【KAC20241】『伸びたカップ麺と、俺と彼女』
小田舵木
【KAC20241】『伸びたカップ麺と、俺と彼女』
「君には3分以内でやらなければならない事があった」
「…そうかいな」
「カップ麺、頼んでたろ?」
「頼まれたっちゃ頼まれた」
「見給え、この惨状を!」
そこには麺が伸びきったカップ麺がひとつ。
「…反省はしてる。謝る。だが…まあ。俺にもやらにゃならんことがあった訳だ、この3分以内にな」
「ああん?私の貴重な昼飯以外に何があったと?」
「電話対応。事務所に誰も居なかったからな」
「カップ麺作りながら対応するんじゃないよ」
「仕方ねえだろ、鳴るもんは鳴る」
「んなもん、待たせとけっ」
「待たせる訳にもいかねーよ。こんな何でも屋、電話待たせるだけで信用が吹き飛ばあ」
「そんな信用、私には要らん!」
「そういう地味ぃなところから成り上がっていくのが人生だ」
「ほう。そうかいそうかい。私の飯を台無しにしといて。君は説教を垂れる訳だ」
「垂れるねえ。俺とお前の共同経営だろうが。この何でも屋は」
「とは言え。私の方が出資比率が高い。即ち、ココのボスは私だ」
「…異論はないが。まあ、今回の話とは関係なくね?」
「いいや。関係あるね。ボスの私がだ、君にカップ麺を任せて少し席を離したらだ、君という阿呆はカップ麺作りながら電話対応しやがってからに。お陰で私のカップ麺は伸び伸びだっ!貴重な150円、返せっ」
「…払うから。唾飛ばしながら喋るんじゃねえ」
「興奮もするわっ!このバカタレ」
「興奮したっちゃ、麺は戻らねえ」
俺は。150円を財布から出して。
ボスの彼女に支払う…正直、あまり納得はしてない。
そも。カップ麺を人に作らせるってどうなんだ?
普通、3分位待てるだろう?
だが。彼女は。どうにも落ち着きがない。
3分あれば。別の事が出来ると考えるクチなのだ。
今回も。俺にカップ麺を任せ、事務所の外で何かしていた。
…そもそも。昼飯時の今、カップ麺を作らせておいて。彼女は何がしたかったのだろうか?
「…なあ。お前は一体何をしていた?」俺は
「私か?私はなあ…」ここで言葉をつまらせる彼女。
「人にカップ麺を作らせてでもやらなきゃいけない事って何だよ?」
「…書類を。取りに。車に戻ってた」
「急ぎの書類なんて無かったろ?」
「仕事としては、な」
「あ?プライベートな何かかよ?仕事に持ち込むなや」
「いいや。今しかチャンスは無かった訳だ」
「あん?」いまいち話が飲み込めない。
「君は仕事でしょっちゅう席を外すだろ」
「そりゃ仕事柄そうだな」俺の仕事は何でも屋。依頼されれば何時でも何処にでも駆けつけ、何でもする。
「今日はたまたま昼の仕事がキャンセルになって事務所に居た」
「そして。アンタにカップ麺を作らされて。失敗した訳だ」
「…思い出させるな。テーブルの上の食べ物だった何かを思い出すじゃないか」
「お前は。俺に。何か用がある訳だ」
「あるねえ…重大なヤツが」
「なんだ?仕事場に持ち込むような用なんて」
「…これだ」彼女は書類を俺に見せる。白い用紙。そこには―婚姻届、とある。
「なあ。そんなモンは。プライベートの時に見せてくれや」
「とは言え。君も私も仕事仕事であまり顔を合わせないだろ?」
「んで…仕事の合間を狙った、と」
「まあな。しかし。婚姻届の前にとんだトラブルがあったな」
「カップ麺な。悪かったって」
「先が思いやられるぞ?」
「結婚なんて。そういうモノなんだよ。そして俺もそういう男だ」
「仕事を優先するってか」
「ああ。じゃないと―お前を食わせられん」
「お前に食わせてもらうつもりはない」
「…だろうな。だが。まあ。格好はつけたい」
「格好つけんで良い。お前の分も私が稼いでやるから」
「そーいう訳にはいかないの」
「頑固だなあ、君は」
「そんな俺に惚れたんだろ?」
「そりゃそうだが―」
伸びたカップ麺。
それが俺達の婚姻の瞬間を彩った。
それはこれからの夫婦生活のメタファーなのかも知れないが。
ま、俺はこの相棒と。何とかやっていく他ないのだ。
そういう運命にある。
【KAC20241】『伸びたカップ麺と、俺と彼女』 小田舵木 @odakajiki
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