第63話 魂の共鳴
イネスの死体を抱き上げ、俺は当てもなく歩き始めた。
雨に濡れる冷たい肌が少しずつ俺の体温を奪っていく。
そんな感覚すら、何故か遠く感じられた。
(……全部、俺のせいだ)
イネスが死んだのは、間違いなく俺のせいだった。
もっと気をつけていれば。
もっと早く異変に気付いていれば。
――そもそも初めから、一緒に来るかなどと提案しなければ。
彼女はきっと、あんな最期を迎えずに済んだ。
絶望と後悔に身を任せ、俺は人気のない路地へと入っていく。
先の見えない道をただ機械的に歩き続ける。
だがその時、俺の鼓膜に微かな音が届いた。
「…………すぅ」
かすかな吐息。
間違いなく、イネスから漏れ出た息遣いだ。
そして抱きかかえた彼女の体に、かすかな温もりが蘇りつつあるのを感じる。
「どういうことだ!?」
俺は動揺を隠せず、思わず声を上げていた。
イネスの体をゆっくりと地面に下ろし、改めて確認する。
口元に耳を近づければ、確かに微かな呼吸音が聞こえてくる。
(なぜだ? 先ほどまでは、間違いなく死んでいたはずなのに)
現状を整理しようと必死になる。
だが、どう考えても死者が蘇るなど、あり得ない現象だ。
それこそ、俺が持つユニークスキル【無限再生】でもなければ――
「……無限再生?」
その瞬間、俺の頭に一つの考えが浮かんだ。
あまりにも突拍子もない発想だったが、それは今この状況を説明できる唯一の可能性だった。
イネスが持つユニークスキル【共鳴】。
相手の思考や感情を読み取るスキルだが――もしかしたらそれは、対象と魂を同化することによって行われているのではないだろうか。
もし、そうだとするならば。
長きにわたって共に過ごしてきた俺とイネスの魂。
それらはきっと深く結びついているはずだ。
――そう。
言い換えるならそれは、【魂の共鳴】。
そして、【無限再生】の発動による魂の再生成が俺だけでなく、共鳴相手であるイネスの魂にまで作用したのだとすれば――
彼女が蘇ったことにも説明がつく。
「……そうだ、思い出せ」
俺の脳裏にふと、イネスと過ごした日々が過る。
彼女と出会ってから俺は多くの感情を取り戻しつつあった。
だが、よく考えればおかしい。
あの温かな感情は、本当に俺の中から生まれたものだったのだろうか。
違う。
俺が抱いた感情の全てはイネスから与えられたものだった。
彼女が抱く感情が、魂を通して俺に共鳴していたのだ。
「……イネス」
ゆっくりと、俺はイネスの名を呼ぶ。
ようやく全てを理解できた気がした。
いや、本当は最初から分かっていたのかもしれない。
ただ必死に目を逸らし続けてきただけで。
これまで俺が最も大切にしてきたもの。
それは、家族を殺した相手への復讐心だと信じ込んでいた。
けれど、いつの間にかそれと同じか、それ以上に大切なものが生まれていたのだ。
「…………イネスっ!」
全てを失った俺に、唯一残された希望。
かけがえのない存在。
それは、ずっとすぐ傍にあったというのに。
「起きろ、イネス! 起きてくれ!」
俺は必死に、イネスに呼びかける。
これまでには見せたことのない、感情のこもった声で。ただひたすらにイネスの目覚めを願い続けた。
すると、イネスの瞼がかすかに震える。
ゆっくりと、彼女が目を開いた。
「ん、んんぅ……」
微かなうめき声を漏らしながら、イネスが意識を取り戻していく。
そして不思議そうに、俺を見つめた。
「……シモン? あれ、おかしいな。わたし、どうして生きて――きゃっ!?」
その言葉を遮るように、俺はイネスを抱きしめた。
今は何も言葉はいらない。
ただ、生きていることを実感したかった。
イネスはしばらく動揺していたが、冷静さを取り戻すと抱きしめ返してきた。
「……そっか。シモンが助けてくれたんだね」
俺の行動を理解したように、イネスが微笑む。
その笑顔に、俺は改めて告げずにはいられなかった。
「シンだ」
「え?」
「俺の本当の名前だ」
一瞬戸惑ったイネスだったが、すぐにその意味を悟ったようだ。
彼女は柔らかい笑みを浮かべる。
そしてそのまま、こう言葉を紡いだ。
「――――ありがとう、シン」
俺が地獄から舞い戻った理由。
それは復讐のためであり、その意思は未だに薄れてすらいない。
だけど、その願いを成し遂げた先。
俺が生きたいと思えるだけの理由が、もしかしたらあるのかもしれないと。
俺は溢れる涙を拭いながら、目の前の少女を想うのだった。
『外れスキル【無限再生】が覚醒して世界最強になった』 第二部 完
――――――――――――――――――――――
これにて『第二部 魂の共鳴』編完結となります。
まずはここまでお読みいただき、まことにありがとうございます!
本来であれば、第一部と合わせてここまでを10万字程度で終わらせる予定だったのですが、筆が乗った結果15万字近くの分量になってしまいました。
これも皆様が応援してくださり、私に執筆の活力を与えてくれたおかげです。本当にありがとうございます!
そして続く第三部について一つお知らせがあります。
より高いクオリティを求めて構成などを練り直したいと思っており、第三部開始まで少しお時間をいただこうと思います。
おもしろい作品をこれからも皆様に届けようと思うので、どうかご理解いただけると幸いです!
最後に、今回で第二部が完結ということで、
「面白かった!」
「イネスとの交流がよかった!」
「これで終わりじゃないよな!? ちゃんと全員に復讐しろシン!」
と思った方がいらっしゃればぜひ、
・本作をフォロー
・下の『☆で称える』の+ボタンを3回押す
の二つを行い、どうか本作を応援していただけると励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします!
【大切なお知らせ】
最後に一つ大切なお知らせあります。
先週より新作
『ゲーム中盤で死ぬ悪役貴族に転生したので、外れスキル【テイム】を駆使して最強を目指してみた』を投稿しています!
https://kakuyomu.jp/works/16818093076077989225
大変面白い出来になっていますので、第三章が再開するまでの間、ぜひこちらの作品をお読みいただけると嬉しいです!
現在は一つ目の山場シーンとなっているので、読み始めるならこのタイミングがベストだと思います!
それからもし気に入っていただけたなら、フォローやレビューなどで応援していただけたらさらに励みになります!
一つの作品の人気が出てくれれば、本作を含めた全作品への執筆モチベーションに繋がります。
ですのでどうか、皆さんも応援よろしくお願いいたします!!!
外れスキル【無限再生】が覚醒して世界最強になった ~最強の力を手にした俺は、敵対するその全てを蹂躙する~ 八又ナガト @yamatanagato
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます