美味しいお茶が入るまで
森陰五十鈴
アリエッタの選択
アリエッタには三分以内にやらなければならないことがあった。この邸のお嬢様キーラのお茶請けとなる菓子を選ぶことだ。
テラスでお茶が飲みたい、と言い出したキーラのために、アリエッタは紅茶を用意することとなった。キッチンで、よく温めたポットに茶葉を入れ、ゆっくりとお湯を注ぐ。あとは砂時計をひっくり返して待つだけ。わがままお嬢様にしては手心の加えられた言いつけに、余裕余裕、と鼻歌まじりに落ちる砂を見つめていると。
「お茶請けもお願いねー」
テラスから可愛い声が飛び込み、アリエッタはたちまち冷や汗を掻くこととなった。
お茶請け。すなわち、お菓子。
そりゃそうだ、と自分で自分に突っ込む。甘いものが大好きな大好きなお嬢様が、お茶だけで満足するはずがない。
手心が加わっている、だなんて。自分ののんきさを呪いつつ、頭を激しく回転させ、視線だけでキッチンを見渡した。ここはお金持ちの邸宅。お菓子のストックなら、いっぱいある。
だが問題は、お嬢様の要望で。
「私の気分に合ったものでお願いねー」
などと、間延びした声でとんでもないことを言うものだから、困ったものだ。
キーラの気分? 知るはずがない。むしろ「これだ」と指定してくれれば、悩まずに済んだものを。
しかし、アリエッタはこの邸の使用人。お嬢様に反発し逆らうことなど、許されるはずもない。
速やかに、お菓子を用意しなければならない。それも、お茶が渋くなるその前に。
アリエッタはキッチンの棚へと駆け寄った。そこには、いろいろなお菓子がある。金平糖、スミレの砂糖漬け、フルーツ入りのパウンドケーキ。ショコラに、クッキー。スコーンに、マカロン。
さあ、どれがいいでしょう。
今の時間は、午後一時。お昼は早めに食べたとはいえ、二時間後にはまた〝お茶の時間〟がある。軽いものが良いだろう。というわけで、ケーキとスコーンはなし。
今日のおやつの予定は何だっけ、とアリエッタは思い出す。パンケーキ、だった気がする。蜂蜜をたっぷりかけるのだ、とキーラが意気込んでいるのを、午前中に見た。ならば、濃厚な甘さのショコラもなしか。
砂時計の砂は、さらさら落ちる。残りはあと半分。
今日の朝食は、クロワッサン。バターがきっちり練り込まれたやつ。キーラは三個も食べていたから、バター味には満足したはずだ。同じくバターを使ったクッキーは、外しても良いだろうか?
棚にあるピンクのマカロンは、フランボワーズのフレーバー。今日のお昼はサンドウィッチで、キーラは苺のジャムが挟まったものをデザート代わりに食べていた。ならば、果物にも満足しているだろうか? こちらも選択肢から外しておこう。
今淹れている紅茶は、薔薇の香りがするフレーバーティー。それなら同じ花のスミレはやめておこう。風味が相殺されてしまう。
そうすると残ったのは、金平糖。アリエッタは、色とりどりの星がいっぱい詰まった小瓶を掴み取り、踵を返す。砂時計の砂は、あと少し。テーブルに駆け寄って、ポットとカップ、それから小瓶をお盆に載せて、キーラの待つテラスへ向かった。
まだ幼さの残るお嬢様は、白いテーブルに肘をついて、足をぶらぶらさせて、ミモザの咲く庭を眺めていた。フリルたっぷりの黄色のドレスが、小さく揺れている。
キーラはアリエッタに気がつくと、姿勢を正して、催促した。アリエッタは素早くテーブルにカップを置くと、琥珀色の液体を注ぎ込む。芳醇な薔薇の香りが広がった。
それから、そっと小瓶を置く。
「金平糖?」
キーラは不思議そうに小首をかしげる。間違ったか、とアリエッタは顔を強張らせた。もしかして気分ではなかっただろうか。消去法で決めたのが悪かった?
だが、キーラはアリエッタの懸念を打ち消すように小瓶に手を伸ばし、蓋を開けた。瓶を傾けてカラカラと金平糖を掌に出し、一粒摘んで口の中に放り込む。硬さに少し苦労しながらも咀嚼して、飲み込み、紅茶を啜った。
「うん。……まあ、いいんじゃない?」
評価はまずまず、及第点、といったところか。ホッとしていいのか、がっかりしたほうがいいのか、アリエッタには判断がつかなかった。
だが、キーラのご機嫌は損ねなかったようで、お嬢様はポリポリと無心になって金平糖を食べている。
ひとまず安心していいか、とアリエッタは胸を撫で下ろした。
美味しいお茶が入るまで 森陰五十鈴 @morisuzu
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