十話 クリームソーダ 1

 リエッタと仲直りしたが、今度は俺が彼女に会えない。


 錬金術師である彼女は町の細々とした仕事を不休で頑張っている。俺も夜食や補食などを届けていたが、受け取っていたのはレリアだ。彼女からは「まぁ、お前も会いたいのに会えない時間の重さを知れるだろう」と微笑していたのでぐりぐりと頭を押さえつけておいた。「縮む! 縮む!」とのことだったが、人間はそうやわではない。


 リエッタとのわだかまりがなくなって、より料理に集中できるようになった。


 今日は飴細工で白鳥を作ってみた。蒼い砂糖――サファイアシュガ―というこっち特有の調味料で作ったゼリーの川に浮かべてみる。砂地はクッキーを砕き、川のうねりはクリームで再現してみた。


 カルナ様は忙しい業務を片付けて一息を吐きたかったらしく、その作品とも呼べる料理を見てほう、と感心した様子だった。


「美しいな。こういうものも作れるのか」

「まぁ、気合が要りますけどね。頑張っているカルナ様が癒されるようにと思いまして」

「うむ、非情に良い。食べるのがもったいないな……」


 と言いながら、川を崩しにかかる。ソーダ味のそれは、プルプルと揺れる。


「うむ、美味い……。お前のお菓子は疲れを吹き飛ばしてくれる」

「今日は自分の国の庶民のご褒美ドリンクを用意したく思いますが」

「ほう。甘いか?」

「甘いです」

「用意しろ」

「はい」


 サファイアシュガーのシロップを炭酸で割って、氷を浮かべ、その上にアイスクリームを乗せる。季節柄なのだろうか、チェリーがあったのでそれを乗せて、完成。シロップにはほんのり林檎の果汁を足し、爽やかさを増している。


「どうぞ、クリームソーダになります」

「ほう……? しゅわしゅわ系か。それとアイスクリーム? 合うのか?」

「お飲み頂ければ」

「ふーむ」


 スプーンで少し混ぜて、その部分をストローでちゅうと吸い上げた。


「……。美味すぎる……! なんだこれは! 革命か!?」

「大袈裟ですよ。ただのクリームソーダです」

「今までの紅茶も美味だったがこっちは……こっちは、凄まじいぞ。この破壊力、この甘味、この爽やかさ! これは単にサファイアシュガーのシロップではないだろう!?」

「少し工夫しております」

「であろう! そなたの料理に対する探究はさすがだな……」


 感心しながら、彼女はゼリーを掘って頬張り、む、と微妙そうな顔をした。


「うーむ、しかし、このソーダが甘くてこっちのゼリーの甘味を感じなくなってしまった」

「あ、うっかりしてました……」

「良い。こちらはフィーアに持っていく。我が食べた部分をカットしてくれ」

「はい。あ、こちらの白鳥も頂けますよ。飴細工ですので」

「飴!? 陶芸品ではないのか!?」

「飴です。こちらでは飴細工は珍しいんですかね?」

「ああ、あまり見ぬな。……ほほう、飴。次も飴細工を見せてくれ」


 ヤベェ、飴細工のレパートリー、これを除けば蛙とか金魚とかしかないんだけど。


「あ、あはは……飴細工はレパートリーが多くないのですが、頑張りますね」

「ああ、待っている。時に、シャリエッタ姫には会えたか?」

「いえ……忙しそうですし」


 そう言うと、カルナ様は渋い顔をする。


「何をしておるんだ。キスまでしておってからに。返事は決まっておるのか?」

「いや、そっちの覚悟はないけど、ただ顔が見たいなと」

「うーむ。そうだ、お前ハーレムを築け」

「何言うんですか急に」

「お前はずっとここで仕事をするのだろう?」

「カルナ様が良ければ。俺、ここが好きですし、カルナ様を部下としてお慕いしておりますし」

「うむ。あの貸与している一等地はお前にくれてやる。そこに嫁を何人も住まわせればいいのだ。それだけの広さはあろう。このカルナバル二世の料理人ぞ、嫁が複数いても誰も不思議な顔はせん」

「い、いやぁ……いいのかなあ、そんなんで」

「法的には問題ない。嫁である女性が納得するか否かだ。ちなみに。右を向け」


 右を向く。


「正面に戻せ」


 顔を正面に戻すと、唇を奪われる。


 カルナ様の整った顔が眼前にあって、さすがに驚いたが、好意のある人からのキスは、特に拒否感もなく、受け入れられてしまった。


 唇が離れる。甘い、お菓子を食べた後の砂糖に似た残滓と余韻がそこに残る。


「我もお前を好いておるぞ。ハーレムの一員に加えるがよい。我は第何夫人でも構わんが、二けたを超えない程度にしてほしいものだ」

「…………は、はい」

「うむ。行け」

「い、いや、カルナ様」

「行け。照れておるのだ! 顔が正面から見れんのだ! さっさとゼリーをフィーアに持っていけ! はようせんか!」

「は、はい!」


 珍しい。カルナ様でも取り乱すことがあるんだな。


 そんな事を思いながら、柔らかかったが微妙に違う二人の唇の感触を覚えつつ、ゼリーを下げ、手直しを始めるのだった。





「ほー、いいじゃねえか。ハーレム。お似合いだぜ、リョウト!」


 ガルに相談すると、そう言ってバシバシと背中を叩いてくる。由紀さんは苦笑していた。


「俺らの概念だと何とも言い難いよね、亮人君」

「ですね……」

「なんでえ、お前らハーレムを知らねえのか?」

「ガルガデッド、俺達の国は一夫一妻制だったんだ。所謂、ハーレムは常軌を逸しているんだよ」

「ああ? なんだその国、みみっちいぜ。子供産まねえだろ、増えねえぜ人口」

「まぁ、それはそうなんだがね。で、何を作ってるんだい? 亮人君」

「ガルには新しいお酒。エルフの穀物酒らしいよ。由紀さんにはクリームソーダ」

「お、エルフの酒か! 滅多にお目に掛かれねえレア物もレア物! サンキューな、リョウト!」「クリームソーダか。いいねえ。……え!? クリームソーダ!? 作れたのかい!?」


 俺は無言で、青いソーダ水に氷を浮かべアイスクリームを乗っけたドリンクを出す。エルフの酒は氷を入れると絶品だと言われたので、丸く氷を削ってロックでガルに出した。


 透明な美しい酒をガルはしばらく眺めていたが、舐めるように少しだけ口に含んだ。


「おお、つええつええ。こりゃいいや。どんだけある?」

「ひと樽貰って来た」

「おう、愛してるぜリョウト!」

「あ、あはは。野郎からはビミョーだな」

「違いねえ! なっはっはっは!」

「クリームソーダ美味しいよ、亮人君!」

「由紀さんのお気に召してよかったです。俺もソーダ飲もう」

「じゃあボクにもくれ」

「おわ、いたのかレリア」

「勝手に入って良いと言ったじゃないか」

「まぁそうなんだけど。声はかけてください」

「分かった。ボクにもアイス乗っけてほしい。ダブルで」

「はーい、お待ちを」


 準備していると、


「ボクもハーレムに入れて欲しい」


 と、レリアはそんなことを言ってきた。先ほどの会話を聞いていたらしい。


「いや、レリア俺の事好きなの?」

「好ましく思ってなければわざわざ追いかけてくるか」

「まぁ、それもそうですね。どうぞ」

「すまないな。うん、美味しい。こう、爽やかな鼻に抜ける風味がいい」

「まぁ、ハーレムのメンバーになるのは構いませんよ。俺もレリアがいてくれると心強いですし」

「ふふん、せやろ」

「リョウト、お前も結構好き者だな。こんなチビに欲情できんのか?」

「お前がデカすぎるだけだ、筋肉ダルマめ」

「レリアはちゃんと精神的に成熟してますし、尊敬できる点もいくつもあるので。後普通に可愛いし」

「まぁお前が良いならいいや。もう一杯!」

「はーい、おつまみも作ろうか?」

「おっ! じゃあ久々に焼き鳥頼むわ、二十本!」

「了解。それまでは……このイカの乾物摘まんでてくれ」

「ん……お、味が濃くてやわらけえな。酒と合うぜ」

「ホントはそれも炙ってマヨネーズと七味付けたら美味しいんですけどね」

「りょ、亮人君、俺にも酒。んで今のをやってくれ」

「了解。ガルもやるから半分」

「おう」

「昼間から酒盛りか。男らしいと言えば男らしいな、お前らは」


 レリアはそう苦笑しながら、少しイカを炙って臭う部屋でクリームソーダを堪能する。その姿を見ながら、俺はこの落ち着いた空間に凄く居心地の良さを感じていた。

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