虎男・ウルの苦悩

MURASAKI

第1話 長くて短い

 虎男・ウルには三分以内にやらなければならないことがあった。


 虎男というだけあって、ウルは虎に変身できる男だ。しかし、姿を変えられるのはたった三分間だけである。彼がこんな体質になってしまったのは半年前のこと。


 ウルは、家でテレビを見ながら横になっていた。大好きな動物の番組で、今日は猫好きなら絶対に見逃せない大型の猫……虎の特集をしていた。

 ウルが「虎のニャンタマってデカいけど可愛いωオメガの形してんだな、流石猫科だ」と思っていたところに、空から何かが降ってきた。


 そう、が。


 爆発でもしたのかと思うくらいの轟音でウルの家を貫通したかと思うと、地面に突き刺さった。金属なのか燃えるように赤く熱を帯びていて、触ることができるような状態ではなかった。

 ウルは、このまま木造の家に火でも燃え移ってはかなわないと水を探そうとしたが、思ったように立ち上がることが難しい。あまりのことに驚いて腰が抜けているのだ。

 陽炎のように蒸気が上がっているのを見て、とにかく火が出てしまってはかなわないと、ウルは自分の股間に手を伸ばすとそのまま己の聖水にょうを放出した。


「うわっ、くっせえ!」


 かける傍から蒸発する己の放出した水の匂いに鼻をゆがめる。しかし少しスッキリしたことで冷静さを取り戻し、何とか立ち上がることが出来た。とにかくこの強烈な匂いを消したい一心で風呂まで走り、家にある一番大きなバケツに水を汲み、まだ匂い立つその物体に一気にぶちまけた。


 シュウシュウと音を立て、先程までの赤い塊は黒い四角い物体に姿を変えた。


 ウルは恐る恐る物体に近付き、触ろうとするとまばゆい光に包まれた。目が開けていられないほどの光の渦が押し寄せ、目が潰れたかと思うほどの光を浴び、しばらく目を開けることができなかった。ほんの少し時間が経過し、ゆるゆると目を開くと自分の家ではないに居るようだった。


「なんだ……?」


 どこもかしこも真っ白な空間に小さな何かがふたつ。丸いなにか。それを手に取ると、ふわふわな手触りが気持ちいい。生暖かくて柔らかく、短い毛が生えている。


「なんだこれ、生き物……」


 言い切る前に、ウルは大きな虎に変身していた。


「グルルルルルルル!(なんだ、どうなった!)」


 自分自身を見ることはできないが、下の方を見ると自分の手……いや、白から黄土色のグラデーションに黒いシマの入ったふわふわで長い爪が生えたが見えた。


「グォオ! ガォオ!(と、虎になってる!)」


 絶望するどころか、ウルは大興奮して叫んだ。それもそのはず、大好きな猫科に変身したのだ。しかも縞模様が最高にイケている虎に、自らの身体なら安全かつ合法的に触ることができる。するりと長いシマシマの尾が目の前をかすめ、興奮はピークに達した。

 喜びのあまり自分の身体を触ろうとするが、上手く触ることが出来ない。虎の身体で自分を触ることが出来るのは腹側と顔回りだけ。しかし肉球ではあまり感触が分からない。

 流石は猫と言うべきか、身を捩れば背中も触れそうなのだが、猫初心者のウルには態勢が辛すぎて長時間維持できそうもない。


 どうにか自分自身を触るために悶絶していると、小さな四角い箱が目の前に現れたと思うと同時に、脳内に直接何かが話しかけてきた。


「ワレワレは宇宙人だ。MM87星雲からやってきた知的生命体だ」

「しかしこんな生物にいきなり排泄物をかけられるとは、いやはや落ちた位置がワルかったとしかイエンぴえん」


 宇宙人と名乗る声は二種類で、間違いなくふたり以上の数がいる。ウルを煽っているのだろうか、使い古された地球の言葉を使って聖水をかけたことを非難しているようだ。しかし、あの時はそうするしか家を守る方法が思いつかなかったのだから仕方がない。応急処置である。


「それについては申し訳ないとは思うが、他人の家を破壊しておいてその言い分はどうかと思う。家の中に於いては俺がルールだ」


 何かひそひそと話している声が頭の中に響くと、再度宇宙人を名乗る声が脳内に響く。ボリュームを少し落として欲しいと思うくらいの音量だった。


「それはワレワレにも非があった。無礼をした」

「しかし、キミはパンドラの箱を開けてしまった。あの箱を開けるべきでは無かった」


 ウルはごくりと息を飲む。まさか虎のまま一生を終えてしまうのだろうか、と。


「え、俺このまま虎のままなの? 虎のままだったら最高に嬉しいんだけど」

「エ」

「エエー! オモッテタントチガウ!」


 また、脳内にひそひそと話す言葉が聞こえてきた。


「エー、コホン。ソノ姿は虎という動物のようだが、申し訳ない三分ダ」

「キミの姿は三分間虎になる。その間にワレワレの宇宙から逃げだした囚人を捕まえてこの空間に連れて来て欲しい」

「え、なんで? そんなめんどくさ……」

「そして三分以内に連れてきて残りの時間はメスと交尾して種を増やしてもらおう」


 衝撃のあまり、ウルはフリーズした。


「え、なに? ナニしろって?」


 半笑いで返答を待つが、同じ言葉が繰り返されただけだった。


「健康なメスはこちらで用意する。絶滅危惧種のアムールトラのメスだ」

「俺、アムールトラなの?」

「ソウダ。その姿でいる間はすべてが虎と同等だ。そこで、虎と交尾を……」


 理由は分からないが、どうやらこの地球外生命体たちは、地球に逃げた囚人の捕縛のに絶滅危惧種の虎の種を増やそうとしているらしい。


「囚人を三分以内で捕まえてそのあと交尾? 無理だ! まだしたことないのに!」


 また何やらひそひそと話す声が聞こえた。今までで一番長いひそひそだった。


「コホン。それなら最初は熟練のメスを用意しよう。交尾の時間は15~20秒程度だ、何とか頑張ってくれたまえ」

「ワレワレが創り出した種の保存プログラムは必ず妊娠させられる。シッパイしない限り必ずダ」


 なにやら自分たちの技術が誇らしいようではあるが、ウルが失敗するとでも言うのだろうか。失礼な話である。


「そんなついでで交尾とか言われても」

「チガウソウジャナイ!」


 被せ気味に今までの最大出力であろう大きさの声が脳内に響いた。


「ついでなのはで、元々は種の繁殖研究の為にこの星に来たのだよ、ワレワレハ」



 虎男・ウルには三分以内にやらなければならないことがあった。

 三分以内に囚人を回収して、残り時間で種の繁殖のために虎のメスと合体すること。


 なお、囚人の回収は既に済んだが、いまだシッパイで終わっている。




「もうそろそろ、星に戻る時間なノだが……」



おわり

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