎるミッションだろう」


ああ、知ってますよもちろん。システムに侵入して三分経つと、セキュリティシステムが経路を追尾して侵入元を特定、こっちのプログラムを破壊するという優秀なカウンター機能を持っているってことも。

それだけじゃない。あの原子力発電所の周囲は、世界有数の地雷原地帯になっている。発電所の物理的な破壊活動を防ぐには軍隊を送り込む必要があるが、前に広がる地雷原を何とかしなければ突入は不可能だ。人質を救出することもできやしないだろう。


「そんなことは君の知ったことではない。君はただ、システムのアクセス権を連中から取り上げればいいんだ」

役人という人種は、どこの国でもおんなじだ。余計なことは言うな。言われたことだけを素直にやれ、と。

協力すれば、これまでの罪は不問に処すそうだ。何言ってやがる。そのあとはあんたらに協力するエージェントの一人になるしかないじゃないか。


わかったよ。やればいいんでしょやれば。

用意されたPCを操作して、オレは驚いた。この国の研究機関で使用しているスーパーコンピュータに接続できるアカウント付きだったからだ。これなら処理がめちゃくちゃ早い。制御システムのアクセス権なんざ、三分あれば十分だ。


というわけで、オレには三分以内にやらなければならないことがある。役人の男が、せわしなく動くオレの指先とPCの画面を見つめているが、あんたオレが何やっているのか、わかるのかい?


二分二十四秒〇八。はいよOK。これであちらさんは、システム的に原発を動かしたり止めたりができなくなった。

状況を確認した役人の男が、室内の隊長らしい軍人に指示を出す。

と、液晶ビジョンの映像内で、ものすごい砂塵が巻き起こった。


隣に設置されたビジョンには、別の角度からの映像が映っている。バカでかい6つの車輪と、頑丈な装甲、テッポウエビみたいなアームを備えた軍事車両が何台も横並びになって、地雷原を猛然と突き進んでいく。

「装甲兵員輸送車をベースにした対地雷除去車両、通称『バッファローA2』だ。全長8.20m、マックASET AI-400直列6気筒エンジン搭載。地雷や不発弾の爆風にも耐え、時速80kmのスピードで進むモンスターだよ」


オレは大笑いした。バッファロー。バッファローっていうのかよ、あの装甲車。

なるほどね。


まさしく、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れそのものだ。音がないから静かだが、現地ではさぞやとんでもない轟音が鳴り響いていることだろう。奴らが通った後には、草一本残らない。7.62mmNATO弾程度なら跳ね返すそうだから、テロリストたちはすぐにでも殲滅されるだろう。お気の毒さまだ。


「さ、もういいだろう。ハンバーガーが食いかけなんだよ」

オレが出口に向かおうと席を立つと、後ろの兵隊が銃口を向けてくる。勘弁してくれ。


「ミッションは成功だ。よくやってくれた。念のため身体検査をしてから、元居た場所で君を解放する。一応言っておくが、今日のことは口外無用だ。そして今後は我々の機関が常に君を監視する。そのつもりでいたまえ」


バーガーショップのカウンターで、オレはコーヒーをオーダーした。通りに面した窓側の席に座って、熱い液体を喉に流し込む。帰り際に役人の男が言っていた。

「そうそう、君のコードネームだが、"Buffalo"と呼ばせてもらうことにするよ」


やれやれ。

洒落たつもりなのだろうが、やっぱりあいつはバカで、そのうえ節穴だ。あの三分間で、オレは政府の基幹システムにバックドアを設けることに成功した。これが今回、オレに与えられた本当のミッションだ。


政府の基幹システムは、さすがにセキュリティの障壁が高い。オレの真の雇い主は、原発占拠をきっかけにオレを政府中枢に送り込み、そこからシステムに侵入するという絵図を描いた。三分間で気取られずにバックドアを設置するのはなかなかしんどかったが、どうにか成功した。それを雇い主がどう使うかは、それこそオレの知ったことではない。


それにしても、バッファローか。

神様もとんだいたずら好きだ。Buffaloというのは、動物の水牛を意味する言葉だが、日常会話で使うときはまったく別の意味になる。たまには辞書を開いてみることをお勧めする。そこにはこう書いてあるはずだ。


"形容詞のbuffaloには、「悪賢い」「騙す」という意味がある"


<了>


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※KAC20241 第1回お題「書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』」

および

KAC20241+ アンバサダーからの挑戦状(自由挑戦お題)「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」

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バッファロー、バッファロー 大石雅彦 @Masahiko-Oishi

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