トレンミュール
列車が海の上を走り始めて十数分、窓の外からこれから向かう離小島が見えてきた。
その小島はかつて『レデオミューレ』と呼ばれていたようだ。しかし、近年の開発により、その小島は非常に高度な研究学院都市へと変貌した。
そして、その都市の名前は『トレンミュール』と呼ばれるようになった。
もちろん、ここを開発したのは今から五十年ほど前、クラベリートと言う新しい国家体制へと変わったと同時に開始された。
それほどにトレンミュールは今の国家が重要視していると言っていい。
ここの卒業生の中には、大企業の重役に就く人間やさらには政府に関わる人も多く存在している。それだけでなく、世界に向けて活躍するアーティストやアスリートも多く在籍しているのだ。
「……そろそろ島に入るようね」
「そうだな。ここに入れば世間から隔絶されたも同然だ」
「でも、通信はできるのでしょ?」
「外の状況を知る程度だ。ここから送信されるほとんどのデータは制限されている」
それは最前線を研究する場所だからこその保護システムだ。
ここでの研究は軍事に関わる研究も行われているため、そう言ったシステムが構築されるのは当然だ。
ただ、完全に隔絶されているわけではなく、ここから外の情報にアクセスすることは可能となっている。
「そこまで必要なのかしら」
「必要かどうかはわからないが、研究なんかは守られるべきだろう」
この島では学生が教育を受けるだけではなく、高度な研究設備なども多く存在している。
それほどにここでの研究は高度なもので、国が秘密を守るために設計するのは当然とも言える。
もちろん、この島を利用するのは学生だけではない。一部の区画には研究者や教師にあたる人たちなど多く在籍している。それらは企業などから選出され、政府の監査のもとこの島で研究などができる人たちだ。つまりはエリートの中のエリートというわけだ。
ここ、トレンミュールの人口六万人のうち六割近くが学生、三割が研究者や教授で残りが一般人だ。とはいえ、その一般の人と言うのも研究者の家族などと言った特別な事情のある人のみで構成されている。この島にごく普通の人と言うのは存在しない。
「まぁ、そうね。加速器って言うのかしら。そう言うのもあるのでしょ?」
「確かにあるみたいだな」
「……私たちの行く大学、普通じゃないのね」
「そもそも大学かどうかもわからない」
特殊な構造でかつ、教育カリキュラムにおいても普通とは大きく異なるもののようだ。
昨日読み込んだパンフレットにはこの島での生活は非常に自由なものになっているものの、必修となるカリキュラムがあるらしく、それらを学んでいくことが必要のようだ。
ただ、それぞれの特技や特性に合わせて、好きな研究などができるよう様々な配慮がされているとも言える。
それらの授業さえ受けていれば、この島では自由な生活が保障されている。そして、未来のエリートへと成長していくことを政府から期待されている。
そう聞けば、少しばかり不安になるものの、才能などを認められた俺たちはここで自由に過ごし、自身のその才能を思う存分引き上げてほしいとのことだ。そうすることで、このクラベリートとしての国力も自然と向上していくのだと信じているらしい。
「ま、ここに来た以上はちゃんとやらないとね」
「ああ、お互いにな」
「そういえば、興味のある学科とかあるのかしら」
「今のところは特にない。強いていえば、社会学には興味があると言ったところだ」
そのことは本当のことだ。何もここで嘘を吐く必要なんてないからな。
社会だけでなく、経済なども興味はあるものの、今の俺にとっては少しばかり荷が重過ぎる。
「ふーん、そうなんだ」
「レヴィは何を勉強したいんだ?」
「もちろん、演劇なんかもそうだけど、政治とかそう言うのにも興味あるかなって」
「確かに難しそうだ」
彼女の発言からがそのような分野に興味があると言うことは薄々わかっていたが、どうやら政治に関わりたいとでも思っているのだろうか。
女優だけでなく、アイドル的なことにも積極的だったと記憶している。
まさかとは思うが、あの報道官のようになりたいのだろうか。
「あ、テディ報道官のこと考えてるでしょ」
「まぁそうだな。彼女も以前はアイドルだったそうだな」
「今も現役みたいなものでしょ? 歌ったりしてるし」
「正しく政府のアイドルと言ったところだ。彼女のようになりたいのか?」
「まさか、私はもっと中央に行きたいの」
俺もきっとそうだろうと思っていた。レヴィの瞳には並大抵のものではない覚悟のようなものが見えたからだ。
彼女ならきっとその役職に就くことができるのかもしれないな。
ただ、それもこの学院群で専門的に学んでいく必要がある。どちらにしろ、簡単な道ではないのは確かなようだ。
「私も、そう簡単なものじゃないと思ってるし。でも、やらないといけないから」
「それが夢なのだとしたら、全力でやるしかないだろう。そのための機会ならもう得たも同然だ」
そもそも、この学院に入ることが許された時点で他の多くの国民とは違った機会が与えられている。
この機会を無駄にすることなく、自分自身のために尽くすことができれば何者にでもなれることだろう。それはきっと俺も同じだ。
『まもなく、トレンミュールへと到着します。手荷物など忘れずに……』
そうアナウンスが鳴り始める。
この列車の速度も徐々にスピードを落とし始めている。
窓の外を見てみると、先ほどの海岸から離れて大きなビル群が見えてきた。
どうやらあの場所が俺たちが向かう学院都市となるのだろう。
「……ほんと、大都会ね」
「人口は少ないがな」
「とりあえず、行きましょうか」
それから俺たちは列車を降りることにした。
他の新入生も俺たちと同じようにして駅へと降りると、すぐに入学式会場へ向かう案内板が立っていた。
「結構歩くのね」
「駅はここだけだからな」
「だから荷物は最小限に、って書かれてたのね」
俺も彼女も手荷物と言えるものはこの小さめのスーツケースだけだ。
会場はここから数百メートルと離れているものの、今日1日だけだと思えば、そこまで苦労することでもないだろう。
季節的にそこまで暑いわけでもない。むしろ肌寒いと感じるぐらいだ。上着を着ているものの、嫌な汗をかくほどではない。
「整備された道、これも最先端なのかしら」
「どうだろうな」
「質感としては……って素人が見たってわからないわね」
まぁそうだろうな。俺もこの特殊なアスファルトについてはよくわからない。
撥水をよくしているのか、それとも吸水するのか、見ただけでは判別はできないか。
とはいえ、歩くのに全く支障がなく普通の道路よりかは歩きやすいとすら感じる。
それにしても、なぜ駅から会場まで歩かせるのだろうか。
バスを手配するのも難しいものではないはずだ。おそらくこれには何かの意味があるのだろうか。
俺は道だけでなく、周囲も見渡してこの学院群を調べてみることにした。
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