十話 クリームソーダ 2
「…………」
「…………」
えっと。
ルアルトルン、という女の子に料理を作ることになった。鶏肉の料理が好きだということで、レモンチキンステーキをご馳走した。バターで皮をパリッとさせ、レモンを乗せた酸味とコクのあるソースが、淡白な鶏肉によく合う代物だ。
もくもくとそれを無言のまま食べて、彼女はフォークとナイフを置いた。
「……おいしかったわ」
「そ、そうですか。それは何よりです」
「マズかったらやっぱりリエッタと一緒にいるのはマイナスだと判断してたけど、これは文句のつけようがないもん。ワタシが食べてきた中で、最高の鶏の料理だったわ。誇っていい」
「は、はぁ。ありがとうございます……? ルアルトルンさんは……」
「ルルでいいわ。認めるわよ、リョウト。あんたはリエッタに相応しい」
「ど、どうも。いや、他人から俺とリエッタの関係をどうこう言われたくないよ」
「他人じゃない。ワタシはリエッタの大親友」
「……いや、当人同士じゃないから他人でしょ」
「…………そう言われてみればそうかもね」
納得したようだった。皿についたソースをバゲットで拭ってそれを食べながら、ルルは指を一本立てた。
「最近流行りだしたサファイアソーダって言うのを、ワタシも飲みたい」
「はい、お持ちします」
俺の作った青色のシロップはレシピが拡散され、一躍名物になってしまった。それでも俺独自の配合は真似できないと俺への注文も殺到している。こっちはリコリスが頑張って覚えてくれて、俺が監修&味見で質を保っていた。
炭酸水にシロップを入れて氷を漂わせる。よし、オッケー。
「どうぞ」
「……うん、ちょっと脂っこいもののあとの炭酸はスカッとする。特にこの爽やかさが堪らないわ。本当にいいシェフなのね」
「恐縮です。まだ修行中の身ですが、精一杯やらせてもらってます」
「うん。ソーダおかわり」
「ただいま」
彼女に追加のソーダを渡して、俺も席に着いた。俺の自宅までやってきて、ルルという少女が急に食事を要求してきたのだ。なんのこっちゃと思いつつも、助けられたこともあるし、よく分からないまま食事を出していたのだが、ようやく聞ける。
「何故こちらへ?」
「リエッタが顔を見て来いって言ってたから、見に来たの。元気そうで安心した。何か伝言があれば伝えるわ」
「お腹が減ったら遊びにおいで、とだけ」
「しばらくはそんな暇はないと思うけど……でも、差し入れは嬉しそうに食べてたわ。最初の頃なんて食べるたびに泣いてたから大変だったもの」
「あ、あはは……」
「笑い事じゃない。リエッタの派閥の人間だからいうけど、貴方、ちょっとリエッタに冷たすぎたわ。貴方が怒る理由もわからなくはないけど、信じてなかったのは貴方の方。リエッタがそんなことを普通いうはずないって思考にならないのが、彼女を信頼していない何よりの証拠よ」
「……実際に言われなければ、分かんないさ。こればっかりはね」
俺はやんわりとそう言って、自分の分の紅茶を口に含む。
「……ごめん。ワタシも感情的になってたわ」
「別に構わなよ。君がリエッタ想いの良い友人なのは伝わってくるし。君みたいな味方がリエッタにいるのは安心できるし、羨ましい」
「貴方にも仲間がいるでしょ」
「ああ。最高の友達が、三人もいてくれる」
レリア、ガル、由紀さん。改めて友達だと言える三人だ。いや、一人はお嫁さんになるのだろうか。友達と言ったらショックを受けそうだ。
「貴方、ハーレムを作るって風のうわさで聞いたわ。リエッタの事泣かせたら、グーで殴るから」
「は、はぁ……まあ、お好きに。反撃はしますが」
「うん、そうね。ワタシのお婿さんだもの。しっかりしてもらわなきゃ」
「……え? どういうこと?」
「リエッタと結婚するんでしょ? なら、ワタシもその人の愛人になるのよ」
何をさも当たり前のようにぶっ飛んでるんだろうこの子。
「いや、君は嫌だよ。全然知らんし、親しくもないし。殴るとか宣言してくる女の子と仲良くもなりたくないし近づきたくもないの」
「え……? えええ!? だ、だって! リエッタはいいって……!」
「俺が断る可能性を考慮してなかったの……? 俺は、君が恋人とは認められないから」
「うぐっ……わ、分かったわよ、好かれるように努力するわ。時間はこれからいくらでもあるし! じゃ、お弁当をいつもの時間に持ってきてね。リエッタと一緒に待ってるから」
「分かりました。ルルさんも、お腹がすいたら、俺がいる時間帯でならご馳走しますから」
「ん、わかった。ありがとう、リョウトさん」
手をひらひらと振って去っていった。何だったんだろうか。
リコリスがこちらを窺っていたが、手招きしたら寄ってきた。
「どうしたの、リコリス。話しかけてくれていいのに」
「あ、あの、ハーレムを作るというのは、本当なのでしょうか……?」
「ああ、うん。そうだよ。なんならリコリスもどう?」
「いいんですか!? ぜ、是非! ベルエルも一緒にいいんですよね!?」
「ちょ、リコリスさん!?」
「俺は構わないよ。ベルエルも好ましく思ってるし、歓迎。まぁ、ベルエルは俺の事好きじゃないと思うけど」
「……リョウト様はにぶちんです。その、わたしも、好き、です。何でもない平民のわたしを気にかけてくれて、仕事ぶりを褒めてくれて、優しくて、お料理が得意で、それを鼻に掛けなくて、その経験という財産を惜しみもせずに教えてくれる……。好きです。末席でいいので、ハーレムの一員にしてください」
「わたしも、リョウトさんが好きです。短い付き合いですが、様々なことに付き合ってくれて、エルフの里に多大な貢献をして下さり、今も、こうして繁栄をお手伝いしてくださるその度量の大きさに惚れてます。同じく、お加えください!」
「……ありがとう、二人とも。嬉しいよ」
「で? ハルコマータの姫様とはあれから話せたんです?」
「いや、まだ……」
そういうと、二人は眉をつり上げる。
「キスした女の子を待たせるなんて最低です!」
「早く返事をしてきてください、リョウト様! ほら早く!」
「い、いや、リエッタも今忙しいだろうし……!」
「じゃあリョウト様はハーレムにあれだけのことをした女の子を加えないおつもりですか!? ずっとずっと遠いハルコマータからわざわざご主人様を追いかけて謝罪とアプローチをしようとした女の子ですよ!?」
「い、いやー……そうだな。俺が無理やり時間を奪うべきなのか」
「そうすべきです!」
「よし。料理を持っていくよ。ちょっと特別なやつを今から――」
「「そんな小細工はいいから真っ正面から突撃してください!」」
「そ、そう……なのかな」
「絶対そうです!」「間違いないです」
女子二人がこうまで言うのだから、間違いないのだろう。
俺はとりあえず、外に出て、彼女が借りた工房に向かうのだった。
まず工房で、出迎えてくれたのはレリアだった。
「む、入れ。とうとう我慢できずにリエッタに会いに来たか?」
「うん、そうなんだ」
「よし。リエッタ! お客さんだ!」
「はーい! このシャリエッタの工房になんでもおまかせあ……れ…………」
俺を見て、真っ赤になってしまったリエッタ。
「きょ、今日は、店じまいに、しようかなー……?」
「エッタ」
「! そ、その呼び方ってことは……」
「俺のハーレムの、第一のお嫁さんになって欲しい」
「…………いてて」
彼女はほっぺたをつねっていた。痛そうにして、笑っていたが、涙がこぼれる。それが止まらなくなって、泣き出してしまった。
「りょ、リョウ……いいの? ホントに……? 私と、一緒にいてくれるの……?」
「君がそれを望むなら、俺もそれを望む。いや、君が望んでなくなって、俺は君の隣にいたいんだ。好きだよ、エッタ」
「……ハーレムのことは聞いてたけど、第一のお嫁さんにしてくれるって、思ってなかった。……嬉しい」
俺は彼女を抱きしめる。
手の中の彼女は、慌てたように距離を取ろうとする。
「ちょ、ダメだって! 私、三日間シャワーもあびれてない……!?」
「……色々酷いことして、ごめんね、エッタ。もう君を、疑わない。君を信じる。心の、奥底から」
そう言って、抱きしめる力に手をこめる。
彼女も、抵抗がなくなって、俺の背中に回す手へ力を込めた。
「……うん」
俺達は、しばらくそうして抱き合っていた。ルルが咳払いをするまで。
ハーレムが形成されたところで、俺のやることは大して変わらない。
メニューを研究し、カルナ様へ出し続ける。今日の料理はハンバーガー。手づかみで食べる料理を所望されたので作ってみたのだが、これがまた大成功。手軽に食べれるとされ、屋台で試しに売ることにしたらしく、それにはリコリスが駆り出された。ベルエルも手伝うらしく、ハウスメイドとして両立は大変だが楽しいと語ってくれた。
俺とエッタは、その屋台でてりやきバーガーとサファイアソーダを購入し、公園のベンチに座る。
復興も大分終わり、人々もいつもの営みに従事している。アトリエも仕事が掃けて、ようやく一日休めるのだとか。
隣で甘辛いソースのそれにがっつくエッタ。白い頬についたソースを拭ってやりながら、自分の分を齧る。
「美味しい! リョウってこんな料理も得意なんだね!」
「まぁ、ほどほどにね。エッタが喜んでくれてよかった」
「うん、満足!」
あっちゅーまに平らげた彼女へ、ソーダを渡す。お菓子が苦手なだけで、普通にドリンクが甘いのは許せるらしい。ただ、シェイクのような粘度というか極端に甘いものは、さすがに苦手なようだった。
「私さ、夢があったんだ。好きな人と、こうやって、何気ない時間を過ごすの。でね、キスしてもらうの」
「おねだり?」
「……うん」
彼女の唇を軽く奪う。ちょっとソースの味がした。
「えへへ、同じ味だね!」
「だね」
「リョウト」
「ん? 何?」
「これからも、よろしくね?」
そう微笑む彼女に、ドキリとしながらも、俺は笑みを返し、ハンバーガーを頬張る。
美味しいご飯。恋人。平和な時間。他に何がいるって言うんだ。
俺は生きる理由が分からなかった。けど、ようやく、俺の存在価値が分かった気がした。
俺を好きでいてくれる人たちのために、精一杯のお返しをする。
それが、俺の生きる道。
「いこっか!」
そう、さし伸ばされる、白く細い手を、
「ああ」
俺は握り返す。
俺達の物語は、まだ始まったばかり。
目の前の二人には、そう、丁度、これからへの物語なのだ。
中卒労働者の俺とお姫様との話は、とりあえずこれで一区切り。
だが、騒がしい久瀬亮人の料理の話は、まだ、これからも続いていくのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
ひとまず第一部は終了です。
もう少し彼らの物語を書いてみたいのですが、一旦ここで更新を止めさせていただきます。
またエピソードが浮かんだら形にしたいと思いますので、長い目で待って頂けると幸いです。
このお話が、皆様の良き暇つぶしになりますように――
――鼈甲飴雨
中卒労働者な俺、異世界で最高の料理人になります! 鼈甲飴雨 @Bekkou
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