食材集め

とぶくろ

海へ~海藻

「じゃ、後お願いね」

「任せて、アネさん」

「あ~しら、死ぬ気で留守を護るよ」


 そこは大陸中央の王国。

 王都郊外の屋敷から、一人の幼女が旅立つ。

 見送るのは奴隷の二人。

 猫と羊の獣人だった。


 東の共和国、今では帝国領となった海へ、リトは一人向かっていた。

 同じ獣人の奴隷、エルザとレイネから相談を受けた。

 主人である男に、跡継ぎが欲しいと。

 ついてはリト姐さんに、子を産んで欲しいと。


 それについては、リトも否やはない。

 だが見た目が幼女のリトに、マスターは欲情しない様子だった。

「それなら媚薬だね。強力な、獣人の精力剤を飲ませよう」

 おかしな方向へ閃いたリトは、その材料を求めて、海に向かっていた。


 秘伝の精力剤。

 殆どの材料は、王都で手に入る物だった。

 しょうが、にんにく、アボカド、カカオ。

 どうしても王都では、手に入らない食材があった。

 それは王国ではリチモニ、と呼ばれる海藻だった。


注) 海藻と海草(ウミクサ、ウミグサ)

 世界に約60種類あるそうで、リトの暮らす世界にもあります。

 海藻かいそうと違い、殆どは食用になりません。

 その名の通り草なので、根、茎、葉をもつ植物です。

 対して昆布、もずく等は海藻と呼ばれます。

 稀に混同して間違われるようですが、こちらは食用が多く、植物ではありません。

 です。

 ただ……そんなものを食すのは、日本人くらいなようです。

 海藻は毒をもつものも多く、そもそも消化できない人種も多いそうです。

 日本人は砒素などの毒があっても、味が良ければ構わず食べます。


 大陸東部の海岸で、3人の冒険者が岩場を覗き込んでいた。

 採集依頼を受けた、Dランクだった。

 Dランクになれば、護衛などの依頼も受けられる。

 一般的なランクだった。


「今日は余り居ないなぁ」

 なかなか目当てが見つからず、ぼやく青年剣士。

 彼の名はジェイミー。

 女性のような名を、よく揶揄からかわれていた。

 見た目も童顔で細身なので、女性に見えたりもしていた。


「誰かに獲られちゃったかなぁ。ここって穴場だったのに」

 獲物が見つからず飽きてきたか、腕を突き上げて空を見上げる。

 そんな彼はカーティス。

 男装の麗人といった見た目の令嬢。

 家の都合で男として暮らしているが、実は女性だったりする。

 魔法の道具で、身体も男になっている。


「何かに喰われたのかもな。おっと、見つけたぞ」

 長身痩躯の青年が、獲物を見つけて槍を岩に立てかける。

 彼はリー。

 男3人なのに、女性2人を連れているように、見えるのが悩みだった。

 長身だが、綺麗な長い髪に細身なので、彼も女性に見えなくもない。

 そんな彼は、女性よりも男性が好みだった。


 やっと見つけた獲物を、リーが掴んでナイフで仕留める。

「こんなもの、喰い尽くすような魔物モンスターっているかね」

 眉を顰め、リーの手の中を見るジェイミー。

 確かに、余り気持ちの良い見た目ではなかった。


「そう? 網に乗せて焼いたら、意外と美味しそうじゃない」

 カーティスは、それを美味そうだという。

 彼等の獲物は、薬の材料となる、海の魔物だった。

 その名は『キナカト』

 絡みつく内臓とも謂われる魔物だった。


注) 絡みつく内臓

 海岸の岩場、波が岩に当たり、泡になる辺りに棲む魔物。

 手のひらからこぼれる程度の大きさです。

 体表はオシャレなショッキングピンクとなっております。

 見た目は、ほぼ内臓です。

 臓器のような身体から、腸管のような触手を伸ばして絡みつきます。

 当然ですが、魔物なので肉食です。


注) 海のピンク紹介

 ついでのピンクのご紹介です。

 コーラクピンクは、黄みがかった柔らかなピンクです。

 その名の通り、そのまま桃色珊瑚ももいろさんごの色です。

 サーモンピンクは、日本名だと乾鮭色(からさけいろ)です。

 生ではなく、乾燥させた大人の鮭の身の色です。

 生臭そうですね。

 鮭のピンクは、アスタキサンチンというカロテノイドの色素です。

 海でたっぷりと甲殻類を食べて、色素を蓄えて色がつくそうです。

 ショッキングピンクは、エルザ・スキャパレリさんが作ったそうです。

 ファッションデザイナーの作った、鮮明なピンクとなります。


「「…………」」

「なんだよ……」

 内臓にしか見えない魔物を、焼いて食べようという発想に、無言で答える二人。

 そんな仲間に抗議しようとしたが、カーティスの手は腰の剣に伸びる。


 海の中のその気配に、手の獲物を手放し、リーも槍を構える。

「なんだ? 魚人か?」

 ジェイミーも剣を抜き、光を反射する海面を睨む。

「魚人は、もっと北の方でしょ」

 カーティスの言う通り、この辺りに魚人は生息していなかった。


 はじける波を割り、魔物の触手が飛び出し伸びる。

 身構えていて、なお、反応できない程の速度。

 濃緑色の触手が、リーの胸を鎧ごと貫く。

 寄せる波にリーが膝を着き、そのまま波に沈む。


「うそっ、リー!」

「くそっ、来るぞカーティス。構えろっ」

 取り乱すカーティスに、ジェイミーが怒鳴る。

 倒れるリーに、駆け寄ろうとするカーティス。


 海から波を切り裂き、触手が伸びる。

 横薙ぎに振られた触手が、カーティスの首を刎ねる。


「う……う、うわぁあああああっ!」

 自棄やけになり、見えない敵に突撃するジェイミー。

 悲鳴のような咆哮が、海岸に虚しく響く。

 魔物の姿を見る事すらなく、三人とも海に沈んだ。


 そんな海岸に、食材を求めるリトが辿り着く。

「ん……血の匂い。おなか空いたな」

 海岸に残る、血の臭いに、鼻をヒクつかせる。

 足元に転がる槍と内臓(のような魔物)を、静かに見下ろす。


「キナカト……美味しくないけど、コイツがいるなら……」

 リトの狙いは、絡みつく内臓ではなかった。

 それを餌とする魔物を狙っていた。


 岩場に荷物を下ろすと、一気に服を脱ぎ捨てる。

 マッパになったリトが、躊躇なく海に潜った。

「ぷはっ……いいもの見つけた」

 顔を出したリトは、クビレズタを握っていた。


注) クビレズタ

 たった一つの細胞で出来ているという、食用になる海藻です。

 ぷちぷちとした食感で人気の、不思議な単細胞生物です。

 海ぶどうという名の方が、一般的かもしれません。


 狙っていた物ではないが、オマケとして持ち帰るようだ。

 荷物のそばに海藻を置き、リトは再び潜って行った。


 三人たいらげただけでは、物足らなかったのだろうか。

 冒険者を襲った魔物が、海を泳ぐウサギに触手を伸ばす。

 水を切って伸びる触手。

 まるで弾丸の様に、奇妙なウサギ泳ぎのリトが、海上へ飛び出す。


「かかった。釣りの才能あるかも」

 自分の身を餌に、リトは魔物を誘っていた。

 リトを追って、魔物が岩場に上がって来る。

 いつの間にか手にしたナイフを構える、マッパのリト。


「イミ・カテニミイ……結構大物」

 リトは魔物を前に、満足気に微笑む。


注) 絡みつくもの

 王国では、イミ・カテニミイと呼ばれる魔物。

 大陸東部の海、海岸などの浅瀬に棲む。

 長い体毛にも見える、暗い色の藻に覆われている。

 背に生えた、昆布のような触手を伸ばす。

 陸地では後ろ足で立ち上がり、その体長は2m程に成長する。

 本体は海に棲む熊。


 海の熊と、マッパの幼女。

 二匹……二頭?

 魔物と獣人の死闘が始まる。

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