第12話 追手
朝日を感じ、自然と瞼が開く。
鳥の声が聞こえる。天井は現実世界と同じ作りのテントだ。まるで現実でキャンプをしていたかのような気がする。
ふと横を見ると、グリシャが寝ている。現実世界ではないことを思い出させてくれる。美少女が隣に寝ていて、死ぬ前に首都にたどり着くための旅をしている。なんて、現実世界の誰に話しても情報が多すぎて冗談にしか聞こえないだろう。
バカだな俺は。そう思いながらテントから出る。この世界の空気は美味しい。機械が繁栄していないせいなのだろうか。光の粒が渦巻いては消える。グリシャから聞いたが、この大陸に渦巻く魔力の素だそうだ。魔素とこの地方では読んでいるらしいが、地域によって呼び方は変わるとのことだ。
…ああ、本当なら俺もあれを感じ取って魔力で魔法を使えたかもしれないんだなあ。柔道技スキルってなんだよ…
ネガティブになってしまっている自分に気づき、その女々しさは現実世界から何も変わっていないことに辟易した。気を取り直し、朝飯の準備を始めた。
旅は順調で体も痛みが無いので本当に死ぬ気がしない。そんな俺だが、包帯を取ると生々しい火傷キズがそのままだ。よく生きていると思う。転生してからというものの、ずっと他人事のような感覚があった。しかし…あと10日足らずで王都グンガイへ着くのだろうか。ジリジリと自分が死ぬというタイムリミットを感じ始めた。
これが俺の今の現実なんだな…頭の中に霞がかかったような感覚に陥る。死ぬ。もう一度俺は死ぬかもしれない。心が囚われた。
「おはよう。」グリシャが起きてきた。はっとして、俺は返事をする。グリシャのおかげで俺はひょっとして自分を保っていられるのかもしれないな…
「グリシャ、朝飯だ。昨日の出汁でスープを作ったから食べるんだ。」木の皿を渡す。起きたばかりだからか、返事もせず受け取り小さい小声でありがとうと言うと、倒木に腰掛ける。スプーンでくぴっとスープを飲む彼女をみて思うことはまだ幼い少女だと言うことだ。安全に早く着かないと彼女も危うい。最悪彼女だけでも助けないと。
じっとグリシャを見つめていると、それに気づいたのかこっちを見る。
「なーにみてんのよ。」幼い少女から意地の悪い言葉が聞こえてくる。グリシャらしいな。「いや。すまん。早く着かないと俺は死ぬし、お前を無事にたどり着かせることができないと思ってさ。」
「そんなこと心配してたの?あんたの心配じゃなくて?」大きな目をさらに大きく開く。「ドウタロウって、変な人よね。あなたの世界の人間はそんな人間ばかりなのかしら。」視線は俺をみながらスープを皿から直接飲み始める。美味しかったみたいだ。
「いや、どうだろうな。俺だって今はそう思ってるけど、その時が来たら自分のことしか考えられないかもしれない。俺の世界では自分に直接降りかかるまではカッコつける人間の方が多いかもしれないな。」はっきり言われると、自虐的な気持ちになってしまった。俺たちの世界は騙し合いの隙間に家族を形成して生き残るような物だった気がする。
「カッコつけなくていいよ。あんたはあんたのことを考えなさいよ。私は私のことを考えているからさ。」笑顔で俺に話す。心の底からそう思っているのだな。響く言葉だ。なぜか少女に言われて、鼻がつんとする。目の内側に薄い水の膜が張る。なぜだろう。現実世界でも大人になってから人前では泣いたことなどなかったのに。
「なあ、グリシャ。その、ありが」言葉を最後まで発することはなかった。大きな衝撃音と共に脇腹に大きな衝撃が走る。世界が回る。地面に頭が擦り付けられる。死んだ?風穴いたのでは?耳鳴りがする。遠くから俺を呼ぶ声がする。「グリシャ!!!」立ち上がれた。脇を触るが体は消し飛んではいない。
前方に男が立ってグリシャの髪を掴んでいる。俺はこの世界に来て初めてとも言える感情を覚えた。
「おい、誰かしらねえが。その女の子から離れろ。」体が熱い。燃えるようだ。溶けちまいそうだ。
「ああ?指図すんなよ。出来損ないの英雄候補さんよ。お片付けに来てやったぜ。」
見知らぬ男は、ニタリと笑って俺をみた。
魔法世界を柔道派生スキルのみで這い上がっていく男がいます セト @napo114
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