ふつうの小学生女児になりたかった

渡波 みずき

ふつうの小学生女児とは何ぞ

 公立の小中高に通ったことがない。中高は私立の一貫校で、小学校は横浜の山手にある国大附属だった。だからわたしは、七つのころから毎日、電車を乗り継ぎ、一時間近くかけて通学していた。


 別にどこぞの嬢ちゃんだったわけではない。母には、「お休みの多い学校と少ない学校、どっちがいい?」なんて聞かれて、騙し討ちのように小学校受験した。フツーのサラリーマン家庭で団地住まいだったし、弟は公立に通っていた。ずっと後で、実家の荷物を整理したときに知ったことだが、幼稚園の連絡帳に、簡単に要約すると、「この子には公立は無理です。絶対いじめられます」みたいなことが書いてあった。たぶん、それが受験の理由だろう。親心だ。


 黒のローファー、ブレザーの制服に、夏は麦わら、冬はベレー帽。近所の子とは違う校章入りの黒いランドセル。帰宅が遅くなるから、幼稚園のときの友だちとは疎遠になって、近所に遊べる子は少なくなった。


 休みはほんとうに多かったけど、教育系の学部の附属校だったので、他校の先生が年に何度も授業参観に来たり、ディベートや人前での発表が多かったりと、引っ込み思案で自意識過剰なわたしには結構キツい環境だった。黒板の前で何度泣いたことかわからない。


 そんなわたしでも、友だちはそれなりにいた。友だちはみんな遠くから通っているので、彼らの自宅近くの駅まで寄り道したり、買い食いしたり。いちばん多く訪れたのは、しのちゃんの家の近くだった。


 しのちゃんは弘明寺に住んでいたので、関内駅から地下鉄に乗る。これがなんとも楽しくて、しのちゃんともうひとりの女の子といっしょによく、遠回りして遊んだ。エヴァが流行っていたころで、漫画を中古で探したこともあったなぁ。


 いちばん記憶に残っているのは、写真屋さんだ。駅舎のなかに写真の現像ができるお店があって、一度だけ、そこで現像を頼んだことがある。何を、って? 片思いしていた同級生男子の写真を、だ。


 前述のとおり引っ込み思案だったので、自分でなんか撮りに行けず、写真自体は、写ルンですを他の子に預けて、ぱしゃりと撮ってきてもらった。どんな写真が撮れたかもわからないのに、普通の現像に加えて、お店のカウンターで目に留まったテレホンカードも注文した。いくらしたのか正確には覚えていないが、全部で2000円近くしたんじゃないかしら。


 仕上がりには満足したけど、毎日写真を眺めるうちに、気持ちはますます募り、彼の誕生日にケーキを贈ろうとしたこともある。でもね、家から持ってきたから、ぐちゃぐちゃで。しのちゃんに相談したら、渡しちゃえ! って後押しされたのよね。渡しましたとも。


 怖かったろうなあ、彼。そういうところに共感性が働かなかったから、公立はやめとけって言われたんでしょうね、わたし。


 一年後だったか、遠足先で体調不良を起こして休んでいたとき、体調悪いフリしてサボっていたぜーんぜん親しくない一軍女子たちがいて、離れて座っていたのに、こちらに聞こえるように笑いながら言ったのだ。


「あの子、●●くんにぐちゃぐちゃのケーキ渡したんだって。隠し撮りした●●くんの写真のテレホンカードも持ってるらしいよ。気持ち悪ぅ」


 むちゃくちゃ恥ずかしかった。


 ケーキはともかく、テレホンカードの話は、わたしと、しのちゃんしか知らないはずだ。でも、わたしはしのちゃんを問いただすことができなかった。わたしはしのちゃんを友だちだと思っていたけど、しのちゃんはそうじゃなかったんだなってエピソードが、すでにその時点でたくさん積み重なっていて、それがトドメの一撃だったから。


 考えてみれば、当たり前なのだ。わたしはいろんな子の最寄駅に行ったけど、しのちゃんを含め、だれひとりとして、わたしの最寄駅には来なかった。他の子たちには、わたしに使う金は無い。はっきりと言えば、それがすべてだった。


 家に遊びに行ったら、他の子とおそろいで買ってきたお土産に、わたしの分はなくて、気まずそうに自分の分を譲られたことがあった。わたしはクレープや缶ジュースをおごることがあったけど、他の子におごられたことはなかった。わたしは古本を買ったし、その本をあとで貸したけど、しのちゃんは一度も買わなかった。ペアをつくるとき、わたしはしのちゃんと組みたかったけど、しのちゃんが選ぶのはいつも別の子だった。


 訂正する。わたしには、友だちなんかひとりもいなかった。他の子にとってわたしは、いうなれば、ただの同級生か、顔見知りだった。別に仲良くないけど、世間話はする子。お土産を用意するときに念頭にない子。だれにとっても、その程度の存在だった。


 遊ぶ金なんか、なかったらよかったのにね。そうしたら、だれかを友だちだなんて手前勝手に思い込んで、裏切られた気分になることもなかった。『デカい図体して、発表が怖くて黒板の前で泣くキモいヤツ』以上のヤバいエピソードは増やさずに卒業できたのに。


 ごめんね、ママ。親心で受験させてくれたのはわかってる。いまでも感謝してるよ。でもね、直接いじめられてこそいなかったけど、わたし、公立でなくたって結局、周囲から超浮いてた。

 ふつうに友だちを作るって、なんでこんなに難しいんだろ。

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ふつうの小学生女児になりたかった 渡波 みずき @micxey

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