ユウちゃんが、コウちゃんになっていることで、私はどうしても動揺をおさえられなかった。

 私の知っている世界は、一体どこに行ってしまったのかしら。

 それとも、私が見てきた世界が、まちがいで、世界が治癒し正しくなってきているだけなのかしら。

 これは、お母さまが大事にしていたお茶碗なのかもしれない。薄くて、梅の描かれているお茶碗を洗い物のときに割ってしまった、あのぐるぐるに、どこか似ている。きっと、そう。ちょっとした気のゆるみで、全部が崩れ、使い物にならなくなっちゃう、そんな。

 お茶碗のから、ほうじ茶がすこしずつ、漏れていく。少し欠けた縁に唇が触れて、ちょっぴり血がにじむ。取り返しのつかないことを、「やってしまった」という、感覚。


 あれから、兄さんはどこへ行ってしまったんだろう。

 そのとき、私はようやく黒電話の受話器から、視線を外すことができて、少しほっとしてしまった。

 ほっとしてしまって、このうちの空気が変わってしまったことに、私、こわくなってしまったの。お台所、いいえ、このうちのすみからすみまでが、冷ややかな視線で私のことをのぞき込んでいる。流し場の銀色に反射する蛇口から、しずくがしたたり、とん、とん、とん、とん、と音を鳴らしている。私は蛇口に触れ、ぎゅっと力を込めたのだけれど、兄さんが使ったのが最後なだけあって、これ以上ないほどきつく蛇口は閉まっていた。


 とん、とん、とん、とん。

 とん、とん、とん、とん。

 とん、とん、とん、くすくす。


 くすくす。くすくす。くすくす。

 くすくす、という音が、ちょっとずつ大きくなってきているみたい。

 でも、この音には私、こわがらないのよ。

 私、こわがるどころか、やっと深い呼吸ができたくらいよ。

 だって、この音は。この音は、愛しい、愛しい音なのだもの。


 

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鼠と改竄 あにょこーにょ @shitakami_suzume

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