信じられなくなった少年

ノーネーム

第1話

 皆さんは知ってるのだろうか?

 時と場合、運などの様々な要因が重なってある日突然に“絆”が途切れることを。

 俺はそれを知っている。自分に愛想よく振る舞って喋りかける友人...それだけでない血の繋がった両親も俺を信じなかったのだから。


 だから俺はもうあの時から人に興味を持つことも期待することも今後決してない。


「...ちっ。久しぶりに嫌な夢を思い出した」


 思い出したくもないあの苦い思い出。いや、苦い思い出だと軽々しく語ることはできない。俺にとっては絶望に近いそれを経験したのだから。


 まぁ、そのおかげでこの世の中の辛さを思い知らされたという点においては感謝しておいた方がいいだろう。それでも経験はしたくなかったがな。


「よりによって今日が高校の入学式、か」


 入学式。それは誰しもが新しい出会いに胸をときめかせる、はずだ。俺もかつてはそう、だった。だけど今は別に胸をときめかるどころか、どうでもいいと感じている。興味すら湧かない。


「俺は本当に、救いようのない人間だっ」


 もう今ではその言葉は自分の口癖になっているような気がする。気がするではなくそれが自分の口癖だ。

 俺は自分にそう言い聞かせるようにして布団から出る。


「血の繋がった家族も一歩間違えれば、呪いとなるか」


 全員が全員、家族というものは掛け替えのない大切なもので時には自分を支えてくれる存在。もっと言うなら自分が生きる意味を与えてくれる存在だ。

 本当に掛け替えのない存在、なのだろう。


 だけど、俺は別にそんな大層な存在とは思っていない。あくまでこれは持論だが、時には血の繋がった家族でさえも赤の他人になる。これが俺の持論だ。


「お、お兄ちゃん...おはよう」


「....おはよう」


 遠慮気味に挨拶を自分からしてくれた彼女は俺の妹、齋藤飛鳥だ。以前は本当の兄妹のように仲が良かったがとある一件で妹を突き放した。

 多分、それは間違いなのだろう。俺は本当に器が小さく愚かな人間だ。本当は........何をばかなことを考えてるんだ、俺は。そんなことを認めてしまったら俺は、俺じゃない。今の自分を否定することになる。それだけは、嫌だ。


「ど、どうしたの?」


「....あっ、いや、別に何も」


 俺は逃げるように先にダイニングに向かった。本当に俺の妹は優しすぎる。普通はあんなにも突き放したら絶対に俺のことを嫌いなるのに。


 もう今日は予定より早く家を出よう。俺が家にいても息苦しいだけだ。

 俺はそう思って家を出ようとした瞬間に後ろの廊下から慌ただしい足音が聞こえてきた。今度はなんだっと後ろを振り向くと妹と同様に少し怯えたような様子のお母さんが立っていた。


「ま、誠。今日もお母さん仕事で忙しいからその....」


「いつも通り、俺が飛鳥の分も含めて夜ご飯を作ってでしょ?いつものことだから心配しなくてもいいよ」


「本当に毎日ごめんね。今日は息子の、誠の華やかな入学式なのに行けなくて本当にごめんね。私、今日は本当に行きたかったのに急遽、仕事が入ってきたから...。その埋め合わせとかではないけど少し日にちを跨いで家族全員で入学祝いしないかしら?」


「毎日、仕事で忙しいのに無理して俺の入学祝いする必要はない。気持ちだけ受け取っておくよ。...それに、いつも大事な日に母さんが来ないのは当たり前のことなんだから」


「ち、違うの!!!私はっっっ!!!」


「そういうのいいから...お互いのためにも、ね?」


 俺は母さんに向けて無理矢理笑顔を作って家を出た。後ろから聞こえてくる「待って」の声も聞かずに。

 母さんはとっても忙しい。その大きな理由が俺の父さんが少し前に癌で亡くなったからだ。家の大黒柱でもある父さんが亡くなったことにより家族を養う人がいなくなったのだ。親戚は父さんの葬式で母さんにたくさんの援助をしてくれたみたいだが、それでもまだ足りない。

 母さんは頑張って仕事を増やした。その結果、仕事ばっかりで家に帰ってくるのは遅く、学生にとっては重大な体育祭、授業参観など行けなかった。

 俺は仕方ないと素直に思った。お父さんが死んで一番悲しんだのは母さんなのだから。故に俺自身も母さんに気を遣って家事、そして妹の世話を自ら率先して行った。ひたすらに母さんを支えてあげようと。でも俺は心のどこかで甘えたかった。母さんに言って欲しかったのだ。「頑張ったね、偉い」と。そんなありにあふれたような言葉でいいから言って貰えたかったが母さんは毎日の仕事で疲れているのか「ごめん、休ませて」と家に帰ってはすぐに寝てしまう日々。俺はその日から段々と母さんに甘えることをやめた。でも俺は期待するのをやめることはできなかった。子供の俺は親に、母さんに愛情を欲していたのだから。

 だがその愛情すらあの事件で俺ははるか彼方へと捨てた。俺はあの事件で自分のことを信じてくれなかった母さんに嫌気がさした。家族との間にあった愛も絆もこんなちっぽけなものだったんだと俺は知った。


「家族でさえも俺のことを信じなかったんだ。あの時に少しでも期待する俺の方が愚かだった。だから俺は初めから何も期待しない。その方が裏切られたときに悲しいなんて絶対に思わない」


 その言葉の後に小さな声で「そのはずだ」と添えて。

 だから俺は…この目からこぼれている一滴の雫は知らない。

 それがしょっぱい味なんてことは認めない。


 一生に一度しかない高校の入学式。それは俺にとって今後の人生の青春のひとかけらになることもない。俺は死ぬまで敷かれたレールを馬鹿みたいに孤独に歩いてそして死を迎える。きっとそれは最初から神様にでも宿命づけられた運命。でも今の俺にはそれすら心地が良い。一人で生きて一人で死ぬなんてことは素晴らしいのだから。


 あのことをきっかけに狂った俺は高校の校門を潜り抜ける。

 四月に咲いている桜はいつ見ても本当に綺麗だ。そんな一種の感慨を思って。


 今日も俺は何も期待することなく一日を生き抜く。







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信じられなくなった少年 ノーネーム @Karate0601

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