記憶をたどる行為は、とりわけあやふやなそれは、なんとも頼りない。壁にへばりついた蔦(つた)を命綱にして、壁面にしがみつきながらよじ登るようなものだ。
それでも、登らねばならないなにかがある。登った先で手にしたものを、皆に披露したいという気持ちがある。
たとえそれが、とんちんかんな失策(失礼)だったとしても。
たどった記憶の公表は、ときとして様々な余興(?)がモザイクのごとく混じることもある。いや、たいていの人間はそうなるだろう。そこに現実が、そう断定して悪ければ現実味が添えられる。
本作で、作者(ちさここはる氏、以下同)が忘却の絶壁を乗り越えた光景は、私としてはなかなかに見応えがあった。どうしてそんな行為をしたのか、ではなくどうして覚えていたのか、という点で。それは間接的に、作者がさらりと書き飛ばした内容に触れている。
だから、私の手は作者の言葉で熱を帯びたのだ。作者と同じように。その手で額をなでたら、今度は額が熱くなる。
詳細本作。