愛はそこに

タカナシ

「愛はそこにあった……」

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。


「はいっ! OKです!! 今日もキレッキレのダンスでしたね」


 ダンスを終えた演者に声をかけつつ、僕の視線は舞台へと注がれる。

 この舞台を次の演目の為にセッティングしなくてはならない。その猶予は3分。

 それまでが勝負だ。

 平日は毎日が戦いである。そう、僕は3分クッキングのスタッフだ。

 

 これまでも僕と仲間たちはそのセッティングをこなして来た。

 だから、今日も大丈夫だと思っていたんだ。だけど、昨日が大丈夫だったからって、今日が大丈夫な保証は1つもないのに……。


「ぐああああああああっ!!」


 絶叫が木霊する。

 舞台から降りようとした演者の一人が転倒し、頭を抱えてうずくまっている。


「にんじんさんがっ!!」


 スタッフからも悲鳴があがり、その声で倒れたのが誰なのかすぐに理解した。


「な、なんだって……。あと約2分半しかないのに」


 仲間に支えられてなんとか立ち上がるが、とてもこの後の演目に出れる様子ではなかった。

 もう、頭の葉がバッキバキに折れている。復帰すら難しいだろう。


「まさか、にんじんさんが倒れるなんて……。いまから代役を探すか?」


 この舞台から一歩外へ出れば、そこは戦場だ。

 食うか食われるかの世界。

 そんな世界で果たして生き残っているものがいるのか?


 僕は材料へと目を向ける。


「あれは、にんじんさん。良かった。今日のキャストにはにんじんさんも居たんだ。これなら代わりに……」


 ピューラーで皮を剥かれ、あられもない姿へと。


「そうだよな。皮は剥いちゃうし、食材が五体満足なはずがない……。これじゃ駄目だろトラウマものだ。他に代役になりそうなのは」


 今日のメニューはキャベツとブロッコリーのポトフ風スープ。


「……はっ、そうだ。キャベツさんなら、多少葉を剝かれても見た目に問題は」


 厨房を見ると、今日の主役、キャベツさんが真っ二つに切り裂かれ、鍋の中へ放り込まれていく。


「キャベツさーんっ!! そうだよな。主役だから、全部使うよな! くっ、ダメか……」


 つぎに目に入ったのは、ブロッコリーさん。


「確実にブロッコリー特有のあのふさふさは使われるから、ダメだ。代役にはとても……。いや、待てよ。茎のところだけでも、遠目ならアスパラとかに見えるんじゃないか?」


 僕は目を細める。


「うんっ! 行ける!!」


 そう思った次の瞬間、茎まで細かく切られていった。


「エコっ!! 余すと来なく使う精神は素晴らしいけどもっ!! うぅ、もうダメだ。代役はいない、おしまいだ……」


 そのとき、ぽんっと肩に手が乗せられる。


「代役だろ。ぼくに任せて」


 男だか女だか分からない中性的な声の主は、羽が生えているかのように軽やかに戦場厨房に降り立つと、今日のもう一品、『ブロッコリーとキャベツのマヨサラダ』で使われていたマヨネーズに駆け寄る。


「だ、ダメですよ。そいつぁ、もう中身がほとんど使われて、虫の息です」


「あきらめるな! 虫の息ってってことはまだ生きてるってことだ。今から人工呼吸を始める。フーフーフー」


「人工呼吸? そんなことしても……、い、いや、まさかっ!?」


 とたんにマヨネーズのチューブは膨らみ、見てくれだけならば、他の野菜たちにも見劣りしない姿へと戻った。

 内側についたマヨのおかげで、あまり減っているようにも見えない。


「これで、代役はできたな」


「は、はい! なんとか3分ギリギリです!!」


「よし! ぼくらにせいで迷惑かけたな。ほら、マヨネーズ急ぐぞ」


 その飾らない姿は、まさに――。


「マジ、天使です! ありがとうございますっ!!」


「キユーピーだからな」


 我らが天使は、ニッとはにかんだ。


 戦場厨房の中の天使、愛は食卓にあった。

 

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愛はそこに タカナシ @takanashi30

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