その時計を止めるには

奈那美

第1話

 彼女には三分以内にやらなければならないことがあった。

現在時刻は二十三時五十七分。

彼女は今、お城の舞踏会で王子様とダンスを踊っているのだ。

 

 彼女の名前はシンデレラ。

意地悪な継母と姉たちに召使のようにこき使われ、虐げられ、いじめられる毎日を過ごしていた。

 

 そして舞踏会当日も、シンデレラをひとり残して出かけていったのだ。

 

 ──舞踏会には、行かれないのね。

お城が見える窓際に座るシンデレラのほほを涙がつたった。

と、とつぜん声がした。

 

 「舞踏会に行きたいのかい?それなら私が行かせてあげよう」

声の主は、フードを深くかぶった魔法使いのおばあさんだった。

「ねずみとかぼちゃを用意できるかい?」

 

 おばあさんは魔法の杖をふるい、シンデレラの身支度を完璧に整えてくれた。

お城に着いたシンデレラと王子はひと目で恋に落ち、それからずっとふたりで踊りつづけていたのだ。

 

 あと、三分しかない!

今からお城を出るとしても、たった三分間だとこの大広間の入り口に着くことすらできない。

 

 どうしよう……魔法が解けてしまったら、みすぼらしい服を着たいつもの私の姿になってしまう!!

 

 あと三分……。

おばあさんは、なんと言ってたかしら?

シンデレラは必死に記憶の糸をさぐった。

そして、おばあさんとの会話を思い出した。

 

 「ひとつだけ約束しておくれ」

「約束、ですか?」

「そう。この魔法は十二時になったら解けてしまう。だからお城の時計が十二時になるまえに帰ってくること」

「お城の時計が十二時に、ですね」

「そのとおり」

 

 

そう言ってたわ。

ダンスを踊っている大広間には、大きな振り子時計があった。

振り子が左右に揺れ、カッチカッチと音を立てている。

 

 あの時計を止めれば、十二時にはならない!

シンデレラは王子様の手を振りほどき、大時計のもとへと走った。

目の前にはゆらゆらと左右に揺れる振り子がある。

 

 シンデレラは振り子を両手でつかむと、渾身の力をこめてへし折った──まるで振り子が継母や姉であるかのように。

振り子がなくなった時計は、動きを止めた。

 

 時計の針は十一時五十九分をさしていた。

(間に合った……のかしら?)

時計を見つめたまま、シンデレラは心の中で数をかぞえた。

百を数えても、時計の針は動かなかった。

 

 やったわ!十二時にならずにすんだわ。

シンデレラはゆっくりと自分の姿をみおろした。

美しいドレス姿のままだった。

 

 これで心置きなく王子様と踊り続けられる!

シンデレラは王子のもとへ戻ろうと振りかえった。

 

 だが王子は……いや、王子だけではなく広間でダンスを楽しんでいた人々はみな、ダンスを踊っていた状態でかたまっていた。

「え?なぜ?どういうこと?」

 

 人形のように動かなくなった人々のあいだを、シンデレラだけが動き回っていた。

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その時計を止めるには 奈那美 @mike7691

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