世界の終わり──あるいは神話の始まり
くれは
*
ヒロには三分以内にやらなければならないことがあった。
「どうした、それで終わりか? もうじき三分経ってしまうぞ」
ヒロの目の前に立ちはだかるそいつは「神」を名乗った。そしていとも容易く、世界を壊してまわった。
人間たちになすすべはなかった。
たくさんの街が壊れ、たくさんの人が死に、人だけでない、たくさんの生き物が死んでいった。
人間たちは立ち向かおうとしたが、「神」を名乗る存在に対してあまりにも無力だった。その中で、ヒロが、ヒロだけが立ち向かう力を持っていたのだ。
なぜかわからないまま、それでも世界を救うため、ヒロは神に抗った。凄まじい力のぶつかり合いだった。
わずかに残った人類は集まり、隠れ、祈っていた。
そんな中で「神」は言った。
「お前のその力は元々は我のものだ。お前は人間ではない。我が気まぐれに作り出した、それだけの存在。それでもお前は人間を──この世界を守ると言うのか?」
その言葉にヒロの心は隙間を作ってしまった。その隙間に「神」は入ってくる。
「我の元へ戻れ。お前に人間を庇う理由はないはずだ」
ヒロは大きく頭を振って「神」を睨む。そして、その顔を殴った。殴られた「神」は宙を飛ぶ。
「自分が何者かなんて関係ない! 俺は、みんなを守りたいと思った! だから守るんだ!」
何事もなかったかのように「神」はまたヒロの前に立ちはだかった。そして、面白そうに目を細めたのだ。
「そうか。それならそれで良い。では三分やろう。三分以内に我を止めることができれば、お前の勝ちだ。けれど三分経てば、我は全てを滅ぼす」
一方的な、それはあまりに一方的な言葉だった。選択の余地すら与えられない。
だからヒロはやるしかなかった。
三分。
その時間で「神」を止めるのだ。
「う、おおおおぉぉぉぉ……!!」
ヒロは咆哮する。そして「神」に立ち向かう。
どれだけ殴っても、殴っても、殴っても、神は表情一つ変えなかった。
殴られた勢いで宙を飛びながら「神」は嘲笑う。
「この程度か。所詮気まぐれに作った玩具だ。我に歯向かうなど無謀」
それでもヒロは殴り続けた。一縷の望みにかけて。
何かが届くことを願って。
それを「神」は嘲笑う。
ヒロの咆哮と「神」の嘲笑が空に響く。
「残念だが」
殴るヒロの手を軽く受け止めて「神」は無慈悲にささやいた。
「時間切れだ」
その瞬間、わずかに生き残った人類は、全て死んだ。静かな終末だった。
「え……みんな……」
「死んだよ。人類は終わりだ。お前が戦う理由は失くなった」
「そんな……嘘だ……」
「嘘ではない」
つまらなそうな顔で「神」は手を持ち上げた。
その先に、ヒロの知っている少女の体が現れる。少女は目を見開いたままぐったりと動かない。
ヒロは目を見開いてその少女の体を見つめていた。
「ほら、死んでいるだろう」
ヒロに見せつけて、もう用は済んだとばかりに「神」は少女の体を放り投げる。
その体を追いかけて、そしてヒロはその体を両手に受け止めた。生きている反応のない、物体になってしまった体。笑ってヒロを励ましてくれたのに、もう表情は動かない。
ヒロは震える手で少女の体を地面に横たえると、ヒロはそのまぶたをそっと閉じた。
「もっと死体を見せた方が良いか? あと何人見せたら納得する?」
「もう良い!」
「ならわかっただろう。お前が守ろうとしていた人類はもういない。戦う理由ももうない。終わりにしよう」
ヒロは地面に膝をつく。
本当に、本当に終わってしまったのだろうか。
自分の戦いは本当にもう、無駄なのだろうか。
傍の少女の物言わぬ骸を見つめて、ヒロは涙を流した。
──頑張って、ヒロ。負けないで帰ってきてね。
少女の言葉が脳裏に蘇る。そうだ、少女と約束したのだ。負けないと。
ヒロは顔をあげた。
涙を流しながら、それでも立ち上がる。
「それでも! それでも俺は、お前を倒す!」
そして、長い長い神話のような戦いが始まったのだった。
世界の終わり──あるいは神話の始まり くれは @kurehaa
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