第35話


『理解できません。どうして、言わないんですか? そんな大事なことを! そういうところ、大嫌いです』


 リリィは弁当を食べながら、俺を睨みつけた。

 怒るか食べるか、どちらかにすればいいのに。


「ごめんて。言ったつもりだったんだ。俺の分の卵焼き、食べる?」


 謝りながら、リリィの機嫌を取る。

 言ったつもりでいたが……。

振り返ってみると、確かに言っていなかった気がする。


 これは俺が悪い。


『……反省してますか?』

「大事なことは、ちゃんと言う」

『……仕方がないです。許してあげます』


 リリィは小さく鼻を鳴らした。

 そして卵焼きを食べて、目を細めた。


 幸せそうな顔だ。


「普通、言い忘れるか……?」

「本当よね。我が息子ながら、呆れるわ」

「人のこと、言えないだろ、美琴。お前が伝えれば良かった話だ」


 離婚前は、河西美琴。

 旧姓、そして今は、久東美琴。


 それが母の名だ。


「聡太が伝えてたと思ってたのよ」

「この母にして、息子ありだな」

「遺伝って怖いよねぇ」


 美聡はケラケラと楽しそうに笑う。

 あのさぁ。


「お前だって、言ってなかっただろ?」

「私は言ったわよ? アメリアちゃんが、話を聞いてなかっただけ」

「……きいてないです」


 リリィは美聡を睨みつけた。

 俺が悪いのは認めるが、美聡だって同じくらい非がある。


「ほら、聞いてないって言ってるぞ」

「言ったわよ。私と聡太は家族って。ちなみに、姉は私ね?」

「……」


 美聡の言葉に、リリィは目を泳がせた。

 そういえば、言ってたな。


 ……あれ? 


「リリィ?」


 もしかして。

 リリィにも非があるのでは……?


『あ、アメリアではなく、リリィでいいですよ! お義姉様!!』

「本当に? ありがとう、リリィちゃん! 分かってるわね!!」


 美聡はリリィの手を取った。

 誤魔化したな……リリィのやつ。


 というか、さっき、聞き捨てならない言葉があったな。


「兄は俺だぞ。先に産まれたのは俺だ」

「あら? 知らないの? 後から産まれた方が、先に入ってたってことだから、姉なのよ」

「それ、迷信だろ? 法的には先に産まれた方が、兄だから」

「でも、私の方がお姉ちゃんっぽいと思わない?」

「何だよ、ぽいって。ねぇ? リリィちゃん」

「そうですね」

「リリィ!?」


 思わぬ裏切りに、俺はリリィの方を見た。

 リリィはおにぎりを食べ終え、サンドウィッチに手を伸ばしている最中だった。

 

 どっちが上とか、どうでもいい。

 今は食事だ。

 そんな顔だ。


「争うのも、馬鹿らしいか」

「ふーん、じゃあ、認めるんだ?」

「好きにしろ」


 法的には俺が兄。

 それは変わらない。


 そんなこんなで、久しぶりの家族団欒は終わった。

 なお、美聡と父が持って来た弁当を含め、三分の一くらいはリリィが食べた。


「ところで、みさと」


 食事を終えたリリィは小さく、咳払いをした。

 そして父と母に、チラっと視線を向けた。


 ……どうした?


「ひとつ、いっておくべきことが、あります」

「……何?」


 どうしたんだ? 

 あらたまって……。


「このようなばで、いうべきでは、ないかもしれませんが」


 リリィは少しだけ気まずそうな表情を浮かべる。

 そして美聡を真っ直ぐ、見つめて……。


「きんしんそうかんは、かみさまが、ゆるさないとおもいます」


 ……何言ってるんだ、こいつ?


「……は?」


 美聡はポカンと口を開けた。

 父と母は、顔を見合わせる。


 きんしんそうかん。

 ……近親相姦!?


「待って、リリィちゃん! あなた、勘違いしてるから!!」

「すみません。でも、あなたのためをおもうと……」

「落ち着いて、リリィちゃん。あのね、確かに私はいろいろとそういう言動したけど。あれはリリィちゃんを揶揄うためだからね? そういうのじゃないから!! ちょっと、お父さん? お母さん? そんな顔、しないで!! 違うから!! 聡太も、ほら、何か言いなさいよ!!」


 美聡は大声で怒鳴り散らした。

 こいつが慌てるなんて、珍しい。


 しかし、なるほど。

 何か最近、距離感が近いなと思ったら。


「そうだったのか……」

「聡太! 悪乗りしない!! 洒落にならないわよ!!」


 美聡は俺の肩を掴み、強く揺すった。

 とりあえず、俺は「そんな、まさか」という顔をしておく。


「ふふっ……くくっ……あははは」


 リリィは堪えきれなくなったのは、大きな声で笑い出した。

 そして意地悪い顔で、言った。


「しかえし、です」

「……え?」


 美聡はポカンと口を開けた。

 こいつのこういう顔も、珍しいな。


 いいモノが見れた。


 リリィ、様々だな。



_____________

エピローグ


「リリィ、体育祭、どうだった?」

 

 体育祭が終わった、帰り道。

 俺はリリィにそう尋ねた。


「たのしかったです」


 リリィは気分が良さそうな声でそう答えた。

 慣れないイベントだとは思うが、楽しんでくれたようだ。


「でも、あつかったです……」

「ああ、うん……」

「それに、いろいろ、つかれました。きもちが」


 きもちが?

 気疲れしたということか……?


「でも、よかったです。にほんにきて」

「それは良かった。……楽しいイベントは、まだたくさんあるから」

「たのしみにしています」


 リリィはそう言って頷いた。

 そしておずおずとした調子で、手を伸ばし……。


「え?」


 俺の手を、握って来た。

 そして距離を近づけてくる。


 振り解くわけにもいかず、俺は困惑する。


「そろそろ、なつ、ですよね?」

「ああ、うん」

「うみ、いこうといったの、おぼえてますか?」

「あ、あぁ……もちろん」


 今、思い出した。

 帰国する直前、夏休み前。


 リリィに「海に行こう」と誘われたのだ。


 俺は帰国が迫っていたこともあり、スケジュールの問題で断るしかなかったが……。

 それが喧嘩の原因だったなぁ。


「ことし、うめあわせ、してください」

「ああ、うん……埋め合わせね。分かった……日本の海でいいかな?」

「はい。プールでも、いいですよ」


 海か、プールか。

 場所、考えておかないとな。


 しかし貴族令嬢のお眼鏡に叶うような場所、あるかな?


「では、こんど、みずぎ、えらびにいきましょう」

「……水着?」

「ないと、およげないでしょう?」


 それは、そうだけど……。

 俺と?


「そーたが、えらんでください」

「俺でいいの?」

「そーたが、すきなの、きます」


 リリィは頬を赤らめながら、そう言った。

 う、うん……まあ、いいけどさ。


「わ、分かった……」


 イギリスだと、親友同士で水着を選ぶのか……?

 今度、メアリーに聞いてみようかな……。


 そんな疑問を感じながら。

 俺は夕焼けの中、親友リリィと手を繋ぎながら、歩いた。






_________

二巻決まったら続きます

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【書籍化】語学留学に来たはずの貴族令嬢、なぜか花嫁修業ばかりしている【5/1発売予定】 桜木桜 @sakuragisakura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ