作り物の再会
周囲の状況をある程度観察しながら、俺は入学式の会場へと向かっていた。俺の横にはレヴィも一緒にいる。
彼女は学生に気付かれたくないのか、マスクで素顔を隠している。入学式早々混乱が生じることは彼女としても避けたいようだ。
ただ、ここに有名女優が来ていたとしてもそこまで不思議なことではない気がするがな。
そもそも、ここには政界でも有名な人の子息なども来ていることだ。
何も有名人は彼女だけではない。
そのことは彼女もよくわかっていることだろうが、そんなことはあまり関係はないのかもしれない。
「流石にこう言った会場は普通、よね」
「どこも同じようなものだろう。そもそも変わりようがないと思うがな」
「……ここまで凄い機関なのに、ちょっと肩透かしね」
彼女はそう言っているものの、この会場も普通のものよりかはかなり立派なものだと俺は思っている。ところどころに最先端と思われる端末であったり、設備があるのだからな。
とはいえ、そう言ったことは普通の生活をしていれば気付くことはないか。それに、この会場はそう言ったものを意識させないよう設計に工夫されているように思う。
それら最先端の全てが自然にこの会場へと馴染んでいるところを見るに優秀なデザイナーや建築家が協力して建てたようだ。
そういえば、建築デザインなどを学ぶ学科などがあったような気がする。こう言ったことも学びの一つなのだろう。
「そうとも言えないだろう。こう言った建物を見るだけでも学びになることだってある」
「確かにデザイナーとかそう言った人たちにはいい刺激になるのかもね」
それから俺たちは案内に従ってその会場を進んでいく。中はかなり広く、演劇などもこの会場でするようだ。
才能ある役者として呼び出されたのだとしたら、彼女もここで演劇をするのだろうか。
もし、そうなのだとしたら、その時は観てみたいものだ。
受付へと向かい、自分の学生証を見せると札のようなものを渡された。
どうやらこれから向かう会場の番号のようだ。それによると俺が向かうのは小さい会場になるようだ。
「それはそうと、どうやら俺とレヴィとでは向かう場所が違うようだな」
「……制服は同じなのにね」
「レヴィは普通の大会場なのか?」
「そうね。多分多くの人がそこに行くと思うんだけど……違ったようね」
そもそも俺は本来ならここに入学することができなかった身だからな。そう考えたら、普通とは違った学生と言う扱いになるのかもしれない。
ただ、ここで俺だけ他の会場へと向かうことになれば、妙に目立ってしまうだろう。
まぁ文句を言ったところで状況が変わることはない。
「ここでお別れだな」
「ええ、アルと話せてよかったわ。もしまた機会があれば、お話ししましょう」
「ああ、そうだな」
そう言って彼女は大会場へと続く廊下を歩いて行った。
俺もそろそろ別の方の会場へと向かう必要があるようだ。おそらくは俺をこの学院へと送り込んだ本人がいるのだろう。
その別の会場へと向かう。
小さな会場と言うこともあって小規模のイベントなどで使われるような場所のようだ。
とは言っても、扉はそれなりにしっかりとしており、開くのに少し力がいるようなそんな場所だった。
それに、ここは他の場所とは違って少しばかり古い構造になっている。扉が自動ではないところを見るにここはあえて先端技術を使っていない場所のように思える。
その扉を開くと中には一人の少女が椅子に座っていた。
「お久しぶりです。アルサファス様」
「……二年ぶり、だな。フェリル」
「こうしてお会いするのはそうですね」
そう言ってゆっくりと立ち上がった彼女は以前と何一つ変わらない美しい銀髪に冷たさのある碧眼を持つ少女だった。そして、左手には杖を持っている。
「まだ杖を突いているのか」
「はい。私には必要なことです」
「なおせるだろう」
「いいえ、私はこれで大丈夫です。これは私にとって大事なものなのです」
左足に機能障害を持っているため彼女は杖を突いて歩行している。
ただ、この学院群は完全なバリアフリーとなっており、多少の障害があったとしても何不自由なく生活することができるだろう。
それに、なおしたくないと言うのはどうやら彼女の本心のようだ。これ以上俺が何かを言う必要はないか。
「大事なものか。それで、フェリルもここに呼ばれたのか?」
「はい。こうした出張は普段しておりませんが、必要とあれば私は動きます」
「その制服、学生として活動するようだな」
「もちろんです。この制服、美しいデザインですよね」
そう言って彼女は自分の着ている制服を見ながらそう言った。どうやら彼女は俺と違って招待生として呼ばれたようだ。彼女の服は基本的に俺と同じようなものだが、胸元にある紋章が少しだけ違う。
そんな制服に使われている生地も上等なものを使っている上に、どこか騎士然としたそんな風格すらあるようなものだ。
このような上質な服を学生である俺たちが自由に着ていいものかと思ってしまう。制服だけで何十万もすることだろう。
「……まさか、フェリルも呼ばれていたとはな」
「意外、でしたか?」
「いや、それほどに緊急なことなのだろうな」
「ふふっ、私とあなたとで手を組めばどうなるか、彼らがわからないわけがないでしょう」
確かに彼女と手を組めば不可能なことなどないように思える。
しかし、ここでは彼女の持つ莫大な資金は通用しない。
一個人が持つ資金でなんでもできるほど、この島は簡単ではない。あらゆる先端企業、大企業が大量の資金を投じているのだからな。
もはやそこに個人の資産で太刀打ちできるものではない。それはフェリルであっても同じことだと言える。
「少なくとも、フェリルもここでは個人だ。何か大きなことをするには制約が多すぎる気がするがな」
「それもそうですね。ですが、その時になれば……」
「無茶なことはするな。均衡が崩れてはそれこそ大問題だ」
「ええ、おっしゃるとおりです」
一体彼女が何をしようと考えたのかはわからないが、俺にとっては非常に不都合なことになるだろうな。
この島の均衡が彼女の行動によって崩れてしまってはそれこそ意味がない。
そもそも、この島の均衡が非常に危険な状態で保たれていると言うのは入学する前にわかっていたことだ。今更その均衡を安定させたいとは思ってもいない。
それに、その絶妙なアンバランスの上でこそ人は成長するし、企業も共に成長するのだろうと思っている。あくまで、それは理想論なのかもしれないが。
「せっかくの入学式、俺たちを呼び出して一体何を話すって言うのだろうな」
「……呼び出したのは私です」
「なに?」
「呼び出したのは私です」
「どうして俺なんだ?」
「呼び出したくなったので呼び出したのです」
理由になっていないような回答だが、なぜ入学式のこのタイミングで俺を呼び出したのだろうか。
俺も普通の入学式と言うものを経験してみたかったものなのだがな。
まぁこうなってしまった以上はどうすることもできないか。時計を見て、もう入学式も始まっている頃だろう。
ここで俺が遅れて扉を開けるとそれこそ注目の的だ。ここは仕方なく、ここで過ごすしかない。
そう諦めた俺はそのまま彼女の前にある椅子に腰を下ろした。あと二時間ほど彼女と一緒にいるのか。
「私と長くいるのは不安ですか?」
「不安だ」
「私は何もしません。いつも通り、私は傍観者であり続けます」
「……対面している時点で傍観者ではないのだがな」
「私はそう判断します」
フェリルがそう判断したところで意味はないのだが、ここで俺が何かを言ったところで彼女の言動が大きく変わることはないだろうな。
そもそも、なぜ俺をここに呼んだのか未だに理解できない。何か裏があるとしか思えない。
「目的があると、そう思っているのですね」
「そうでなければ、こんなことはしないだろう」
「では、その目的と言うものをしましょうか」
そう言うと彼女はゆっくりと立ち上がると、足がもつれたのか俺の方へと倒れ掛かる。
「——っと」
それを俺が支えようと抱きしめる。
ただ、彼女もそれに応じて腕を回し、俺を抱きしめる。まるでお姫様を抱いている王子様になった気分だが、なぜだろうな。彼女相手だとそうは考えられない。
「こう言うことです」
「……古典的な場所を選んだのも、これのためか?」
「流石に誰かに見られてはいけません。カメラでの記録も同じです」
まさか、そこまで見込んでこの場所を用意したとは思ってもいなかった。確かに二年も会っていなかったとなれば、彼女とて寂しくなるのだろうか。
とは言ってもメールなどの文面でやり取りはあった。何度か通話もしたことがある。そこまで寂しくなる理由などなかったように思うのだが、どうやら彼女にとってはそうではなかったのだろうな。
それに、こうして触れ合うことで伝わるものもあるだろう。
この人形のように美しい彼女の肌も、心地の良い体温も、触れ合うことで初めてわかるのだからな。
全く、手の込んだ作り物の再会だ。
エリート主義学院の超越せし者たち 結坂有 @YuisakaYu
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