雪山~茸

 熊の背から、無数の触手が伸びる。

 素早く飛び跳ねながら、リトは触手を掻い潜る。


「むぅ~邪魔だなぁ」

 流石のリトも、触手が邪魔で飛び込めない。

 かすり傷ひとつでも、マスターが嫌がる。

 その為リトは、無傷で仕留めないといけなかった。

 大きく避けないとならないので、今一歩踏み込めなかった。


 常人は反応すら出来ない速度で、絶え間なく襲い掛かる触手。

 リトは眉ひとつ動かさず、かすらせもせず、軽やかにかわして切りつける。

 誰よりも近くで、あのを見て来た。

 視界に捉える事すら至難な速度の触手を、かわしながらナイフを当てる。


 ぬるぬると滑る触手の表面に、小さくとも確実に傷をつけていく。

 リトを襲う触手が、次々と垂れ下がり、海岸に広がっていく。

「むぅ……毒が広がっていかない」

 リトのナイフの、いや魔法の鞘に仕込まれた魔法の毒。

 その毒が触手の動きを奪うが、本体までは流れていかないようだった。


 魔法の鞘の毒は、使用者の魔力で強化される。

 例えばリトを(勝手に)師と仰ぐ、魔法少女が使えば、絶大な威力となる。

 本来、毒が効かない竜でも、神でも悪魔でも麻痺させるだろう。

 だがリトは、それを知らない。

 大事な装備を人手に渡す事もない。


 毒の効きが悪くとも、無数の触手が海岸に垂れ広がる。

 まるで漂着した昆布のように。

「ゴァアアアアッ!」

 触手を失い、初めて熊が吠える。

 無言で踏み込むリト。


 小さなナイフ一本で熊の懐へ、リトは一息に飛び込んだ。

 マッパの幼女に、鋭い大きな爪が振り下ろされる。

「それを待ってた」


 熊の手にナイフを合わせる。

 リトのナイフでは、硬い体毛に護られた熊の体表に、傷をつけられない。

 リトが狙っていたのは、その肉球だった。

 海熊の肉球の隙間に、ナイフが小さな傷をつける。


 例えゴーレムだろうと麻痺させる、不思議な魔法の毒。

 小さな傷が、熊の動きを止めた。

 腕を振り抜き、そのまま熊は倒れた。


「ふぅ、ちょっと貰ってくね~」

 麻痺した熊から、海藻のような触手を切り取る。

 目的の食材さえ手に入れば、熊には興味はない。

 危険な人喰いのモンスターを、リトは放置して立ち去った。


 海から南へ向かい、リトが次に目指すのは皇国の雪山だった。

 元皇国は現在無政府状態で、取り敢えず帝国が管理していた。

 人の出入りは制限されており、国境には帝国の警備隊がいた。

 Cランク冒険者の資格を持つリトだが、国境で止められる。


「山にね、キノコ採りに行くの」

 目的を訪ねる警備兵に、不思議な答えを返す幼女。

 彼女を囲む兵士の誰も、その意味を理解できなかった。


 鉱石とレアメタルだけの貧しい国。

 その王家が滅び、資源の管理に各国がもめている時期だった。

 そんな山へ軽装の幼女が、キノコを採りに行くという。

 嘘が一つもない、素直な言葉だったが、その意思は伝わらない。


「そもそも、そんな軽装で雪山になんて無茶だろ」

 どうしたものか戸惑う兵士が、防寒着すらないリトに注意する。

「平気……ウサギだから」

「「???」」


 そんな無駄な問答に、上官が様子を見に来た。

「何をしている。民間人の通行は許可できないぞ。ん?」

「あ……メロン」

 リトを見て顔を顰める上官に、その名を口にするリト。


「誰だそれは。ロビンだ」

「ん……そうだった。おひさ」

 帝国軍部のナンバー2、将軍ヨシュアに仕える副官ロビンだった。

 たまたま現地視察に来ていたようだ。

 No2が現場に顔を出すほど働く、相変わらず気持ち悪い国だった。


「奴は一緒ではないのか」

「マスターに食べさせる食材を採りに来たの」

「……そうか。民間人は喰うなよ」

「分かった、食べない」


 交渉? の末に検問を通過したリトは、雪山へ向かう。

「よろしいのですか。あの幼女はいったい……」

「構わん。止めようとしても、どうせどうにもならん」

「は、はぁ……ただの幼女ではないと」

「奴隷の獣人だ。あれの主人が、厄介な奴でな。関わりたくない」

 ロビンは溜息交じりに、見なかった事にしろと指示した。


「あったぁ。うん、結構育ってる」

 そんな軍部の事は気にもせず、雪山でキノコ狩りをするリト。

 山に入ってすぐに、大きなキノコを見つけた。

 魔法の鞘からナイフを抜き、猛るキノコに飛び掛かる。


注) タケリダケ

 ヒポミケス属ヒポミケスキン科の菌が寄生したキノコです。

 正確には茸の種類ではなく、成長を阻害され、奇形になったものです。

 キノコも菌ではありますが、あれは植物だと地表に出た花の部分です。

 本体は地中に伸び拡がっております。

 そんな菌の花が菌に寄生されたものが、タケリダケという現象です。

 大きく育っても、表面を包んだ菌に、笠が開けなくなってます。

 男性の猛るイチモツ、にしか見えないのでタケリダケと呼ばれます。

 食用にはならないが、食べると美味いらしいという、矛盾な茸です。

 毒が旨味成分だったりするので、毒キノコは美味い物が多いらしいです。

 お薦めはしませんが、試すならベニテングダケあたりでしょうか。

 その毒も旨味成分なので、強い旨味を感じるそうです。

 少量ならば致命な毒でもないので、短期入院くらいで済む……かもしれません。

 麻痺毒らしいので、心臓や肺など、大事な臓器が麻痺しなければ、大丈夫です。

 これは試していませんし、責任はもてません。

 基本的に、人は心臓が止まると、活動できません。

 これは試したので間違いありません。

 皇国には見た目が似ている、ニセタケリダケという茸があります。

 食用にはならなりませんが、こちらは見た目が似ているだけでです。

 さらに、それに似たニセタケリダケモドキもあります。

 皇国の雪山にしか居ないという希少種です。

 ただモドキの方は、キノコではなくです。

 近付くと襲ってきますが、地中の根のような部分は食用になります。


 大きく頭を振って、リトを迎撃しようとするニセタケリダケモドキ。

 リトがすっぽり、中に入れる程に大きい。

 見た目は幼女を襲う、巨大なイチモツ。


 キャアキャア騒ぐような小娘でもない、立派なレディなリトは冷静だった。

 笠の根元、魔物の急所へ、的確にナイフを沈める。

 背後を取り、首に腕を巻き付け、確実に仕留める暗殺者のように。

 背後も首も、何処なのか分からないが。


「イシシ……たいりょうたいりょう」

 地中に伸びる、根のような部分を掘り出し、ほくそ笑むリトだった。


 急いで王都の家に帰り、揃った食材をキッチンに並べる。

 カカオ(媚薬の原料にもなるアオイもくの植物、使うのは種)

 ニンニク(精力を増強する植物)

 しょうが(精力をつけ、胃腸に刺激を与える植物、腹痛や下痢を起こす)

 アボカド(数千年の歴史をもつ果物)

 クビレズタ(海ぶどう)

 リチモニ(昆布のような触手、食べる獣人もいるが、ヒトには単純に毒)

 ニセタケリダケモドキ(魔物の一部、食用にもなるが、基本的には毒)


 獣人の奴隷三人で、砕いて刻んでり潰す。

 ぐつぐつと煮込んで、塩コショウで味を調えて完成だ。

「出来たっ。子沢山ウサギ獣人の精力剤、ごった煮スープ風」

「「やったっす、姐さん」」

 パチパチと手を叩く猫と羊。


 兎も猫も羊も、全員が肉食なので、誰も味見が出来なかった。

 リトが食材を集めて作ったと聞き、その匂いに怯みながらも、男は飲み干した。

「ん……う、うん。頑張ったな、リト」

 味の感想が『がんばったな』と、不思議な答えだったが、リトは浮かれていた。

 目的達成を目の前に、はしゃぐリトだったが、目的は果たせなかった。


 その後、男は三日寝込み、効果が切れるまで腹痛に苦しんだのだった。


 殺伐とした世界の、長閑な日常だった。

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食材集め とぶくろ @koog

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