第2話 コアラ教頭 対 教育委員会
コアラは教頭とはいえ、一般の先生と同じく法律上は「県費負担市町村立小中学校教員」です。どこのバカが考えたのかは知りませんが、このことが先生方の地位や立場を微妙なものにして苦しめて、教師のブラック化をもたらしている一因です。
ざっくりいうと、一応は県採用で県から給料をもらっている県職員でありながら、市町村の学校に所属しているため、市町村の職員よりも立場が低くあるいは同等以下に見られがちというか現実にはその通りで、市町村職員も具体的には市町村の教育委員会という悪の組織も調子に乗ってこのような対応をしてくるのです。これが教員離れの一翼を担っているのだといっても過言ではありません。
コアラが赴任した町は人口3000人を切る小さな町で、小学校が二校と中学校が一校ありました。そして役場があって、そこには学校を管轄する教育委員会があり学校教育課長や教育長がいて、一応ですが一般の市町村と同様に体裁を整えているのでした。
ある日コアラ教頭のもとに役場の教育委員会に勤めるという保護者から電話がかかってきました。さっくり言うと担任が子供どもをバカにしたというクレームでした。
バカ親「担任のA先生がうちの子供をバカにしたと言っています。」
コアラ「どういうことか教えてくれますかいのう。」
バカ親「うちの子が何かの拍子に『先生なんかすぐに首にできる』と言ったら、『そんなことできるわけがないだろう。』と言われたそうで・・・〇×※▽〇×・・・」
コアラ「お会いして詳しく聞きたいので、学校まできていただけますかいのう。」
というわけで、その日の夕方遅くに(もちろん勤務時間外)に、コアラ教頭、担任、保護者両親で話し合いをすることになりました。ちなみに校長は県外出張で不在、そういう危険な状況でした。
担任A「ようするに、B君(ガキ)が、期末テストの採点ミスの修正を求めて持って
きまして。明らかに書き直した跡があったので指摘したら急に機嫌を損ねて
『お母ちゃんは教育委員会に勤めとるけえ、先生なんかいつでも首にできるんぞ』
と言いやがって、いやおっしゃって私もちょっとカチンときて
『そんなことできるわけがない』
と返したら
『いつも家でお母ちゃんがそう言っとる。』
というので
『そんなことはできないんだよ』
と言ってしまったんですよ。そうしたらシュンとしてとして。みません。」
バカ母「事情は分かりましたが、でもそのおかげで私は(←役場の教育委員会勤務)
息子から嘘つき呼ばわりされているんですよ。」
バカ父「私も(←役場のなんとか課の課長)子供が妻を嘘つき呼ばわりされるのを聞
いてびっくりしてこうしてついてきました。」
コアラ「それで、どうすればいいんですかいのう。」
バカ父「やはり、妻の立場を考えると不憫でなりませんので、
息子の前で訂正してほしいわけで。」
担任A「つまり、あやまれと。」
バカ父「いえ、そこまでしなくてもいいですから。先生もお立場というものがあると
思いますので。訂正していただけるだけで。」
担任A「訂正って?具体的にはどういうことですか?」
バカ母「つまり、申し上げにくいことなのですが
『教育委員会なので先生の人事にかかわることができるんだよと。」
担任A「つまり私が息子さんに
『お母さんは先生を首にできるんだよ。』
といえばいいわけですか?」
バカ母「まあそういうことですねえ。」
そのときじっと聞いていたコアラ教頭が突然大きな口を開いてこう言いました。
コアラ「無理です。」
バカ父「えっ・・・。」
一同、コアラのあまりに意外な答えに驚いてその場が静まり返りました。
コアラ「それは法的に間違っていることなので、息子さんにまた嘘をつくことになり
ますよ。嘘はいつかはバレるものです。息子さんが大きくなったらきっと本
当のことを知るでしょう。ますます息子さん傷つけることになりますよ。そ
れでもええんですか。」
それから、担任もバカ親も、何かつきものが落ちたように「ハッ」として、なぜか自然に笑顔になって、それから
利巧母「そうですね。その通りですね。私が間違っていましたねえ。」
利巧父「確かに。なんか目が覚めたような感じです。A先生すみません。」
担任A「いえ、発端はやはり私ですので。勉強になりました。ご指摘ありがとうござ
いました。」
そうしてなぜか和気あいあいの温かい雰囲気になって、すっかり冷たくなった茶を飲みながらの談笑が始まって、すっかり利巧になったご両親も、反抗期に入ったバカ息子の最近の様子が心配だとか、担任も学校ではこういう気になることがあるとか、有益な情報交換ができたように思います。
やっぱり話し合えば分かり合えるんです。そしてそれが一番バカ息子のためになるのだと痛感した出来事でした。さすがコアラ教頭。こいつはコアラ顔で小太りだけど、難関の
管理職試験に合格して教頭になったのは伊達じゃあなかたんだと。えらいぞ。コアラ教頭。
とってもいい話だと思いませんか。思いますよね。それじゃあ今日はこのへんで。
「もうちょっと教えといてあげましょうか。」
コアラは天下を取ったように話し始めました。
「いきなり太平の眠りを覚ましたのは蒸気船ではなくコアラ教頭でした。
ワシたち教員は、県の採用試験を突破したれっきとした県職員なんです。給料だっ
て県からもらっているんです。この町からは一銭ももらっていません。」
つまりボランティアですけえねえ。じゃから市町村の」言うことなんか聞く義理は
まったくありませんし。だいたいどこの世界に、立場が下の者が上のものをあれこ
れ操作できることがありましょうか。ワシらは難関の採用試験を突破した県職員、
片や教育委員会は縁故採用の町役場の職員。つまりわかりやすく言うとそういうこ
とです。アハハハははは。(水戸黄門調に)
それからついでに・・・。」
担任A「教頭先生、もう遅いのでこのへんで。お二人もお忙しいと思いますので。」
A先生は若いのに非情に常識と賢明さを持ち合わせておられる方ですので、このままコアラが暴走し始めたらそれこそ戦争になってしまうと察したようで、上手く止めてくれました。
それから少しあきれたように黙り込んでしまったお二人を丁重にお送りして帰っていただいたということでした。
担任A「教頭先生、さっきのはまずかったんじゃあないでしょうか。」
コアラ「なしてや。本当のことじゃから仕方がなあ。」
次の日、町長から校長に電話が入って・・・。という場面を想像されたと思いますが、なぜか特に何事もなく、なんのクレームも入らず、コアラ教頭はいつものようにごみに埋もれて笑顔で仕事をされていたそうです。
昨夜のことなんか覚えていないように。
コアラ教頭 対 役場の教育委員会
やっぱりコアラの勝ちだと思います。
追記
ワシの友達は、もうすでに停年退職しましたが、縁故採用で地元の町役場に勤めていました。
その友達から聞いた話ですが・・・。
平成の大合併の時、役場は密かに、事実上生活圏となっている右側にある隣の県の市と合併を企てていたそうです。そうして何度もラブコールを送ったのですがまったく相手にされませんでした。ところがそのうち県にばれてしまって、ある日県庁からえらい剣幕で電話が入ったそうです。
県「町長を出せ。」
町「町長は会議中で出られませんので後ほど・・。」
県「ええから出せ。」
電話を受けた町長は、すぐに公用車をぶっ飛ばして県庁へ。
数時間後、ずいぶんやつれて帰ってきた町長の様子を目の当たりにして、役場では誰一人、この越県合併を口に出す者はいなくなったそうです。
県の力とはこういうものだと驚いていました。
そして、出遅れたために、ものすごく不利な条件で、隣接している左側の貧しい市と合併を余儀なくされたそうです。
友人「でも合併して良かったこともあるんで。
ワシらは晴れて市役所の職員になれたし。
それから、縁故採用どころか、採用、昇進も公平公正になって、町だったころ
みたいに、声が大きいだけのおっさんが縁故人事で課長になったり、無茶なパ
ワハラを受けることも皆無になった。セクハラが平気で横行していた時と違っ
て、女性の職員も伸び伸び働けると大喜びしている。
バカ町長の鶴の一声で業者が決まるとか、談合とかそういうものが一切なくな
った。それから怒鳴り声もせんようになった。
やっぱり母体がおおきくなったら、今まで通りの無茶や自分勝手は、通用せ
んけえのう。許してもらえんじゃろう。
というわけで、すったもんだの平成の大合併。ちょっとはいいこともあったようですね。
新コアラ先生(コアラ教頭) 詩川貴彦 @zougekaigan
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