バッファローの群れがいる花園の中で
@huller
バッファローの群れがいる花園の中で
騎士には三分以内にやらなければならないことがあった。
かつて己が魔物の手から救い出した姫、その姫様の、騎士への恋心を打ち砕かねばならないのだ。
騎士が姫様に呼び出された場所は、城内にて満開に咲き誇る花園だった。
初めて姫様から告白を受けたこの花園にて、騎士は今までを一瞬回顧する。
この花園の光景も、数年前から変わった。
二回りも三回りも小さかった姫様の身体は、今や騎士より一回り小さい程度に成長している。
魔物が討伐され平和になった花園には、新たに美しい花が咲いている。
豊かな草花の蜜を求め、蝶が舞い、バッファローの群れが草を食んでいる。
……バッファローがいる!? それも群れで!? 騎士は二度見したが、騎士にとってはより優先すべきことがある。
「姫様。私との結婚は諦めていただきます」
何度言ったセリフだろうか。
王の命を受け、騎士道精神にもとづいて姫を魔物の巣から救い出す。その姫が騎士に惚れ、身分に相応しくない求愛を行い、求愛された騎士が断る。
騎士はこれらの行為には何ら恥じるところがなかった。
無論、騎士から麗しき姫様への愛情が無いと言ったら嘘になる。姫様から騎士への愛情は本物であり、それに最大限応えたいと思っている。
有論、王国への複雑な感情がないわけでもなかった。先月に収賄で処刑された騎士団長は、騎士の育て親だったのだ。
それらがないまぜになっているが故に、今日まで引き伸ばされたと言うべきだろう。恥じ入るとすれば、この状況だ。
姫様の父たる王からも、姫様の恋心を諦めさせるよう厳命されている。残り数分で、姫様の成人の儀が始まるからだ。
成人の儀では由緒正しき許婚が告知され、次世代の統治者が定まり、民は安心し喝采する。騎士たる己も、平穏を享受できる。
何ら問題ないではないか、何も――。
ブルルルオォ……。
バッファロー、鳴いてるなぁ……。
バッファローに気を留めてる場合ではない。麗しき姫様が、騎士たる己の方を向いたのだ。
「騎士様。何故私と結婚なさってくれないのですか?」
嗚呼、何度目だろう。
「騎士たる私は、身分の相応というものを知っています。姫様はより相応しき御方と婚姻なさるべきです」
嗚呼、今思えば……ここで何度も繰り返したお決まりの返答をするべきではなかったのだろうか。
「いいえ騎士様。今この時より、身分というものはなくなります」
「…………は?」
「成人の儀が始まれば、私が雇った兵士によって父上……即ち王を始めとした貴族どもを暗殺させる手はずとなっております。許婚を含めて」
「…………はい?」
「そうすれば貴族と騎士という……二人を分かつ壁は打ち砕かれる。共に生きて行けるのです」
「え、ええ……」
騎士は驚愕した。この姫様の言葉をそのまま受け止めれば、『二人の婚姻を邪魔する王国の仕組みを、暗殺によって壊す』といっているのだ。
ぶっちゃけ残り二分ぐらいで受け止めきれる話ではなくなってきた。
ブルォ……。
自然に生きるバッファローは敏感だ。姫と騎士に漂う異様な空気に当てられ、鳴き声を潜める。
「姫様、本気なのですか?」
「本気よ。というよりもう進めていたの。先月に騎士団長様が処刑されたわよね」
「……」
騎士が知らぬはずがない。先月収賄で処刑された、騎士の育て親たる元騎士団長だ。
実力、精神、学。騎士団長には騎士に必要なもの全てを叩き込まれたと言っても過言ではない。
『身分の相応というものを知る』とはそのまま騎士団長の言葉であり、その通りに騎士団長も姫様と騎士の婚姻には大反対していた。代わりに騎士に気立ての良い町娘を紹介してくれたりもしていたが……。
「彼の収賄は私が告発したの。騎士団長は英雄だったけど、お父様の政敵でもあったから」
「えっ」
ブルッォ!?
「手を変え品を変え粛清し……あの憎き許婚の後ろ盾は、今や父上たる王ぐらい」
姫様は残り少ない時間を使い、ここ数年間の政局と粛清の全貌をさらに明かしてくれたが、全く頭に入ってこなかった。
育て親たる騎士団長、その死の真実にショックを受けたからだろうか。
可憐であった姫様が歪み、これほどまでの政局の怪物になってしまったのがショックだったからか。
ブルォォ……ブレゥゥゥ、ブロン……。
バッファローが群れを成して横で鳴いているからか。
「――あとは騎士様次第。私と一緒に、来てくださる?」
選択の時だった。
最初に三分と身構えた己が愚かだった。
本当に選択しなければならない時は、猶予は三秒もないのだ。
「う、あ、あ」
騎士は頭を抱え、よろめき、うめいた。一秒一秒を無駄に使う愚かさが導いた答えもまた、愚かだった。
踵を返し、花を踏み、声を上げ、騎士は駆ける。
姫様についていくわけでもなく、姫様を咎めるわけでもなく、ただただ逃げ出したのだ。
「騎士様!?」
「う、わぁああああああ!!!!」
ブッルルルッルルォオオオオン!!!
騎士の叫び。その情けなさに同情し、怒りに同調したバッファローの群れが、騎士に追従する!
城内の厳かな通路、成人の儀を準備中の小姓と貴族! 騎士が蹴散らしていく!
固く閉じた城門、歪む顔の騎士に動揺する兵士たち! バッファローの群れが打ち砕いていく!
城下町の酒場、うだうだ飲んで語り合う冒険者たち! 騎士が蹴散らしていく!
都市近郊の秘密通路、魔物の再興を願う邪教徒たち! バッファローの群れが打ち砕いていく!
姫様がどのような顔で見送ってくれたかさえも見ていない。
『常に勇敢であれ』
『名誉を重んじよ』
『身を挺して主人を守れ』
育て親が教えてくれた精神、騎士が信じた精神。その全てが互いに相反したと感じた時、全ては同時に壊れてしまったのだ。
壊れた感情の慣性が無くなり、鍛えた足が限界を迎えた頃。
何処か知れぬ草原にて、バッファローの群れとともに騎士は寝転んだ。
おおよそ三日経っただろうか。
自失した騎士といえど腹は減る。近くの村へと向かうことにした。
バッファローの群れは何故か付いてきてくれた。
村にはお触れの看板がでていた。
騎士は育て親に無理やり学を付けさせられたので、お触れの大意を掴めた。
『反逆したクソ姫、明日処刑します。興味があったら城に来てね』
ブルロン……。
城下町を行き来する商人に聞いてみると、どうも姫様はあの後に放心し、合図が無くなった暗殺傭兵は動揺、そこからなし崩しに反逆計画がバレたという。
持ち歩いていた僅かな路銀で干し肉を買い、草原に戻り、寝転がる。
村に行っても、騎士のことは指名手配されていなかった。城下町で暴れて逃げた騎士のことを、憐れな気狂いだと捉えたのだろう。
だが主犯である姫様は許すことが出来ないので処刑する。道理だ。全く以て道理だ。
ブルンッ、ブルォロン。
……何故今更、姫様のことを気にするのだ。
あの権謀術数飛び交う城下町から逃れられたのだし、自ら逃げたのだ。
姫様は騎士との結婚を望むあまり、政に入り込んで政敵を潰そうとし、結果として処刑される。それだけではないか。
否、それだけではないし、答えは既に出ている。
騎士は純粋に姫様を好いていたのだ。
純真に迫ってくれる麗しさと、学薄き騎士にも面白おかしく話してくれる賢さに、騎士は惹かれたのではないか。
ただ育て親の意見や世間体、また騎士道精神を盾にした気恥ずかしさで、ただ姫様を遠ざけてしまっていた。
得心した。今その枷の全てがないではないか。
騎士道精神など、世間体など、親の意志など、とうに死んでいる。
己を支え縛っていた全てが死に絶え、姫様だけが生き残っている。
例え彼女が政局の怪物になったとしても、好いた根本の事実は変わらない。
ならば道理など掻き捨て姫様を助けに行かねば、己は真の屑に成り果ててしまう。
立ち上がる。
草原から遥か遠く、城は夕日に照らされている。不思議だ。己が城の内側に居た時より厳かに、光り輝いて見える。
ここから走ったとして、姫様の処刑時間に間に合うだろうか。
そんな常識的なことを考えていたときだった。
ブルォォォン!
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――処刑当日。
処刑台付近には、娯楽を楽しむため野次馬の民衆どもが集まっていた。なんてったって今日は姫の処刑日和! 天気も快晴だ!
当然、そこには処刑人と姫が中央に居た。
(良く研がれたギロチンの刃が、眩い陽光を反射しています。
いつでも私の首を取れるよう煌めいているのでしょう)
……ルォン……。
(愚かなことをしたものです。
あれほどのことを告白すれば、例え騎士様であろうとも拒絶されることは分かっていたのに。
己の卑劣さを、あの人だけは分かってくれると、何処かで期待してしまっていた)
「これより姫の処刑を執行する」処刑人が口を開き、準備を進める。
…ルルォン……。
(いっそ清々しいです。この世界の全てに刃を突きつけられ、首をハネられるのですから……)
「う、うわあああ!!なんだあれは!」
(?)
ブルルルォォォォオオオオンン!!!
ブルォォォ、ブルルル、ブルォオオオオンン!!!
ブロロァアアアアン!!!
「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れだ!!!」
「誰か乗ってるぞ!!」
(??? 何故バッファローが?? あの花園に居たバッファローも謎でしたが!)
処刑人が、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れを前に立ち塞がる!
「止まれ! 処刑は執行されなければ国の法として成り立たぬ!
如何に全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れであろうとも怯まぬ!
この処刑人の手によって、国の秩序のため死んでもらおう!」
処刑人の両手斧が、処刑台に向かってくるバッファローを次々と切り落とす!
だがそれも数匹に留まる。バッファローに乗った何者かは、騎乗からの槍突きを行う!
バッファローに騎乗した者とバッファローに騎乗してない者。
力の差は歴然であり、処刑人は防ぎきれず両手斧とともに吹き飛んでいく!
秩序が不在となり、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが野次馬を破壊し、混沌と化した処刑場は砂煙に包まれる。
処刑台という台風の目の中。騎乗した人物は、颯爽と処刑台を破壊し、姫に手を差し伸べる。
「恥ずかしながら舞い戻ってまいりました。姫様をもう一度、三分以内に救うために」
「騎士様……!」
姫は騎士の手を握った。白馬ッファローの騎士を、もう離すまいと。
バッファローの群れがいる花園の中で @huller
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