冬休みの宿題
空峯千代
冬休みの宿題
僕は、
こんな形で生まれ育った場所に帰ってくるとは思っていなかった。
「こっち。フード被ったまま歩いて。そう」
田舎で目立っていた金髪は都会だとうまく紛れる。
それでも、念のために頭と顔は隠しておいた方がいいだろう。
粳田は、おそらく初めての東京に慣れないみたいだった。
目をキョロキョロさせてはいるが、不安のせいか、それとも新鮮さがそうさせているのか。
人の多さにめまいがしそうになる通りを、僕が前を歩くかたちで移動した。
遠くへ逃げてきたとはいえ、捜索願が出されていてもおかしくない。
それなら、僕には考えがあった。
住所が変わっていなければ。
電話番号が変わっていなければ。
あの人は、今もこの街にいるはずだから。
新宿駅を降りて十五分、歩けば歩くほどに人気がなくなっていく住宅街。
一度だけ目の前まで訪れたアパートの一室。
あの日鳴らすことのなかったインターホンを、今鳴らした。
「......お久しぶりです」
ドアが開かれ、家主が顔を出す。
僕の父の友人を名乗っていた男であり、父に罪を被せたその人。
僕の家族を壊した大人が立っていた。
「......入ってくれ。好きにしてくれていい」
僕は言われた通りに中へ入り、粳田も入るよう促した。
粳田が説明を催促するような顔で見てくるから、僕はわかりやすく「あの人は僕のおじさん」とだけ答える。
「急に来てすみません。事情があって、少しの間だけここで寝泊まりさせてもらえませんか」
自分でも無茶な要求だと思う。
それでも、ここへ来たのはもう一度向き合いたかったからだ。
おじさんは、何か言いたげだったが「いいよ」としか言わなかった。
「粳田、何があったか詳しく教えてほしい。もう一度話が聞きたい」
フードを脱いだ粳田の顔は、年相応だ。
不安と怯え、どうしていいか分からない恐怖に歪んでいた。
僕は震えている粳田の手を取り、握る。
「頼むから…僕はおまえの話を聞きたいし、信じたい」
父さんにはできなかったから。
口には出さなかったが、心では痛いくらいに念じた。
今度こそ、もう手遅れにしたくない。
「ばあちゃんが…」
粳田は、ゆっくりと話し始める。
僕は呼吸すら逃すまいと慎重になりながら、粳田の声に耳を傾ける。
「ばあちゃんが、父ちゃんに刺されて.......うちの父ちゃんキチガイ、でさ。いつもの始まったと思ったら、包丁持ってて…ばあちゃん倒れて」
『おまえがやったんだ......おまえがばあちゃん刺したんだ!!!!』
包丁を父親に無理矢理握らされた粳田は、叫ばれた。
混乱したまま、そのまま外へ逃げてしまった。
事の顛末を話し終えた粳田は、思い出してしまったのか血の気の引いた顔で呼吸を荒くしている。
「俺は、粳田のこと信じるよ」
怯えている粳田に言い聞かせるように言った。
これは、僕の偽りない本心だった。
粳田は何も言わなかったが、僕の顔を少し覗いてからはボロボロと泣き出してしまった。
冬休みの宿題 空峯千代 @niconico_chiyo1125
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