九話 チョコレート 2

 エルフの村で、俺は持てなされていた。


 様々なレシピを持ち込んで、書籍にはあれど、実践しているところを見たいというので、様々なものを作り、配っていると、エルフに伝わる清酒などを渡されたり、お土産の洪水。


「ふーむ、このチョコレートは非常に美味だ……。口の中で、ほわっと消えていく……。なるほどな……」

「栄養価が高く、保存も少しですが効きますので、狩りの時の非常食などに良さそうかと」

「であるな。リコリス、どうだ? リョウト殿との暮らしは」

「楽しい、です。見たこともないことに色々付き合ってくださったりして、毎日、刺激で溢れています!」

「ふむ。で、もう手を出したのか?」


 貰っていたお茶を吹き出しそうになった。


「出すわけないでしょ!」

「何ぃ!? 我が孫娘が可愛くないと申すか!」

「可愛いけど! そんなホイホイと手を出さないって!」

「まぁ、節度は持ってきっちりと性交せよ」

「しないですってば!」

「何を照れておる。ただでさえエルフは子が出来にくいのだ。ケモノのように腰を振れ」

「お、お爺様……!?」


 なんで急にいかれてしまったんだこの人。まぁ、ひ孫の顔でもみたいんだろうな。

 真っ赤になっているリコリスに同情しつつ、俺はとりあえず貰ったお土産を馬車に積んでいく。


「しばらくゆっくりしていけば良かろうに」

「いやいや、俺の本業はカルナ様に召し上がっていただく料理を拵えることですので」

「左様か。生活に疲れたらいつでも休みにくるといい。お前ならば歓迎しよう」

「ありがとうございます、長老」

「うむ。にしたって、もう少し護衛をつけんか。リコリスだけでは不安が残るだろうに」

「外に、誰よりも腕が立つ友人がいてくれますから」

「ああ、あの粗暴そうな赤い男か。確かに強者であるな」

「自慢の友達です」


 そう言って、俺達は森を出て、ガルと合流し、帝都に向かって進む。


 ――が、何だか、妙だな。黒雲が……? いや、黒煙だ!


「ガル! 何が起こってるんだ!?」

「……へっ、覚悟しろリョウト。竜災だ」

「竜災?」

「文字通りだ。ドラゴン襲来。色に寄っちゃ、国が亡ぶぜ。……」


 単眼鏡を取りだしてその方角を眺めるガル。


「良かった、グリーンだ。一番よええが、そこいらの木っ端なやつだと束になっても敵いやしねえ! リョウト、お前も来い! 避難誘導くらいならできんだろ!」

「わ、分かった!」


 馬車を急がせる。


 場所は酷いありさまだった。グリーンドラゴン三体が暴れている。なんで街の上層部を襲わない……?


 と思ったら、何か結界のようなものを見る。なるほど、やはり防衛ラインがあるらしい。


 人は通れるらしいので、避難してた人間が集まっている。そこにベルエルの姿もあって、ホッとした。結界の真っ正面に立って戦況を見ているのは、カルナ様だ。


「カルナ様ー!」

「おお、リョウト! 無事でよかった! ……よし、これで要人全員の結界入りを確認した。攻勢に打って出よ! 軍の者でドラゴンを一頭、冒険者でドラゴンを一頭! そして、もう一匹は力を合わせて打倒せよ! 我も力を貸す!」


 カルナ様は右足を踏みしめる。光の輪が、波となって広がり、俺の体にも触れた。その場にいた全員が触れただろう。力が、溢れてくる……!


「さあ、行け!」


 軍人たちは思いっきり走っていった。並の早さではない。文字通り、一騎当千の将軍たちが兵の力を借りてドラゴンに掛かっていく。

 冒険者達も負けてはいない。


「リコリス!?」

「魔術ならお役に立てます! リョウト様は隠れていて!」


 ガル、リコリス、由紀の三人に、リエッタ、レリア、見覚えのない女の子の三人も合流した冒険者達が、善戦を繰り広げる。


 だが、なんだ? もう一匹がこちらの結界を破壊せんと目論んでいる。体当たりで激震が奔る――


「カルナ様、結界がもう……!」

「ええい、気張れ! 何のために高い俸給を貰っておるのだ!」


 刹那――ぱりん、とあっけなくそれは割れる。

 吼える竜に、全員が動けない。戦える奴は、ほぼ全員あっち側に――


 それもまた刹那。

 

 竜の眼前で爆発する何か。――あれは、フレアボム? と誰かの声。


「リョウ達は、みんなは……私が、守る! 錬金術は、みんなの笑顔を守る術なんだ!」


 放物線の投擲主を見れば、リエッタが不敵な笑みを浮かべながら、ポーチからさらに何かを取り出した。


「煉獄、フレアボム! いっけぇぇぇぇ――――っ!」


 それはドラゴンが放った火球を相殺して、熱波が鳴り散る。

 だが、ドラゴンは脅威としてリエッタを認識していた。


「……くそっ!」

「お、おい、リョウト!」


 リエッタの後ろを駆け抜ける雷鳴。蒼き稲妻が駆け抜ける。迸ったそれはドラゴンの動きを一瞬拘束する。レリアの姿が一瞬見えた。


 俺はいつか貰った爆弾をドラゴンに投げつけた。運動はそこそこできた。狙い通りにドラゴンの顔面に当たって、爆ぜた。一瞬だが視界を奪い、地団駄を踏むドラゴン。


「って、あれ? 魔力を与えないと、爆発しないんじゃ……?」

「ドラゴンの体には魔力が走ってるの! 知らないで投げたの!?」

「い、いいだろ、別に。で、リエッタ。どうすればいい?」

「……ちょっと集中するから。レリア、足を止めておいて!」

「無茶振りばかりだな……!」

「爬虫類は変温動物だ。氷に弱いはず」

「じゃあこれ。氷獄コキュートスボム! 動きを止めたら食らわせちゃって! ……展開せよ、魔道具……」


 リエッタが何かを詠唱する中、こちらに殺意を抱いたドラゴンだが、レリアの雷撃がことごとくを阻む。


「よし! 発動、マジックジェイル!」


 七色の鎖がドラゴンを縛り付ける。それを見届けて、俺は走る。


 首をもたげ、炎が――やべっ、やられる――


「ルル!」

「うん! させない!」


 熱波を弾き返したのは、ルルという少女だった。火球を大剣ではじき返している。だが、使い物にならなくなった剣を捨て、背中を押される。


「頼んだ、リョウトさん!」

「ああ!」


 駆ける。まだ、体が羽のように軽い。


 俺はドラゴンの顔まで接近し、思いっきり口の中に、氷獄コキュートスボムをぶち込んだ。


 ――ゴガガ……!?


 そんな悲鳴が漏れ、全身が凍り付くドラゴン。俺はそこで油断していたのか、立てなくなってしまう。そんな俺の肩に手を掛けたのは、ガルだった。


「よくやったぜ、リョウト! 戦えねえってのに、上出来過ぎだ! 見てろ、一撃必殺の豪剣を……! 流星ブレードッ!」


 ネーミングはアレだが、燃える炎の剣が、首を刎ねた。ごくあっさりと。


 三頭のドラゴンが退治され、全員が勝鬨を挙げた。びりびりと空気が震える。


「……」


 リエッタが、いつの間にか、しりもちをついていた俺に手を差し伸べる。


「えへへ、私の錬金術の凄さ、またリョウトに証明してもらっちゃった! ありがと!」


 久々に見た彼女の笑みは、やはり、どうしようもなく綺麗で。

 思わず我に返り、聞けなかったことを素直に訊ねてみることにした。


「……なあ、聞きたかったんだ。何をそんなに怒ってたんだ?」

「……リョウトが栄転の話を断ったこと。それと、それを素直に喜べない自分がいて、さ。……モヤモヤしてたんだ。そ、それに、リョウトが、その……きで……」

「?」

「好きで! ……気づいて、くれなくて。イライラしてたの。ごめん」


 …………そんなこと、だったのか?


 もっと何か、不信感を持たれているのかと思った。経歴不明の俺に対して、何かしらの悪意や敵意を持っていたから信じられなかったのだと、自己完結していた。


 何やってんだ俺は。一方的に。リエッタがどんな子か、知ってただろ……!


「……ありがとう、リエッタ。でも、言ってくれれば。人として好きなんてさ」


 ぶん殴られた。超痛い。地に足がつかないふわふわした恐怖感というか高揚感というか。そういうものから一気に現実に引き戻される。


 正気に戻った俺に待ち受けたのは、桜色の唇だった。ひゅう、とガルの口笛が聞こえる。


「……これでも、人として好きとか寝ぼけたこと言える?」

「……いいえ」

「返事は何時でもいいよ。でも、覚悟が出来たら――また、ね。エッタって呼んでほしいな」


 そう言いながら、彼女は歩んでいく。


「どこに行くんだよ」

「負傷者にヒーリングポーション配ってくるの! リョウも自分のできること、しよう!」


 去っていく彼女を、見習うことにした。カルナ様のところまで行き、ドラゴンを指さす。


「あのドラゴン、解体して、皆様に振る舞いたいのですが」

「良かろう、許可する。ふむ、あのシャリエッタとかいう姫は錬金術師だったか。……これはちょうどいい。復興に役立ってもらおうか。これからは、彼女と帝国の仲立ちも担ってもらうからな、リョウト」

「仰せのままに、カルナ様」

「うむ! では、肉屋はリョウトを手伝うように! 各々、鐘が鳴ったらこの広場に集まってドラゴン料理を配布する! それまで復興に勤しむといい!」


 カルナ様の声で、街は人気を取り戻し。


 こうして、俺とリエッタは仲直りをした。

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