Spontaneous Symmetry Breaking

自発的スポンテイニアス対称性スィメトリィブレイキングれ?」

「そう、略してSSB」

 アレックスは量子論の本でその言葉を見たことがあったが、結局のところ意味が分からず深く追求することはなかった。

「いい? そこからこのワインボトルが上げ底になっているのが見えるでしょ」

「ああ」

 リンダはその返事に軽く頷き、その場でボトルをくるくる回転させた。

「どうかしら? こうして回してみても同じように見えるわよね?」

 アレックスは無言で頷く。

「これを対称性というのだけど、例えば小さな球をボトルの口から上げ底の中心に落とすことをイメージしてみて」リンダはアレックスが話についてきているか確認するように間を置いた。

「続けてくれ」

「もし、球がそこで静止すれば対称性は保たれる。だけど、球はいずれ自然に転げ落ち、対称性が破れるの。球が自発的に対称性を破るのよ」

「言っている意味は分かる。だけど、それが何だと言うんだ」

「同じ事が空間にも起こるのよ。地震によっていくつもの世界で対称性が破れた。そこに引き寄せの法則と、私の研究の集大成を注ぎ込みあなたをここに導いたの」

「さっき君は、やっぱり私は死んじゃったんだって言ってたけど、あれはどういう意味なんだ?」

「確証はないわ。こちらの世界であなたは死んだ。別の世界からあなたをこちらに呼び寄せたら、代わりにあなたの世界の私が死ぬんじゃないかって思っただけ。これについては何の学説も存在しない。単なる私の仮説よ」

 実際、そのような理屈でアレックスの世界にいたリンダが死んだなどという証拠などない。全く無関係な話なのかもしれない。だが、それが真実である可能性を考えた上で、まるで気にも止めず些末なことのように話すリンダにアレックスは言いようのない異常性を感じた。目の前にいるのは、姿形こそかつて愛したリンダではあるが、アレックスの目には、まるで異形の生物のように映った。

「分かっているのかい? 君はきみ自身を殺したのかもしれないんだぞ」

 リンダはその言葉を微笑で返して言う。

「そうかもしれないわね。でも、何も問題ないでしょ? 私はここにいる。そして、あなたもにいる。あなたのいた世界には、もうあなたも私もいない。それでいいじゃない」

「君は一体、……」

「おかしな事を言うのね」その笑顔はアレックスには悪魔の微笑みに見えた。


「私はリンダよ」

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SSB @PrimoFiume

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