新コアラ先生(コアラ教頭)

詩川貴彦

第1話 コアラ教頭 対 文科省

コアラ教頭 対 文科省



 ざっくりいうと、コアラ先生はついに管理職になり、巣から離れた小さな町に単身赴任しました。

 それが4月の初めのことで、3か月後の6月に、この町が主催する研究大会的なものが予定されていました。今年はなんとあの文科省から教科なんとか官?なるお偉いさんを一人招くことになっていましたのでもう町を挙げての大騒ぎでした。

 当日は町長までが空港まで迎えに行くというお祭り騒ぎになっておりました。

 もうこの時点で嫌な予感しかしないのですが、それでもコアラ教頭は、献身的に毎日頑張って、朝早くから夜遅くまで人が変わったように熱心に仕事に打ち込んでいたと本人から聞きました。そして大人しく物静かに過ごしていました,とさ。


 そして当日。

 小さな空港の到着ゲートから、明らかに場違いな、一目で文科省とわかるパリッとした方が、目をつり上げて出てこられたそうです。

 そうして、ああしてこうして、やっと公開授業が終わって、午後からの質疑応答というか文科省の方からの指導というか討議というか、そういうことがはじまりました。

 ようするに、今日、授業を公開された3名の先生方の授業についてあーじゃこーじゃと言い合ってさらに質を向上させようという反省会みたいなものだとお考え下さるとわかりやすいと思います。。ちなみにその3名というのは、町内にある二つの小学校と一つしかない中学校から、このお祭り騒ぎのために、それぞれほぼ無理やり選ばれた一名ずつの先生方のことでした。


 そうしたらその中で一番若いと思われる小学校の先生が「自評」と称する、いわゆるブラック企業における自己反省のような場で、

「わたしはまだ講師なので・・・。」

と蚊の鳴くような声で発言されました。

 ようするに「自分は講師(正規採用ではない教員)なので努力はしたけれど正規の先生のように上手に授業ができなかったのですみません」的な発言をされたのでした。。

 そうしたら文科省が何を思ったのか急に立ち上がり、目をさらにつり上げて高い声を荒げてこうおっしゃいました。

「関係ない。」

まさに一刀両断ですよ。一刀両断。

切り捨てたというか、そんな事情は聞く耳を持たないというか、「スパッ」という音が聞こえたような聞こえなかったような。

 場は静まりかえりました。そしてさらに声を荒げて、目をさらにつり上げてこうおっしゃいました。

「子供の前に立つからには、講師も何も関係ない。子供にとっては同じ先生でしょう。そんな甘えた考えは教師として通用しないのです。」

 無理やりこんな場で授業をされられて、さらにこんな風に言い放たれて𠮟られて、脅されてパワハラをまともに受けて、その先生も周りも日ごろは饒舌な教育委員会のおっさんも校長、教頭連中もみんな黙り込んでしまいました。

 どうするん。こんな気まずい雰囲気。重い空気感。静まり返った会場。


「ちょっとまってください。」

それを打ち破ったのは、どこかで聞いたことがあるような大きな声でした。

みんなが声の主を探して一斉に振り向くと、後ろの方で笑顔で手を挙げている空気をまったく読んでいない角刈りの小太りのおっさん・・・。コアラ教頭です。


「タカノ先生(仮名)にお尋ねします。この春、中学校に赴任したばかりの教頭のコアラというものです。」

 コアラ教頭は颯爽と立ち上がって、いつもの大きな声で話し始めたのですが、恐れ多くも、すでに文科省の方のお名前の読み方が間違っていました。

 文科省の紹介の時に「高野」と書いて「コウヤ」と読むとあれほど目をつりあげて

おっしゃっていたのに・・。(しつこいようですが仮名です。)

コアラ教頭はそんなこと気にも止めないで続けます。


「今、関係ないとおっしゃいましたね。」

「はい。」

「ワシは大いに関係あると思います。」

「はい?」

 なぜか文科省に動揺が感じられました。もしかしたら、立場上、虎の威を借ってばかりだと推測されますので、このような無法者的な反撃を受けたのは初めてだったのではないでしょうか。

「そもそも講師の先生にこんな大会で授業をさせること自体が間違っているとワシは

 思います。高い給料をもらっている正規の先生がやるべきでしょう。当然でしょ

 う。講師の先生に押し付けて恥ずかしくないんですかねえ。小学校は何を考えてお

 るんですかねえ。」

 確かに正規の先生と違って、研修も受ける場も与えれていないし、給料や待遇だって雲泥の差だし、だいいいちもうすぐ行われる今年度の教員採用試験に向けての勉強もせんといけんし、コアラ教頭のいうことはもっとちゃあもっともです。

 会場に「確かに」という雰囲気が漂いはじめました。特に圧倒的に多数を占める町外から来られた先生方はコアラに同意するようにうんうんうなずいておらてました。

 そういう空気を動物の感でいち早く察したコアラ教頭は、ますます調子に乗ってこういいました。

「それとですねえ。ワシは思うんですけどね。なしてですね。あの先生が、さっき講

 師ということを告白されたときにですね。なして一言でいいので、

 『それはたいへんですね。たいへんなのによくがんがりましたね。』

 ちゅうて言ってあげんのんですか。まずそこでしょう。大事なのは。」

 みんなシーンとしてコアラ教頭をみて、うんうんとうなずいていました。

 文科省も、もともと頭と要領ががええ方なので周りの空気を察して

「そうですね。先生のおっしゃるとおりですん。ごめんなさい。」

とおっしゃってそれはそれは会場全体が温かい空気に包まれたのでした。

さすが文科省。えらいなあと思いました。日ごろ変わり身の早い政治家先生を見ているだけのことはあります。


 今度来たコアラ顔の中学校の教頭は、ちまたでは

空気は読まんし忖度はせんし、机の上はきちゃないし教員住宅の周りはごみだれらけにするし、酒癖は悪いしセクハラ発言は多いし田舎とバカにしているし、、コアラだし小太りだし、マイペースだし声が大きくて内緒話はできないしで、どういう人間なんだろうと周りの同僚、教員、村人みんなから変人扱いされてあきれられていたのですが(もちろん本人は全く気付いていない)、この瞬間にコアラ教頭の株はバブルの時のように跳ね上がり最高値をつけたのでした。

えらいぞコアラ。

 さすがコアラ教頭。みんなのまなざしが尊敬に少しかわりとつつあるときでした。当の講師の先生もちょっとウルウルして、そして尊敬のまなざしでこの巨大なコアラ教頭を見ている様子が感じられました。


 ここてやめておいたらどれだけコアラ教頭の評価が高まったことでしょう。

 そうしたらですね。

「ついでに言わしてもらいますけどねえ。」

 コアラ教頭は満身の笑みを浮かべて鼻の穴を広げてしゃべりはじめたのでした。

「文科省も『いじめ』問題に必死になって対策を打ち立てとりますけどのう。

 なして『いじめ』なくならなんか教えてあげましようか。」

「・・・・・。」

「それは人間性の問題ですよ。文科省で、こんなこともわからんような心のない人間

 たちが集まって、なんぼ話し合っても解決できるわけがないじゃあないですか。人

 間性ですよ。人間性。アハハハハ。」

 コアラ教頭はいつもの高笑いをして、水戸の黄門様のように屈託のない笑顔を周りに振りまいておりました。はっきり言いましょう。コアラ教頭は、別に悪気があったわけではありません。文科省を困らせようとか嫌味を言ってやろうとかそういう悪意もまったくありません。周りに対する嫌がらせの意図なども全くなくて、本当に本当に、ただ思いついたことをそのまま口に出しただけなのですが・・・。

 たお偉いさんは顔が引きつり、それから文科省はさらに目がつり上がって、それから会場は静まり返り、コアラの高笑いだけが響いておりました、とさ。


その後、この場がどうなって文科省や町の教育関係のお偉方やその他もろもろの関係者の方々がどうなったのかが恐ろしくてかけませんのでご想像ください。


コアラ教頭 対 文科省

やっぱりコアラの勝ちですかね。












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