3
ユウちゃんが、コウちゃんになっていることで、私はどうしても動揺をおさえられなかった。
私の知っている世界は、一体どこに行ってしまったのかしら。
それとも、私が見てきた世界が、まちがいで、世界が治癒し正しくなってきているだけなのかしら。
これは、お母さまが大事にしていたお茶碗なのかもしれない。薄くて、梅の描かれているお茶碗を洗い物のときに割ってしまった、あのぐるぐるに、どこか似ている。きっと、そう。ちょっとした気のゆるみで、全部が崩れ、使い物にならなくなっちゃう、そんな。
お茶碗のひびから、ほうじ茶がすこしずつ、漏れていく。少し欠けた縁に唇が触れて、ちょっぴり血がにじむ。取り返しのつかないことを、「やってしまった」という、感覚。
あれから、兄さんはどこへ行ってしまったんだろう。
そのとき、私はようやく黒電話の受話器から、視線を外すことができて、少しほっとしてしまった。
ほっとしてしまって、このうちの空気が変わってしまったことに、私、こわくなってしまったの。お台所、いいえ、このうちのすみからすみまでが、冷ややかな視線で私のことをのぞき込んでいる。流し場の銀色に反射する蛇口から、しずくがしたたり、とん、とん、とん、とん、と音を鳴らしている。私は蛇口に触れ、ぎゅっと力を込めたのだけれど、兄さんが使ったのが最後なだけあって、これ以上ないほどきつく蛇口は閉まっていた。
とん、とん、とん、とん。
とん、とん、とん、とん。
とん、とん、とん、くすくす。
くすくす。くすくす。くすくす。
くすくす、という音が、ちょっとずつ大きくなってきているみたい。
でも、この音には私、こわがらないのよ。
私、こわがるどころか、やっと深い呼吸ができたくらいよ。
だって、この音は。この音は、愛しい、愛しい音なのだもの。
鼠と改竄 あにょこーにょ @shitakami_suzume
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