制限時間は三分

丸山 令

Vs 愉快犯

 斎藤ノエル刑事には 三分以内にやらなければならないことがあった。

 

 室内にいる刑事たちが、目の前のモニターを固唾を飲んで見つめる中、彼は眉根を寄せながら、手帳にペンを走らせていた。


 モニターの下では、刑事の一人が残り時間を読み上げつつ、汗ばむ手でペンチを握りしめている。

 

 

 事件の発生は、時を遡ること一時間前。


 役所に届けられた一通の怪文書は、同役所内に爆弾を仕掛けた旨を綴った 犯行声明文であった。

 職員が念のため役所内を調べたところ、普段あまり使われることの無い三階小会議室の扉が、鎖と南京錠で封鎖されているのをみつけた。


 驚いた職員が扉に近づくと、唐突に 扉の上に設置されていたモニターから、軽快な音楽と映像が流れ出した。


「やぁ。よく見つけたね、職員殿。『君は有能だ!』まずは、褒めて差し上げよう。これで君たちは、とりあえずここから一時間の猶予を得た。

 取り急ぎそのことを上司に報告し、指示を仰ぎたまえ。次の動画配信は、この動画から十五分後。急がないと大事なヒントを見逃してしまうぞ」


 ボイスチェンジャーを使用して、尊大かつふざけた口調で話す仮面の男は、きひひっと笑う。

 途端、画面は黒に切り替わり、赤い数字が現れた。

 残り六十分のカウントダウン。


 職員は、直ちにこのことを上司に報告。上司は警察への連絡を同僚に任せ、知らせに来た職員とともに、小会議室へと向かう。


 二人が辿り着いてから程なくして、モニターの数字が 仮面の男の映像に切り替わった。


「お見事お見事!よくぞ、あの短時間で状況を説明し、ここに戻って来られたね。部下だけじゃなく、上司も賢いってことだ。

 それじゃ、次のヒントいっくよー⭐︎

 最寄りの警察に電話するなら、ついでに伝えてくれたまえ。『鍵は刑事課宛に送ってあるよ』ってね。

 次のヒントは二十五分後。急げ!見逃すな!」

 

 男は、仮面越しにあっかんべぇをする。


  その頃、連絡を受けた警察は、至急本部に連絡。爆発物処理班の出動を要請し、直ちに現場へと急行した。


 所轄の武田刑事課長は、地域課員に 役所職員並びに周辺住民の避難誘導を指示。

 刑事課員二人を伴い、小会議室前に到着した時、丁度モニター画面が切り替わった。


「間に合うなんて驚いたな。日本の警察って、本当に優秀なんだね?すごい凄い!」


 はしゃいだような声音に、武田課長は舌打ちする。


「それじゃぁ、早速、試合開始と行こうか。

 自己紹介が遅れたね。僕の名前は怪人K。まずは、状況を説明するよ!

 その建物には、二個の爆弾が仕掛けられている。大きいのは、君たちの予想通り、この会議室の中。ちなみに、二個目は このモニターの裏だよ」


 刑事たちは、一言も喋らず静かに話を聞いている。


「モニター裏の爆弾を解除するのは、そう難しくない。扉を開ければ停止する仕組みだ。その後は、中のモニターに映し出される映像の指示に従ってくれたまえ」


(タイムリミットまで、あと十分か……)


 武田刑事課長は考える。

 振動を与えないよう、そっとモニターの裏側を覗き込むと、そこには確かに爆弾ようの物が置かれている。


(あのサイズ。これが爆発すれば、中の爆弾も誘爆し、結構大きな爆発になる。時間内に処理班が到着する見込みも無い。一般人の非難は済んでいるから、我々も退避が妥当か。十分あれば、何とか逃げられるだろう)


「二人とも、離脱するぞ」


 瞬時に判断し、連れてきた部下二人に声をかける。

 と、モニターから声が響いた。


「素晴らしい!とても良い判断だ。でも、それだと一人死んじゃうよ?」


「何だと?」


 課長はモニターを睨みつける。


「あはは。だって、僕は君たちと遊びたいんだ。逃げないように、手は打ってあるとも。

 昨晩のうちに、夜勤の職員を一人攫ったよ。睡眠薬を使ったから、今は中で寝てるかもしれないね」


「確証がない」


「そうだねぇ」


 楽しそうに仮面の男は言う。

 武田刑事課長は、再び舌打ちをした。


「鍵はまだ来ないのか」


「我々がこちらに移動している最中に、鍵の話の連絡が来ましたからね。残った斎藤刑事が総務へ回収に行って、直ぐ届けるようなこと言ってましたが……」


「帰国子女のエリート君か。望み薄だな」


 刑事二人の発言に、武田刑事は額を押さえた。


 斎藤ノエルは母親がアメリカ人のハーフで、アメリカの大学を卒業後、日本に帰国。今年の春から同署刑事課に配属となった。

 派手な経歴に整った顔。バイリンガル。

 今年の刑事課は、偶然、年配の叩き上げ刑事が多かったためか、無駄に目立つ彼は 何となく輪から外される形となっていた。


(そうは言っても、面倒な雑用ごとを文句も言わずこなしているし、意味もなく爪弾きにするのはどうなのだろう)


 とても和やかとは言えない課の状況に、課長は常々頭を悩ませていた。


 武田刑事課長はモニターを見る。


(残り八分。逃げるのなら、これが最後のタイミングだ。鍵がなければ、中に人がいても助けられない。部下を危険に巻き込むわけにはいかない)


 退避を命じるべく口を開いた時、階段を駆け上がってくる足音が聞こえた。

 踊り場からひょっこり顔を出したのは、件の斎藤刑事であった。

 

「鍵! 持ってきました!」


 息を切らしつつ鍵を掲げる彼の姿に、その時その場にいた刑事らは、絶望を感じたという。


 そうは言っても、一般人の安全が最優先である。

 カギも間に合った。

 もう、扉を開けない選択肢は無かった。


 南京錠を開け、ノブに絡み付く鎖を外すまでに要した時間は、およそ五分。

 そっと扉を開けると、中にあるモニターが自動点灯する。


「ようこそ、勇者諸君。そして、まずはおめでとう! 無事、扉の爆弾を止められたようだね。

 さて、ここでは、命をかけて僕とクイズバトルをしてもらうよ⭐︎」


「職員はいたか?」


「はい!モニターの前に!」


「よし!抱えて離脱するぞ!」


「因みに、この部屋の爆弾は、光感知式で五分後に爆発する時限式だ。あ。この映像が流れると同時に起動しているから、もう五分を切っているね。人を抱えて逃げても間に合わないかな〜? 逃げるなら、よく考えて行動してね。

大丈夫!クイズに答えられれば、爆弾を止められるよ!」


 こちらの行動を全て見透かし、嘲笑うかのような仮面の男の態度に、刑事課長は再度舌打ちをする。


(悔しいが、男が言う通り、意識のない人間を抱えて逃げた場合、離れられる距離には限界がある。だが、部下たちだけなら、走って逃げれば間に合うかもしれない。

 また、クイズとやらがどんなものか知らないが、俺にわかる問題ならば、まだ全員が生き残れる可能性はある)


「お前たちは走って逃げろ。眠っているこの人は気の毒だが、俺と人生を共にしてもらう」


 だが、その場の人間は、誰一人として動かなかった。


「一人で考えるより、考える頭はいくつかあったほうが良い」


「俺も、残りますよ」


 二人の刑事の言葉に、斎藤ノエルも頷いた。


「お前たち……」


「……さぁ、そろそろ準備は良いかな? なお、この区画は、現在妨害電波が出ているから、電話やウェブは使えないよ。自分たちでよく考えてね」


 刑事課員たちは、モニターを見つめた。


「君たちには、ある動物の名前を当ててもらうよ。制限時間は三分。解答は三択で、実際に爆弾のコードを切ってもらう。下を見たまえ」


 モニターの下に置かれた爆弾を見ると、コードは剥き出しになっており、①②③のタグが付けられている。

 その上爆弾の横には、ご丁寧にリボンが巻かれたペンチまで置かれていた。


「開始直後、その動物の映像を流す。その三十秒後に選択肢が出るよ。更にボーナス!三十秒ごとにヒントも出そう。間違えたら、その場でドカーン!ワクワクするね?」


「ワクワクなどするものかっ!」


「ええと、僕、動物詳しくないので、カウント読みますね。番号が分かったら言ってください。直ぐに切りますから」


 悪態をつく刑事課長の横を通り、若い刑事は爆弾の前に座る。


「それでは、動画スタートぉ!」


 爆弾のタイマーが動き出し、映像が切り替わる。

 ごつごつした岩肌の切り立つ草原の風景。画面奥から、もうもうと土煙が巻き起こっている。

 最初は豆粒程度に見えていたその動物の群れが、一斉にこちらに向かって突進しているようだった。


「あれは、なんだ?牛?」


「さぁ、見えているかな? そう、あれは『全てを破壊しながら突き進む ある動物 の群れ』だ。

その動物の名前をあててくれたまえ。選択肢は三つ。あぁ、答えなければ時間切れでドカンだから、がんばってねぇ?」


「あと五秒で、選択肢出ます」


「ああ、くそっ。動物までが遠くて、よく分からん!」


 画面が切り替わり、選択肢が表示される。


 ①ヌー

 ②バイソン

 ③バッファロー


「違いが分からん」


 呆然と、課長が言った。


「全て、群れで突進することのある動物です。ヒントに頼るしかないですね」


 斎藤ノエルは眉根を寄せながら、手帳にペンを走らせる。


「最初のヒントまで五秒前。四、三、二……」


「最初のヒント。この動物なら、爆発物の処理に最適だと、僕は思うんだ」


 全員が渋面を浮かべた。


「今のがヒント? このふざけた男は、本気で爆発させる気か!」


「爆発物処理……」


 斎藤ノエルはメモをとる。


 二つ目のヒントは、ブドウの画像。


「ブドウ……か?」


「見たことあるな。楕円のアレ。ええと、スチューベン!」


「子どもの頃、アメリカでよく食べましたね」


 斎藤ノエルの呟きに、課長は手を叩いた。


「アメリカなら、バイソンか!」


「それだと、爆発物処理のヒントの意味がわかりません」


 困ったように眉をよせるノエルに、刑事課長は項垂れた。


「あとヒントは二つです。五秒前、四、三、二」


 次に表示されたのは、潜水艦らしきものの白黒写真。

 斎藤ノエルは顔を上げた。

 目を瞬いて、メモとモニターを交互に見比べる。


「最後のヒントです。五……」


 半ば諦めたのか、暗い声でカウントを始める刑事。

 と、画面が仮面の男の映像に切り替わった。


「最後はスペシャルヒントだよ。僕は、君たちをことができたかな? 生き残って、是非感想を聞かせてくれたまえ。ああ、Wi-Fiが繋がっていれば、検索することも出来たのにね?」


「困惑だと?ふざけやがって!」


「こうなったら、当てずっぽうでどれか切るしか……」


「③です」


 斎藤ノエルは顔を上げた。


「答えは③『全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ』切って下さい」


 先輩刑事は一瞬呆けたが、残り時間は五秒。

 ええい!ままよ!と③のコードを切る。

 すると、タイマーはそこで止まり、モニターから動画が流れだした。


「あははははっ。お見事お見事!ちょっと簡単すぎたかな? でも、楽しかったでしょ?また遊ぼうね。それまでみんなに、神の祝福を!」



 それから数日の間、刑事課員は、現場保存やら爆発物処理やら鑑識作業やらで、大忙しだった。

 数週間は、見取り図書いたり書類作ったりで、血反吐を吐いた。


 全てが終わった後のお疲れ会には、斎藤ノエルの姿もあった。


「で、結局、なんでバッファローだったんだ?」


 酔っ払った先輩達に絡まれているのに、どこか嬉しそうな顔で、斎藤ノエルは答える。


「あのブドウ、直ぐには思い出せなかったんですが、バッファローっていう品種なんですよ。

 潜水艦はアメリカ軍のもので、バッファローという名称です。

 爆発物処理に向いている……地雷処理車にバッファローという名称のものがあります。

 そして、『困惑させる』という動詞は、英語で buffalo 。更に、Wi-Fiルーターでバッファロー社は有名です」


「なんだよ。賢いなぁ」


「何れにせよ、おかげで命拾いした。今日は課長が奢るから、飲め飲め〜」


「せめて、俺の許可を取ってから言ってくれ。でも、本当に良くやってくれたから、奢ってやる」


「俺らも?」


「お前ら、俺の薄給知ってる?」


「なんだ課長のケチー!」


 笑い合う同僚の輪の中で、斎藤ノエルは微笑んでいた。

 それまでクールな対応をされていたから、仲間に入れたことが純粋に嬉しかった。


 それにしても……と、斎藤ノエルは考える。


(随分、英語圏の人間に分かりやすく作られた問題だったな。怪人K……)


 最後に残された『神の祝福を』の言葉に、斎藤ノエルは聞き覚えがあった。

 クリスマス生まれの自分を祝う時、良くそんなことを口にしていた親友のケビン。

 ケビンも日系のハーフで、二人はとても気が合った。


 日本に住んでいる彼に最後に会ったのは、つい数ヶ月前。

 その時、中々職場の輪に入れないことを相談したりもしたのだが……。


(いや。でも、まさかね。爆弾は本物だったし。彼が、『僕が職場の輪に入れるように、事件を起こした』なんて、ありえないか。ごく普通の会社員だしなぁ。ないない)


 そう断定して、ノエルは楽しげな会話に戻っていった。





「どうやら上手くいったようで、良かったですね?エージェントケビン」


 飲屋街にある小洒落たバーの窓から、今まさに居酒屋から出て来た酔っ払い集団を眺めて、スーツ姿の金髪の女性が、隣の男に話しかける。


「うん。アンのおかげで、すごく上手くいったよ。ありがとう」


 顎のオシャレ髭に触れながら、ケビンと呼ばれた男は微笑んだ。


「いくら親友の為とはいえ、こんな危ないことは、もうやめて下さいよ? 当局に知れたら殺されます」


「うん。もうしないよ」


 微笑みながら仲間と一緒に駅に向かうらしいノエルの姿を視界におさめつつ、ケビンはグラスを傾けた。


「君に神の祝福を」




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