付き合ったばかりの恋人と夏休みを過ごそうとしたら「整形するから会えない」と言われ、仕方なくバイトを始めたら日本人のいない工場にブチ込まれた件

ぽんぽこ@書籍発売中!!

アホな大学生だった私が一生忘れられない夏を過ごすハメになる話

 大学一年生の夏。

 それまで非モテだった私にも、遂に恋人ができた。


 しかももうすぐ夏休みと来たもんだ。

 大学生の夏と言ったら、車で長距離ドライブにバーベキュー、海外旅行にだって行けちゃう。行動の幅はもはや無限大、楽しいことがいっぱいだ。


 お泊りだってし放題!!

 つまりは……ムフフフ。


 そりゃあもう、私は浮かれまくりましたとも。


 あぁ、今からダイエットも始めなきゃ。

 下着も買っておこう。ゴムも……念のために必要だよね。


 そんなくだらない妄想もしていたと思う。



 テンションが天まで昇るほど上がった私は、意気揚々とその恋人に「夏休み、どうする?」と聞いた。


 もう通販サイトの『あとで買う』の一欄はいっぱいだ。あとは注文ボタンを押すだけになっている。



 しかし恋人から帰ってきた答えは、驚愕のひと言だった。



『ごめん、また整形手術をする予定でさ。顔がボコボコに腫れるから会えない』



 ――え?



 頭はもう真っ白である。

 予想外過ぎて、「は?」の言葉も出なかった。


 え、“また”ってアナタ整形してたの?

 ていうか更にするの?


 もしかして私の恋人はサイボーグ?

 初めて一緒に過ごす夏休み、整形で終わっちゃうの?



 いろんな思いが私のピンク色だった脳を駆け巡る。


 しかし最愛の変人は固まる私を置いて、聞いても無いことをしゃべり続ける。

 術後は熱が出てつらいだとか、飲むゼリー生活をしなきゃだとか、そんなことばかり。



 ――ちがう。

 私が聞きたいのは、そんな鼻の先端と顎の先がEラインって呼ぶんだとか、注入したヒアルロン酸の寿命とかじゃない。



 涙目でそのままのアナタでいい。

 どうにか思いとどまって。

 夏は私と一緒に、綺麗な花火を見よう?



 私はそう説得したのだが……


『もう病院の予約しちゃったし、キャンセル料が○十万掛かるけど払ってくれる?』



 貧乏な私はいろいろともう、諦めた。

 たしかに私は、この人を外見で選んだわけじゃない。


 いくら外面がどう変わろうと、中身が変だろうと。

 この人をまるごと愛そうと思ったのだ。


 ……そう思い込まなきゃ、やってられなかった。



 だけども私だって、ただでは転ばない。

 せっかくの夏休みを、このまま無駄に過ごすわけにはいかなかった。


 なぜなら、友人や家族には『夏は恋人と過ごす!』と大口をたたいてしまったからである。



 当然、友人たちと遊ぶ予定なんて組んでいない。だからといって、今更仲間に入れてくれとも言い難い。

 

 愉快な友人たちの事だ。

 私をゲラゲラと笑いものにするに違いない。




 悩みに悩んだ末、私は派遣のアルバイトをすることにした。


 二カ月は思いのほか長い。

 なにかしら有意義に時間を使いたかったのだ。


 ちなみに私は今までアルバイトをしたことがなかった。高校時代は校則で禁止されていたためである。これはアルバイトを始める良い機会に違いない。



 さっそく私は、緊張で震える手で派遣センターに電話をし、面談を申し込んだ。


 まぁ面談といっても、実際にはただの説明会だった。一時間ほどで説明も終わり、今度は派遣先を選ぶことに。


 この面談の時に、派遣先の職種を選べるアンケートがあった。イベント関係から、飲食などの接客、交通整理などなど。



 だが当時から陰キャだった私は、人と接する仕事をする勇気が無かった。

 かといって、特殊な作業車などのスキルや免許など持ってはいない。


 そうなると私が選択できたのは、軽作業というジャンルのお仕事だった。



 軽作業とひと口で言っても、内容は多岐にわたる。

 倉庫や工場で段ボールの仕分けや移動、検品作業など様々だ。


 しかし当時の私は、この軽作業という言葉に騙されていた。

 アホなことに軽作業の『軽』は簡単な、という意味であると勘違いしていたのだ。



 結果、私はえらい目に遭った。

 ぜんっぜん、簡単な作業じゃなかったのだ。


 次から次へとベルトコンベヤーを流れる荷物を、絶え間なくパレットの上に積み込み、別の場所へと運び出す。

 それを数時間、延々と続けなくてはならなかった。


 あぁ、思い出したくもない。

 私は何度もベルトコンベヤーを止めてしまい、バイトの先輩に怒られた。


 それはもう、散々な一日だった。



 すっかり心が折れてしまった私は、その派遣先に行くのは辞めることにした。


 派遣の良い所は一日単位で場所を選べること。

 向いていなかったら、さっさと辞められる。無理せず、別の場所を選択すれば良いのだ。



 私が次に選んだ派遣先。

 それは、携帯の修理工場だった。


 私は学んだのだ。

 ちゃんと仕事の内容を吟味してからにしよう、と。



 今度の仕事は至ってシンプル。


『修理済みの携帯(当時はガラケーしかなかった)を全国のショップに送り返すために、運搬用のジュラルミンケースに入れる』


 ただ、それだけ。

 そう、たったこれだけなのである。


 当時、この求人を見付けた私は「これだ!」と歓喜した。


 しかも何故か時給も良い。



 もちろん、甘い話だけではなかった。

 この募集は中期派遣といって、二か月間という期間の縛りがあった。


 しかしその期間というのも、夏休みの間だけ。つまり私にとって、この話はとても都合が良い。


 短期派遣と違って途中で辞められないのがネックだが、携帯をジュラルミンケースに入れるだけの作業がつらいわけがない。だって、そんなの小学生だって出来るしさ。



 ウッキウキの気分で、私はこの派遣に申し込んだ。


 どうやら人手が少なかったらしく、急ぎの募集だったらしい。

 派遣会社も私が応募したことに喜び、二つ返事でオッケーを出してくれた。


 さっそく明日から行って欲しいとのこと。

 なんとご丁寧に、派遣会社のスタッフが最寄りの駅から派遣先まで案内をしてくれるという。うひひ、なんて好待遇。



 特に必要な持ち物も、服装も不要。

 事前にそういう話をされていたので、当日の私はジーンズにTシャツというラフな格好で、派遣会社のスタッフが待つ現場近くの駅へと向かった。


 道中、私はもう安心しきっていた。

 頭の中で、ジュラルミンケースに携帯を入れるシュミレーションをするほどの余裕っぷりだった。



 ……察しの良い方は、もうお分かりだろう。


 そう、これも罠だったのだ。



 派遣会社のスタッフがわざわざ派遣先まで案内してくれることなど、普通は無いのだ。


 ここで何か裏があると思えなかった私は、もう引き返すことの出来ない沼に引きずり込まれていた。






「チャオ!!」

「チャーオ!!!!」


「……え?」



 修理工場に入った途端、聞き覚えの無い言語で交わされる挨拶の数々。

 工場でブルーの作業着を身に纏い、忙しそうに動き回るたくさんの人々。


 とうぜん、日本人の顔じゃなかった。



「じゃ、頑張ってくださいね!」



 呆然としている私を置いてけぼりにして、自分の仕事はもう終わったとばかりに去っていく派遣会社のスタッフさん。



「えっ、ちょ……?」


 去り際に渡された青の作業着を持って、私はポカンと立ち尽くす。

 おそらく、その時の私の顔も真っ青だっただろう。



 なにが楽な仕事だ。

 確かにやることは単純なんだろう。


 だが、日本人が自分以外に居ないなんて聞いていない。

 さすがの私も、まさか日本に居ながら海外に派遣されるとは思わなかった。



「もう、帰国したい……」


 涙目でロッカールームの前をウロウロする私。仕事なんてもういいから、さっさとお家に帰らせてほしい……。



 しかし、神は私を見捨てはしなかった。


 私の元に、救世主が現れたのである――。



「どうしたんですか?」


 うつむいていた顔を上げると、そこには優しそうな男性が私を心配そうに見詰めていた。いや、今はそれよりも――!!



「え……ああっ!!」


 日本語。にほんごだ!!

 いえすっ、じゃっぱにぃいいいず!!


 私だけじゃなかったんだね、ニッポンジン!!



 思わず抱き着きそうになるのをギリギリ我慢した私は、その日本人の男性に助けを求め、どうにか事なきを得た。


 なんと彼はこの工場の上長だったらしい。

 そのまま案内をしてくれるという彼について回り、私はここでの仕事を学ばせてもらった。



 これでもう、一安心である。

 周囲の社員さんは確かに日本語が喋れない。しかしやることさえ決まっていれば、どうにか仕事はこなせるのだ。


 こうして私は、このチャオ工場日本支部での居場所をゲットしたのである……。






 ――二か月後。


 私はすっかり慣れた手つきで、廃棄する予定のリチウム電池の選別をしていた。


 携帯をケースにしまう仕事も完ぺきにこなしたし、何故かパソコン業務や簡単な修理もやらされていたが……それでも私は満足だった。



「はぁ……今日は花火大会か……見たかったなぁ」


 唯一心残りだったのは、恋人と花火が見れなかったこと。


 工場のパーテーションで区切られた部屋で、私は外で打ち上げられている花火の爆音を聞きながら、ひたすら電池の山を作っていた。



 そんな時、あの上長さんが私のもとにやって来た。


「○○さん(私の名前)、お疲れ様」

「お疲れ様です!! (やばい。散々お世話になったのに、私はこの人の名前知らなかったな)上長さんはもう上がりですか?」


 なにせ時刻はもう夜九時前だ。

 なぜか自然と残業をやらされていたけど残業代は出るし、どうせ花火は見れなかったのだからむしろ好都合だった。


 上長さんは社員さんからのお土産だという、得体のしれない海外産のお菓子を私に差し入れながら「もう帰りますよ」と頷いた。



「○○さん、今日で派遣終わりでしょ?」

「はい、そうです! いやぁ、大変お世話になりました」


 私は椅子に座ったまま、ペコリとお礼を言う。



「こちらこそ。○○さんは良く働いてくれて助かったよ。……もし、将来何かあったら連絡ちょうだい。僕の名刺、渡しておくからさ」

「わあっ、ありがとうございます!!」


 そんな言葉を掛けてくれるなんて思ってもいなかった私は、泣きそうなほど嬉しかった。


 うやうやしく上長さんの名刺を受け取り、しっかり名前を覚えておこうとその名刺に視線を落とす。



『○○工場 上長 ○ ○○(中国人の名前)』



 貴方も日本人じゃなかったんかぁあい!!



 こうして、私の波乱に満ちた初バイトは幕を閉じた。


 いろいろありましたが、上長さんをはじめ社員さんもフレンドリーで良い方ばかりでした。

 上長さんも外人っぽいのは名前だけで日本語は堪能だし、社員にも優しい超優秀な方でしたしね。



 結局私はその後、この工場を訪れることはありませんでした。

 しかしその時の名刺はまだ、机の中で大切に保管してあります。


 これが私の、大学生初めての夏休みの想い出。




 え? 恋人の整形手術はどうなったかですって?

 包帯グルグルのミイラみたいになっていましたが、無事に成功したみたいですよ。


 私には違いが分かりませんでしたが、鼻が高くなったって喜んでいました。

 鼻が高い人を工場で散々見慣れてしまっていた私には、「ふーん」としか思えませんでしたが……。



 おまけ。

 その恋人とは大学卒業と同時に別れました。



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