世界3分前仮説:繰り返される三分の中で僕は君と恋に堕ちる

七篠樫宮

僕には三分以内に――――

 〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった。


 場所は放課後の屋上。目に焼き付けた赤い夕陽を眺めながら、一人静かに待つ。


「…………あと3秒……2……1……」


 ――――コツコツと、屋上出入り口の扉の向こう側――階段を上る足音が聞こえた。

 階段から響くその音色は●●彼女のモノに違いない。

 ちゃんと来てくれたのかと、〇〇は心の中で安堵あんどのため息を吐いた。

 

 ●●彼女が屋上へと足を踏み入れる前に、改めて身なりを整える。

 髪型も制服もいつも通りだ。

 変に格好良くみせる為じゃない、普段と同じ自分を心がける。

 ……いや、少し緊張感があった方が自然かもしれない。

 こんな時、〇〇はどんな雰囲気を出していただろうか。


 そんな大切なことどうでもいいことを考えている内に、●●彼女が屋上へとやってきた。


 濡羽色ぬればいろの長髪を押さえ、あたりを見回す●●彼女


 ――目が合った。

 じんわりと身体が熱を帯びるのを感じる。


 ――微笑ほほえまれた。

 見た〇〇へ向けた微笑み。

 

 大和撫子やまとなでしこ。それが彼女を形容するのに一番の言葉だろう。

 成績優秀、容姿端麗ようしたんれいで人当たりも良い。

 彼女の周りにはいつも人がいて、多くの笑顔が咲いている。


 〇〇の方へと歩いてくる●●彼女の姿は、背後の夕焼け景色と相まって一枚の名画のようだ。


 ……そう考えると笑えてくる。

 〇〇はこれから三分以内――いや、残り二分半か。

 その二分半以内に●●高嶺の花に告白するのだから。

 

「ごめんね、待たせちゃったかな?」


「全然大丈夫。30秒くらいしか待ってないよ。むしろ、此方こちらこそごめんね。急に呼び出しちゃって」


「んー? 私と君の仲なんだから、全然平気だよ! それよりホントにごめんね、先生達がなかなか離してくれなくて」


 目尻を下げ、申し訳なさそうに〇〇を見つめる●●彼女虐めたくなるいけない感情を覚えかけるが、鋼の心で自分を律する。


「いやいや呼び出したのは僕の方なんだから、君は尊大そんだいな態度で来れば良いんだよ。『私を呼び出して何のようだ』ってね」


「もー、私のことなんだと思ってるの?」


「才色兼備なパーフェクト美少女、かな」


 ●●彼女〇〇の突然の言葉に「そ、そう!? 美少女なんて……!」と顔を赤らめと口を小さく動かしている。


 それからしばらくの間、小声で何かを呟いていたが、人に見られていることに気づいたのか、キリッとした表情に戻して〇〇の方へ向き直った。


 何か想定外な事態があっても、すぐに立て直す事ができる冷静さも●●彼女の魅力の一つだろう。


「お、おほん! それで、今日は何の用かしら!? 言っておきますけど、幼馴染だからって明日締め切りの課題は手伝いませんことよ!?」


 ……立て直しリセットしたのは表情だけのようだ。


「まずは落ち着いて深呼吸をしよう。口調がブレすぎてツンデレお嬢様みたいになってるよ」


 うん。この状況で告白したら●●彼女は気絶してしまうかもしれない。……いや、逆に冷静に『ごめんなさい』してくる可能性もあるにはあるか。


「――ふぅ……そうだね。ありがとう、落ち着いたよ」


「なら良かった」


「まあ、全部君が珍しく私のことを褒めてきたせいなんだけどね。なに? 私の機嫌を良くしてどうするの?」

 

 ジト目で●●彼女は睨んでくる。

 そんな姿も可愛いと思えるのだから手に負えない。


 ――さて、そろそろ残り一分半。いい加減、本題に入らないとは間に合わなくなる。


「好きです。付き合ってください」


 言い慣れた『好きです四文字』。

 洒落しゃれた言い回しを使った時もあった気がする。

 

 けど、●●彼女の反応が良いのはシンプルなこの言葉だ。


 〇〇の視線の先には、さっきまでの雰囲気を捨て去り真摯しんし〇〇を見つめる●●彼女がいる。


 ……この反応はかもしれない。


 脳裏に色んな●●彼女が浮かんでくる。

 目を丸くして驚く●●彼女、照れたように笑う●●彼女、抱きついてくる●●彼女、涙を浮かばせる●●彼女、――な●●彼女、――する●●彼女

 全て〇〇だけのモノだった光景。


「――喜んで」


 記憶の螺旋に落ちかけた〇〇を、目の前にいる●●彼女が引き上げる。


「あ……え」


「どうしたの?」


 告白の返答をし、〇〇可笑おかしな雰囲気を見た●●彼女怪訝けげんそうな顔をする。


 ――マズイ。いつもと違う●●彼女の反応に気を取られすぎた。


「ほ、本当? ドッキリだったりしない? いいの? 付き合っちゃうよ!? なんなら突き合っちゃったりしちゃって!」


「……」


「ごめんね! ちょっとビックリしすぎて性格がブレちゃって」


「ねぇ」


「は、はい!」


「なんで、嬉しそうなをするの?」


 ――あぁ。

 ●●彼女の力強い意志が宿った瞳を受け、表情が固まるのを感じる。


 そうだ。〇〇の前ではポンコツになることが多かったが、●●彼女は完璧なのだ。

 〇〇の演技なんてちょっとのほころびでバレてしまう。

 

 それは、前から気付いていた。気付いていて目を逸らしてきた。

 もし●●彼女にソレを突き付けられたら、〇〇は〇〇じゃないととがめられたような――


「――そんな捨てられた子犬みたいな顔をしないでよ」


 思わず顔をそむけたら、●●彼女〇〇の両頬を両手で強引に挟んで動かした。


 ――目が合う。

 いつも変わらない●●彼女の瞳。

 そこに映るのは、とうの昔に忘れてしまった自分の顔。


「何があったの?」


 ――残り一分弱。

 誤魔化ごまかそうとすれば、●●彼女は従ってくれるかもしれない。

 いや、●●彼女なら無理にでも聞き出してくるかもしれない。

 

 ――なにせ●●彼女は〇〇が好きになった人なんだから。

 つまり、これは既に詰みチェックメイトだ。

 

「――君は、世界が三分前に生まれたと言ったら信じる?」


 〇〇突拍子とっぴょうしのない言葉を受けても、●●彼女は笑わずに聞いてくれる。

 ――やっぱり、〇〇●●彼女には勝てないんだ。


「僕は君に告白する三分間を繰り返してる」


 ――あぁ、誰が信じるというのか。


「この世界は3分前に生まれ、3分後に終わる。そして、また新しい3分が始まる」


 ――〇〇には原因も解決策も分からない。


「三分間のループと言うべきか、あるいはこの記憶すらも3分前に世界と共に生み出されたのか」


 〇〇にできるのはただ一つだけ――


「――来るか分からない『三分の先未来』の為に、名前すらも思い出せない『〇〇誰か』の為に、僕は君に告白し続ける」


 言ってしまった。

 ●●彼女はこれを聞いてどう思うのだろうか。


「ふーん。……なるほどね」


 向かい合う●●彼女の顔からは、感情が読めない。

 これまで見てきた、どの●●彼女とも違う顔。

 その内側にはどんな激情が渦巻いているのか。


「無限にも思えるループの中、最初の記憶は忘れてしまったってことか」

 

 そうだ。だから、●●彼女を愛した〇〇はもう――

 


「――――いない



     …………って言いたいのかな?」



 ――笑っていた。


「バカなことを言わないでよ。君はどれだけ時間が経とうが君だ。真面目で、一途で、少しだけスケベで、私の事が好きなのに肝心な一歩を踏み出せないヘタレ野郎」


 ――●●彼女は笑いながら泣いていた。


「……そして、ヘタレな私の想い人」


 胸が痛くなる。


「僕は君の想い人じゃない」


「同じ人だよ。感情があふれると手を強く握る癖も、私が泣くと瞳が揺れる癖もそのまんまだ」


 そんな癖があったなんて知らなかった。


「君は君のまま、私の事が好きじゃなくなったんだ」


 口を開くも、否定の言葉はすぐに出てこなかった。

 他でもない●●彼女から言われて自覚する。


 ――いつからだろうか。

 彼女への告白が、三分以内にになったのは。


 ――いつからだろうか。

 〇〇の告白に嬉しそうにする●●彼女に何も感じなくなったのは。


 ――いつからだろうか。

 ●●彼女と会うたびに演技するようになったのは。


「でもね、それは当たり前のことだと思う。ずっと好きでいることなんて難しいから。これはいわゆる倦怠期けんたいきってヤツだね!」


 分からない。それが●●彼女の本心からの言葉なのか、ただの空元気なのか。


「あー、三分だっけ? ここに私が来てから二分は経ってるよね……よし!」


 ●●彼女は涙を拭い、〇〇を見つめてくる。


「私はあなたが好きです。昔のあなたも、今のあなたもずっと好きです」


「……僕は分からない。『〇〇誰か』は好きだったんだろうけど、今の僕はそうじゃない」


「うん。分かってる。でも私は演技をしてない今の君も好きだよ」


「どうせ後数十秒で全部忘れる」


 それは〇〇が一番理解している。

 ●●彼女は次の三分世界に行くことはできない。


「本当に? 君だけが特別だとは限らないでしょ? それに今の私がダメでも、次の私が同じように君に告白するよ。今の君の演技ならすぐに気付けるだろうからね」


 それはそうかもしれない。


「あ、でも一番最初に告白したのは私だし……そうだ!」


 視界が覆われる。

 ●●彼女の匂いに満たされる。

 口の中にナニカが侵入してくる。


「ぷはっ……流石にこれは今までの私でもしなかったでしょ?」


 頭がクラクラする。

 まだ、唇に柔らかい感触が残っている。


「過去なんて忘れるモノだよ。君は君で、『〇〇誰か』の代わりなんかじゃない」


 ●●彼女の言葉が心に響いてくる。


「私は君を堕としてみせる。三分世界なんか軽々と超えてみせる。だって私は才色兼備なパーフェクト美少女だからね」


 〇〇〇〇過去の自分じゃない、になって良いのだろうか。


「次の私は今の私と違うかもしれないけど――必ず君に告白するよ。だから、待っててね」


 にっこりと、今までで見てきたどの●●彼女よりも輝いた笑顔で笑いかけてくる。


 ――なるほど。君の言う通り『〇〇』と僕は同じみたいだね。


「……いつまで僕が待てるか分からないから、早めに会いに来てね」


 ――だってもう既に、君に堕ちかけてるみたいだからさ。





 



 ●●彼女の笑顔を最期に視界に収めた次の瞬間、何度も目に焼き付けた赤い夕陽が僕の身を焦がしていた。


 場所は放課後の屋上。辺りにいるのは僕一人だけ。


 思い返すのは数秒前の三分間。

 たったの三分間だったが、文字通り僕の人生を変える時間だった。

 

 唇に軽く触れる。

 この三分世界では起こってない、〇〇ではなくへと●●彼女がくれたモノ。


 〇〇には三分以内にやらなければならないことが


 今の僕にそんなものはない。


 この3分前に生まれ、3分後に終わる世界で何をしようか。


 そうだな、まずは●●彼女と話をしよ――――


「……あれ?」


 音がする。

 ドタバタと駆ける音が。

 僕の耳がおかしくなければ、屋上出入り口の方から聞こえてくるような気がする。


「まさか、いつもと違う三分間を過ごしたせい?」


 これまでの三分世界では無かったイレギュラー。

 思い当たるのは前回の三分間。


「ヤバいな。敵か? ゾンビとかだったらどうする?」


 屋上に武器はない。


 音の主が来るまでの数秒、悩みに悩んだ末に僕は――――


「来たよ! ……ってええ!? 死んでる……!」


 ――――死んだふりをした。


 全力で死んだふりうつ伏せをしてるので、イレギュラーの姿は見えない。


 だが、その声に聞き覚えがある。


「……いつまで寝てるのかなー? 本当に時間がないから早く起きて、ね?」


 急いで起き上がり、イレギュラーの全身を見る。断じて強めの圧に屈した訳ではない。


「……おめでとう。君は三分の壁を越えれたみたいだね」


 そこにはイレギュラーの姿――僕のことをあきれたように見る●●彼女がいた。


「やっぱり気持ちの問題じゃないかな? ほら、私には三分以内にやらなきゃいけないことがあるからね!」


 そうほがらかに笑う●●彼女の雰囲気には、隠しきれない歓喜の感情がにじみ出ていた。


「えへへ、それじゃあ改めて。あなたのことが好きです。付き合ってください」


 ●●彼女は満面の笑みで、それでいて真剣に僕に告白してきた。


 それを受けて僕は――――


「――――とりあえず、君の名前を教えてよ。僕の名前もそうだけど、君の名前も覚えてないんだよね」


 我ながら最低な返事だ。

 そんな返事にも●●彼女は動じない。


「そっか、まずは自己紹介からだね。私の名前は――――」



 


 ――かつて〇〇には三分以内にやらなければならないことがあった。


 ――繰り返される三分間。


 ――いつ終わるかも分からない時間の旅。


 ――もう『〇〇』過去の自分にはとらわれない。

 ――今は『三分の先』未来の自分も関係ない。


 ――考えるのは現在の


 ――そう。


『僕には三分以内にやりたいことがたくさんある』


 ――今はただ、この三分を生きていたい。



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