カウントダウンにはまだ早い

双 平良

カウントダウンにはまだ早い

 クロウには三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは、地球を侵略せんと攻めてきた敵性地球外生命体の母艦を撃墜する任務であった。


「くそっ!どういうことだ!」

 クロウは制御不能となった宇宙船のコンソールに振り上げた両の拳を叩きつけると、操縦席の正面画面を悔し気に睨みつけた。その視線の先には、遥か遠く地球から離れた黒い海が広がっており、中央には巨大な艦が浮かんでいた。横に長い楕円型の艦は、クロウが乗る宇宙船と比べるとあまりに大きく、まるで小惑星かのようであった。艦は目の前にあるクロウの宇宙船などに気する様子もなく佇んでおり、象の前の蟻のごとく、彼に無力さを教えていた。

「計算では母艦のバリアも貫通するはずだったのに……。俺たちの計画は間違っていたのか?!」

「そんなハズはナイ!キミたちの計算も計画にも何一つミスはなナカッタ」

 クロウ以外の人の気配がない操縦室で、彼の叫びに答えたのは、宙に浮かぶ大型クリオネ……ではなく、アル*⁉¤‼®カネィス⁇∆ロロドス星から来たアル№ラ‰>"¶ァルだった。

 地球が所属する銀河とは違う何億光年も離れた別の銀河から来た彼は、列記とした高知脳生命体であった。眼前の敵性機械型生命体に母星を壊滅させられたという過去を持つ彼と今まさに母星が同生命体の襲撃に遭っているクロウは、同じ敵を持つ仲間であった。

 彼らの言語は地球上にある全言語の数より百十三万以上多い文字を操る。地球人には聞き取ることすら困難な言語も多いため、クロウは聞き取れた範囲の言葉で、彼をアルラと呼んだ。両星の交流は浅く、翻訳機も完璧なものでないなりに、互いの言語を理解し、二人は友と呼べる程度の仲であった。

 アルラはふよふよとした薄いピンクのヒレ……手で頭を掻きながら言った。

「私がキミたちに伝授した技術通りに造られたこの電子砲でアレバ、あの強固なバリアを貫通し、やつらの母艦をも沈められるハズだ」

「どこでミスったんだ!エネルギーの再充電には一時間はかかるのにっ」

 クロウは喉から絞り出すように悔しさを吐露する。

『地球滅亡まで、残り3分……2分59秒、58、57……』

 コンソールに直結した画面は真っ赤に染まり、警告をカウントダウンし始めた。その右隣りには、遥か彼方、5年前に出発した母星の映像が映し出された。このカウントダウンが「0」を示す時、星は色を失い死滅するのだ。と、難民となったアル*⁉¤‼®カネィス⁇∆ロロドス星人が、自身の故郷が滅びた映像と共に、地球人に説明したのを、クロウは思い出す。

 これこそが敵性地球外生命体が仕掛けたことであった。やつらは星に遠隔で仕掛けた装置から出る未知の電磁波で星を内側から破壊、ありとあらゆる生命を滅ぼした後、残った鉱物類を己の資源として採取していくのだ。

 それを停めるためには、遠隔操作を行う母艦を撃墜するに他はなかった。

 アルラはそのことを解析するまでには至ったが、間に合わずに母星は滅びてしまった難民であった。そして、次のターゲットに選ばれてしまった星を救けることと復讐のため、クロウたちに技術力と敵の情報を提供し、敵母艦撃墜の任務にまで同行してくれたのだ。

「くそっ!くそ!くそ! エマ、リュセー、エルウッド……みんな、みんな、ごめん……!」

「アル⁉¤‼®カネィス⁇∆ロロドスのミンナ……。すまない………。仇を取レそうにナ@[ⓜ素[@p,イヨウダ」

 クロウは、地球に残した大事な人や任務の道のりで失った仲間たちを想った。ここにたどり着く間、この船には多くの仲間がいたが、目的外の星への一時的な不時着や食糧難、隕石衝突による事故、謎の病原体による感染症、敵の攻撃など、様々な困難があり、多くの仲間を失った。結局、目的地までたどり着けたのは、クロウとアルラの二人だけであった。そして、クロウは船に複数人いたオペレーターの内の一人でしかなかった。また、アルラも戦闘員などではなく、母星の技術や情報などを持つだけの学者でしかなかった。たった三分内で万策尽きた状況を挽回できる力も知恵も、クロウにもアルラにもない。ただ、ただ、二人は故郷が滅びる様を見るしかなかった。

「残り30秒」

 対敵性機械型生命体電子砲さえ打ち込めばなんとかなるはずであると二人だけで突き進んできた勇気や希望が、カウントダウンの一音一音で崩れ落ちていく。

「5、4、」

 敵が地中深くに打ち込んだ電磁波装置が長い年月をかけてコアに到着すると瞬時に星が滅ぶ。「それが埋められていることに気が付いた時には手遅れだった」のだと、悔恨を口にしたアルラのしおれた触覚と、滅ぶ瞬間の記録が走馬灯に紛れ込む。

「3、2、1」

 同じように自分の星も滅ぶのを見たくなくて、クロウは目をつむった。

「0」

『!!』

「オイ、クロウ! あれヲ見ろ!」

 目をつむっても目の前の悲劇が覆すわけもなく、どこで現実を直視すべきかをクロウが迷っていたその時だった。アルラが彼の背を揺さぶった。

「え、うそ、だろ?」

 アルラに促されて正面画面を見ると、0の文字と未だに変わらない青い星の映像があった。

「どういうことだ?無事なのか??停止動画?偽物フェイク?地球は滅びちまったじゃないのか??」

「いや、この映像は本物。現在の地球だ」

 地球人の機材は苦手だと言っていたアルラが、つたない手つきで映像を解析する。

「ということは、地球は、まだ無事……?」

 クロウは力が抜けそうになるのを必死に耐えながら、コンソールのキーボードをたたき現状把握を行った。

「いや、しかし、俺たちが出発してから五年、タイムリミットは間違いなくさっきの時間だったはずだ……。アルラ、計算ミスなのか???」

「そんなハズはナイ。私タチは何一つ漏らすコトなく、君タチに奴らの情報を教えた。私たちが出発した日から五@.p[;/\.-年後の今日、この日地球が滅びることに計算ミスはナイ」

「そうだ、五年後の今日だ。アルラ達に教えてもらった情報に間違いはない……って、ん?」

「どうした、クロウ」

 ふと違和感を覚え、クロウは再計算のための情報を打ち込む手を止めた。

「今、お前、何て言った?」

「この日地球が滅びる……」

「いや、その前だ。何年後って今言った?」

「五@.p[;/\.-年後」

「そう、それだ」

「どういうことだ、クロウ……」

「もう一回言ってみてくれ、五……なんだって?」

「@.p[;/\.-」

「…………」

 お互いに嫌な沈黙が流れた。

「@.p[;/\.-」

「いや、俺には何言ってるか分からん。というか、今何か言葉を発したか?」

 アル*⁉¤‼®カネィス⁇∆ロロドス星人の言葉は、地球人には聞き取れない言語が多いことを、クロウは再度思い出す。アルラもそれを思い出しているようで、クリオネのような薄ピンクの透明な皮膚の下の紅い小さな目が、珍しく大きく広がっている。

『さ、再計算ッ!!』

 二人は同時に叫んだ。


『再計算の結果、地球滅亡まで、地球時間に換算し“365日と7時間3分20秒”です』

「あと、約一年……ある!」

 アルラ自身がアル*⁉¤‼®カネィス⁇∆ロロドス星の言語で再計算した結果を、船のメインコンピューターが告げる。その言葉と共にいよいよクロウは力が抜け、近くの椅子に座り込んだ。

「マサカ、私たチの言語が;/.ap@伝わっ@:[64.なp&っ%"たのが原因とは、これは/;@\,-o,45@rfだ」

 アルラは驚きの声を上げたが、クロウにはほとんどの言葉が聞き取れなかった。普段のアルラは極力地球の言語に寄せて会話してくれるが、感情的になると母星語が出てしまうようだった。こうなると、クロウにはほとんどが聞き取れない。

「アルラ、お前、こんな重大なことになんで気が付かなかったんだよ!」

 目の前の困難が解決したわけではないが、時間に余裕ができたと思ったとたん、クロウは思わず八つ当たりをした。

「な!私のセイだとトい‥¤√†×€っ? 私だって、君タチがそんなに耳が悪い生命体だとは思っていなかったんだ!文字も言語も意思疎通も難しい中、私たちは君タチにわかりやすいよう4-igkaf:spdg-@0iaf@j;m!」

「あー!聞こえない!分からん!ちゃんとわかるように話せよ!」

「:@\[][:[1vvmpar^-3\?!」

 安心した反動での怒りに任せての感情だと、互いに分かってはいたが、一旦言い出した言葉は止まらなかった。アルラが頭を文字通り真っ赤にして、何かを言っているが、クロウには理解できなかった。売り言葉に買い言葉とばかりに、二人は言い合った。

「って、どうしてくれんだよ!もう、これが最期だと思って、エマにお別れの電子手紙メールをカウントダウン中に送っちまった!」

「キミ、あの*®§¶Ψの間に、やるコとがそれか!?」

 アルラは呆れた。

「だって、もう万策尽きたと思っただろ?地球はもう終わりだって考えただろっ?だから、せめて片想いの相手エマに伝えたいことを伝えておこうと思って……。って、今考えたら、めちゃくちゃ恥ずかしい……!地球は滅びず、エマはあれを読んでいるってことだよな??」

「なになに、は、はい……?あ、拝啓と読むのか。拝啓、イト、愛しいエマ様。花より美しく、お、おとめ座デーメーテールの、か、かがきよりも、あ、なたの……」

「わーーーーーー!読み上げるなーーー!馬鹿っ!阿保!やめろ!宇宙クリオネ!デリカシーがないっ!」

 アルラが手紙メールを読み上げようとすると、クロウは大声を張り上げた。

 だが、たった一行の冒頭でアルラはそれがなんであるか、気が付いてしまった。

 これは別れの手紙などではない。愛の言葉ポエムであった。

 そして、それがちょっと、いや、かなり恥ずかしい部類であるのを、クロウが顔を真っ赤にし、床にもんどりを打っているのを見て理解した。

「あーー、エマの奴。きっと今頃、面白がってみんなに見せているだろうなー。あいつ、気立ての良いや奴だけど、そういう所もある奴なんだ。でも、そこが可愛いって言うか~、あー、あー、ア゛ー!」

 地球を救うために旅立ったクルーの一人から送られてきた手紙は、きっと今頃世界中の話題になっていることだろう。色々な意味で。

 アルラは、先刻のクロウの暴言を忘れて遠い目をした。眼前には相変わらず敵性機械型生命体の巨大母艦が浮かんでいた。強力なバリアに守られているために、こちらの攻撃などスペースデブリの欠片が当たっただけ程度にしか思っていないかもしれない。敵ながら感心するほどの悠然さであった。先刻は時間がないと認識し、万策尽きたかと思考を停止しかけたが、地球時間であと一年あると考えると、思考に余裕が生まれてきた。

 これだけの時間があれば、バリアの打開策も考えられるというものである。

 アル*⁉¤‼®カネィス⁇∆ロロドス星人も宇宙では高度生命体であることは確かであった。アルラは一介の学者にすぎない身分であったが、死んでいった同族、仲間たちが残してくれた知識や力、情報から再演算すれば、打開策も見つけられるはずだと、心の中で再奮起した。何故、ここまで地球人に肩入れができるのかと言えば、アルラは自身よりうんと下位の知能を持った生命体であるが「花」だの「おとめ座」だの、妙に美しい言葉を発する地球人が嫌いではなかったからだ。

 先刻はつい感情的になってしまったが、己がつづったポエムにもんどりを打っている阿呆な姿地球人も、彼にはわりと可愛く思える生命体に見えるのだった。

「クロウ、地球滅亡には地球時間であと一年もある。気を取り直して、任務を全うすることを考えよう」

 言葉を間違えないよう、慎重にアルラは言った。

 その言葉をクロウが受け止められるようになるのは、一時間後のことである。


 クロウには三分以内にやらなければならないことがあった。

 それは、地球時間に換算すると約一年以内にやらなけばいけないことであった。












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