裏みちのくデスグルメデスマッチ

水長テトラ

裏みちのくデスグルメデスマッチ




 グルメ雑誌のライター箕口みのぐちには三分以内にやらなければならないことがあった。


 岩手代表。

 食べる者を無間地獄に突き落とし、永遠に血の池地獄を浴びせ続けるヘルファイア・ストライカーわんこそば。


 宮城代表。

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れから調理された、食べる者全ての舌を破壊しながら胃へ突き進むデビルデストラクション・ワンアイズバッファロー牛タン。


 どちらが裏みちのくデスグルメ王の座に輝き、今後十年裏みちのくデスグルメ界を支配し続けるかは箕口の審判にかかっていた。



 事の始まりは仙台駅前までさかのぼる。



 みちのく地方、福島・宮城・岩手・青森の四県の大型特集を組むことになった箕口は、福島の三大ラーメン、岩手のわんこそば、青森の海鮮丼通称“のっけ丼”等々、各地の名物料理を堪能たんのうして最後に宮城県の仙台駅に降り立ち、知る人ぞ知る牛タンの隠れた名店へ向かうバスに乗った。


 しかしバスが動き出した瞬間、箕口は背筋に寒気が走るのを感じた。

 謎の違和感がある。


「乗るバス間違えたか……?」


 先頭の座席に乗っていた男が箕口の顔を見つけるなり、馴れ馴れしく話しかけてくる。


「やあやあ、お待ちしておりましたよ箕口さん!」

「すみません、どちら様でしょうか……?」

「申し遅れました! 私、今回の裏みちのくデスグルメデスマッチ司会の四上しにがみと申します!」


「……裏みちのく? ……デスグルメデスマッチ? ……死神?」


「あれ、聞いてませんでしたか? まあ、箕口さんが聞いていようが聞いていまいが、断る権利はないんですけどね。さあ着きましたよ」

「着いたって、いや崖なんですけど……うわああっ!」


 そのままバスは崖下に突っ込み、突っ込んだ勢いでさらに建物に突っ込み、箕口は何度も死ぬかと思った。


 こうして誘拐同然に連れて来られた裏みちのくデスグルメ会館で、箕口は裏みちのく料理をたっぷり味わう羽目になったのだった。




「さあ始まりました裏みちのくデスグルメデスマッチ準決勝第一戦! 福島代表メフィスト・メヒカリ・メタモルフォーゼ唐揚げ! 対する宮城代表はデビルデストラクション・バッファロー牛タン!」

「いやメヒカリの唐揚げは福島で長年愛され続けている有名なソウルフードだけど……メフィストって!? メタモルフォーゼって何すか!? あとバッファローの牛タンって……」


 必死に一人でツッコミをする箕口を無視し、参加者のパフォーマンスが会場中にとどろく。


「メ~ヒメヒメヒ! お前も俺様を出汁だしにしようとした奇沱方きたかたラーメンのように、逆に俺様の出汁にしてやるメヒねえ!」 

「雑魚が……丸呑みにしてやる」


 メヒカリが巻き起こす水流をバッファローが角で受け流す。

 両者一歩も譲らない睨み合いが続いた。


「「どうぞ、お召し上がりください」」

「あっ、料理は普通に出てくるんすね……」


 見た目は完全に美味しそうなメヒカリの唐揚げと牛タンが、箕口の前に並べられた。


「う~ん、白身魚のさっぱりかつジューシーな旨味を閉じ込めたふわっふわの唐揚げ! バッファロー……の牛タンも歯ごたえあってプリップリで頬がとろけそう! これは甲乙つけがたいな~。まあ、今日は牛タン食べるつもりで来たからここは牛タンの勝ちかな」


 普通に料理を味わって楽しむ感覚で能天気にジャッジした箕口だったが、次の瞬間隣でメヒカリの群れがバッファローの群れの角に串刺しにされて驚愕きょうがくした。


「メヒイイイイイ!?」

「うわあああああ!!」


「メヒイイイイイイイ!? この俺様が負けるなんて嘘メヒイイイイ!!」

「貴様らのカルシウム含有量がんゆうりょうなぞ、我らが角の前ではゴミ同然よおおおお!!」


「負けた方は死、あるのみ……それが裏みちのくデスグルメデスマッチの掟。それでは次に参りましょう、準決勝第二戦! 岩手代表ファイア・ストライカーわんこそば! 対する青森代表は地獄と失楽園の渡し守りんごマドレーヌ!」



「異教徒が……釜石大観音かまいしだいかんのん様の供物くもつにしてくれるわ……」

「りんりん☆ お前も三途の川送りにしてやるりん☆」


 釜石大観音・炎の祭典をイメージとする業火の上で蕎麦が無限に茹で上がり、その火炎を恐山おそれざんと三途の川のイメージがしっとりと冷やしていく。マドレーヌもしっとりとした焼き上がりに仕上がった。


「「どうぞ、お召し上がりください」」


「ほお……このわんこそば、いくらでもツルツルいけちゃいますね! 物騒な大会だから心配してたけど、お代わりのタイミングもちょうどいい! 林檎のマドレーヌも表面のふっくら熱々あつあつの生地と中の艶々つやつやでたっぷり入った林檎の相性が最高! ここは……ごめんなさい、わんこそばの勝利で!」


 さっきよりは悩んでジャッジした箕口の隣で、蕎麦が林檎に巻きつく。林檎がジュースを作る要領で蕎麦に絞られていった。


「かにへねえええ! かにへねえええ! おめもいつか下北半島の肥やしにしてけるううううう!」

(訳:許せねえええ! 許せねえええ! お前もいつか下北半島の肥やしにしてやるううううう!)

「キャラ作り剥がれて素が出てる……」


「お前の地獄の力、この私が吸い取ってやった! 血の池地獄で打たれた蕎麦の美味しさ、裏みちのく中に思い知らせてやるわ!」

「美味しそうに聞こえない……」


「裏みちのくデスグルメデスマッチ、いよいよ決勝です! 岩手代表ヘルファイア・ストライカーわんこそば! 宮城代表デビルデストラクション・バッファロー牛タン! この決戦、果たして勝つのはどちらか!?」


 箕口の呟きを全員無視しいよいよ決勝へと進んだが、ここで異常事態が発生した。



「おーっと、どうしたバッファロー牛タン選手! 片目が潰れて血が出ています! さながら独眼竜、いや独眼牛です!」


「クソッ……メヒカリ最後の一匹に『僕が、目になろう』と目玉に突撃されて逆襲された……。だが、我ら水牛は決して孤独にはならない……! いついかなるときも団結して目の前の敵をほふってみせる!!」


「手負いの畜生如きが、地獄の力を手にしたわんこそばに挑むとは罰当たりもいいとこよ!! 野蛮なサバンナが、永遠に温かいお蕎麦を提供し続けるホスピタリティに勝てる訳がなかろう!!」



 それは無限VS無限の戦いだった。片目のバッファローの群れがわんこそばのお椀を無限に踏み荒らし走り続けても、そのお椀の上に新たに地獄の業火でねっされた蕎麦が降り注ぎ続ける。

 しかし戦力は互角でも、味は互角とは限らない。


「「どうぞ、お召し上がりください」」


 バッファローとわんこそばの死屍累々ししるいるいの光景を(もったいない……)と思いながら、箕口は食事を始めた。


「おお、わんこそば……さっきより味がしっかり伝わるっていうか、おつゆと絡まりやすくなってさらに旨味が増しています! バッファローの牛タンも……これは! これは二度美味しいです! 一口目に舌に乗せた時と、喉を通った後も残る熟成された風味! どちらもウチの雑誌で紹介したい……もう一度食べるならどっちを選ぶか……。うう、優勝は~~~~~、バッファローの牛タン!!」


「ぐわあああああ! 宮沢賢治先生、申し訳ございません! 蕎麦の種子から出直して、雨にも風にも負けぬよう修行して参ります!!」


 断末魔と詫びの言葉を叫んで、奥羽山脈の如く無限に積み上げられていたわんこそばのお椀が一瞬で灰になって消え去った。


「勝った……! 勝ったモオオオオオオオ!!!!」


 優勝したバッファローの群れが勝利の雄たけびをあげた。

 そして興奮のあまり箕口の元へどどどと殺到した。

 それはさながらみちのくYOSAKOIまつりのような、歓喜と狂乱が渦巻いた怒涛の嵐だった。


「ちょ、まっ、やめてくれ~! 死ぬ~!」





「お客さんお客さん! 終点ですよ!」

「ハッ!? よかった、あれは夢だったんだ……」


 普通のバスの中で目を覚ました箕口は、あたりを見回すとほっとため息をついた。


「でも変な夢だったけど、料理はどれもすごく美味しかったな……」



 そう言いながら腹をさすっていると、遠くから福島牛の鳴き声がモオオオオと響き渡り、箕口はまた背筋がぞくっと冷えたのであった。



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